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16話 叙勲式と任命

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 北部辺境ミゼール領。朝から良く晴れて、春の柔らかな日差しが心地いい日のことです。
 ベルダール騎士団長様がご帰還されて三日が経ちました。

 本日は、魔境討伐の叙勲式です。ミゼール城の大広間を使った大規模な儀式です。
 討伐に従軍した方々の功労を讃え、特に功労があった方は褒賞を与えられたり、役職が上がるそうです。
 また、新規入団者様のお披露目の場でもあるそうですが……。

「あの、私も新規入団者様の列に……」

 どうして、私は壇上の裾で待機しているのでしょうか?
 壇上で力強く功労を讃えているベルダール団長のお姿がよく見えるのは、嬉しいのですが……。
 シアンはばっさりと言い切ります。

「いえ、ルルティーナ様は壇上です」

「そうだよ。ルルティーナちゃんは、私の次に偉いんだから」

「そうですよ。ポーション職人長!」

 ポーション職人長。
 カルメ様とシェルシェ様の言う通りなのです。何故か、私のために新しい役職が作られてしまいました。
 また、カルメ様は辺境騎士団の医療局局長という、全ての治癒魔法師とポーション職人を束ねる医療の最高責任者だったのです。
 シェルシェ様は、明るい茶色の瞳を細めて笑いました。紫色の髪がふわふわと揺れます。

「ルルティーナ様が来てくれて助かりますよ。医療局は、局長である師匠と副局長の僕だけで回してましたからね。ポーション職人の皆さんも、すっかりルルティーナ様に心酔していますし」

「え?皆さまが?」

 私は二日前、ポーション職人の皆さまと顔合わせをしました。その際、一緒にポーションを作らせて頂いたり、お話を聞いたりと楽しく過ごさせて頂きました。
 私が知るレシピ。特級ポーションと上級ポーションのレシピを提示し、皆様からは中級ポーションと下級ポーションのレシピを教えて頂きました。
 久しぶりのポーション作成は、驚くほど心を安らげてくれました。
 私が作るポーションが、辺境騎士団の皆様のお役に立つのが嬉しい。
 私は初めて、この仕事が好きなのだと悟ったのです。
 ポーション職人の皆様は気さくにお話しして下さりました。私のこれまでの人生や、これからの目標などを、ポーションを作成しながら話しました。
 何故か、皆さまは涙を流していらっしゃいましたが……。

「アンブローズ侯爵家秘蔵の特級ポーションと上級ポーションのレシピを提供し、さらに目の前で作成して見せた。自分たちの中級、下級ポーションを馬鹿にせずに真剣に学び、ポーションの活用法を興味深く聞いてくれる。おまけに、過酷な生い立ちでありながら高い志を持つ可憐な少女。
そりゃまあ、皆さん好きになっちゃいますよー」

「辺境騎士団に所属するポーション職人なのですから、レシピを提供するのも作成を見せるのも当然だと思います」

 皆さまは何度も「本当に見せていいのですか?」と、確かめて下さりました。
 ポーション職人にとってポーションのレシピは、財産であり高額で取引される商品であること、レシピを広く提示することで価値が下がることなど、包み隠さず伝えてくださりました。
 ですが。

「私は特級ポーションの価値を高めるより、作成できる方を増やしたいのです。より沢山の方を助けるために。その為に私も、中級、下級ポーション作成を完璧に覚えたいです。等級によって活用方法が違うので、それも覚えたいです。ああ、その前に医術を学ぶべきですね」

 医術とは、人体の構造と傷病の知識を学び適切な治療を施すための技術です。
 と、いうのも治療が適切でないと、かえって悪化するからだそうです。

 例えば指先を小さく切った程度で、魔力を強く込めて治癒魔法をかけたり、下級以上のポーションを使うと、皮膚が盛り上がってしまったり、身体自身の傷病を治す力が衰えたり、治癒魔法の場合は魔力酔いと呼ばれる状態になるそうです。

 逆に、深い傷や重い病を見抜けず軽い治癒魔法や下級ポーションで治療すると、生命に関わります。

 カルメ様曰く「治癒魔法師は必ず医術を学ぶ。ただ治せばいいというものではないのさ」
 シェルシェ様曰く「たまに馬鹿……世間知らずの貴族の坊ちゃんが『ポーションなんぞ下賤な代物は要らん!使うな!治癒魔法だけで治せ!』とか言うけど、お望み通りにしてやれば二度と言わなくなります」とのことです。
 シェルシェ様のお話は少し怖かったですが、とても興味を引かれました。

 それに、医術は治癒魔法が使えない私でも学べます。市政には、私のように治癒魔法が使えなくても、医術で人々を助ける方がいるそうです。
 彼らは医師、あるいは薬師と呼ばれています。患者を診察し、生薬などで治療する……。
 このような方々がいるから、治癒魔法師の治療やポーションが買うお金がない平民も暮らしていけるそうです。憧れます。

「いずれ生薬の調合も学びたいです。知らない事ばかりでわくわくします」

「うん。皆、心酔するし忠義を誓って当然だよね」

「ルルティーナ様尊い……私の光……」

 よくわかりませんが、褒めて頂いているようです。あとシアンは何故か泣いています。
 それはともかく。

「あの……。私の衣装だけ、他のポーション職人の皆様と違うのですが……」

 全員が目を逸らしました。

「そんなことはないよ」

「一緒です一緒」

 明らかに嘘です。
 辺境騎士団では、ポーション職人用と治癒魔法師は同じ白い生地で出来た衣装を着ます。それぞれの形は少し違います。
 どちらもゆったりとしたローブですが、ポーション職人の方が袖の幅が小さく丈も短いです。また、治癒魔法師はフードが付いています。

 私の衣装はポーション職人の形ですが……。

「どうして私の衣装だけ青い糸と金糸で刺繍されているのでしょうか?」

 他の皆様も刺繍はされていますが、黒い糸です。何故違うのでしょう?

「君に似合うからだよ」

「ベルダール団長様!」

 振り返ると、壇上で演説していたベルダール団長様がいました。今日も、輝く金髪と鮮やかな青い瞳が眩しいです。

「ポーション職人長になる君への祝いだったんだが、気に入らなかっただろうか?」

「違います!素敵すぎて気が引けてしまって……」

「それならよかった。どうか、これからも着ていて欲しい。いいかな?」

「は……はい。わかりました」

 顔を近づけて甘く囁かれて仕舞えば、頷くしかできません。

「うわあ。改めて見ると団長閣下の色そのものじゃん。怖……」

「いつ用意してたんだか。シアン、あれを放置していていいのかい?」

「虫除けに丁度いいので様子見です。ルルティーナ様が本気で嫌がったら対処します」

 背後でシェルシェ様たちが何か話していましたが、よく聞き取れませんでした。

 ベルダール団長様に手を引かれた私、カルメ様、シェルシェ様の順で壇上の中央に進みました。
 大広間がどよめきで揺れます。それは、三千人を越える辺境騎士団団員が一斉に囁いたからです。

ーーーうわ。見ろよあの刺繍。溺愛してるって噂は本当なんだなーーー

ーーーあの団長が笑ってる?悪夢か?この世の終わりか?ーーー

ーーーエスコートとかできたのかあの人ーーー

ーーーあのお方があの……ーーー

ーーー想像以上に可憐だ。まさか団長に無理矢理連れて来られたんじゃないだろうなーーー

ーーーもしそうなら命懸けで助ける。あの方は俺たちの恩人だーーー

 物凄い数の声と視線です。あまりに多すぎて何を言われているのかわかりませんが、注目されているのはわかります。

 沢山の人に見られている。

 緊張で気が遠くなりそうでしたが、温かな手が私の手を握り、引き留めて下さいました

「ルルティーナ嬢、ここに居るのは君に感謝している者ばかりだ。恐れることなど何もない」

 ベルダール団長様の優しい眼差しと言葉に、私はうつむきかけていた顔を上げ、背筋を伸ばしました。
 そしてベルダール団長は手を離し、正面に向き直りました。向き直るころには、表情は凛々しく猛々しいものとなっていました。

「私語を慎め!全員注目!」

 よく通る声が響き、大広間にいる全員が居住まいを正します。

「すでに知っている者もいるだろうが、新たに我が騎士団に入団した者を紹介する。
ポーション職人のルルティーナ・アメティスト殿だ」

 私は事前の打ち合わせ通り、一歩前へ出てカーテシーをしました。
 アメティストとは、私が養女となった子爵家の姓です。まだお会いしていませんが、養父母に恥じないよう練習しました。

「アメティスト殿は、この度新設されたポーション職人長に就任した。そして、就任する前から我が辺境騎士団に貢献し続けている恩人でもある。アメティスト殿こそが、辺境騎士団を救った特級ポーションの開発者であり制作者だからだ。
全員、その偉業を心に留め敬意を持って接するように」

 全員が右手を左胸に当てて同意を示しました。
 私はカーテシーを解き、ベルダール団長様に跪きます。
 ベルダール団長様は剣を鞘ごと抜き、私の肩に当てました。

「辺境騎士団団長アドリアン・ベルダールの名において、ルルティーナ・アメティストにポーション職人長の任を与える」

「ルルティーナ・アメティスト。慎んで拝命いたします」

 ああ!ララベーラ様に辺境に行くよう命じられた時に似た状況だというのに!あの時とはなんと心持ちが違うことでしょう!
 私の心は晴れやかで、誇らしさでいっぱいになりました。
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