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第1部

13話 ルルティーナの決心

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 アンブローズ侯爵家は、国王陛下がお命じになった調査で不正をしていた。これは陛下に対する背反に当たります。
 謀叛の疑いありとして一族郎党まとめて処刑されてもおかしくありません。

「では、アンブローズ侯爵家と私は処罰を受けるのですね」

「安心してくれ。君はすでにアンブローズ侯爵家から除籍している。おまけに虐待の被害者だ。君が罪に問われることは絶対にない」

 つまり、アンブローズ侯爵家は……。
 私の脳裏に、アンブローズ侯爵家で産まれてからの十六年の月日が蘇ります。
 アンブローズ侯爵様の、私への憎しみに満ちた赤い瞳。
 奥方様の、私を非難し罵る甲高い声と振り乱す赤い髪。
 ララベーラ様の、私への蔑みに弧を描く唇と鞭打つ手。
 家族と認められる日を夢見ていた想いと共に、全てが浮かんで消えていきます。

「あんな外道でも君の肉親だ。辛いかもしれないが……」

「いいえ。もう関係のない方々ですから」

 自分でも驚くほどハッキリとした声が出ました。

「ルルティーナ様、その通りでございます」

「ああ、そうだ。君はもうアンブローズとは関係ない。君は自由だ」

 涙ぐみながら肯定するシアン、力強く頷くベルダール団長様。お二人の思いと眼差しが、私の背を伸ばして下さいます。

「ベルダール団長様、お話の続きをお願いします。私は全てを受け止めます」

「わかった。現時点で話せることは全て話そう。
俺はさきほど、君は九年前の事件で保護されたことになっていたと話したね?」

「はい。屋敷から出ていることになっていたんですね」

「そうだ。これは、君とララベーラ嬢を物理的に離すためであり、調査責任者が選んだ保護者から君が養育を受けるためとされた。アンブローズ侯爵家が辺境騎士団に渡した書類でもそうなっている。他、三人については先ほど話した通りだ。
後に判明したが、実際にはアンブローズ侯爵家に対する調査も、アンブローズ侯爵夫妻への注意も、ララベーラ嬢への教育もろくに行われなかった。あまつさえ君は、王都の屋敷に監禁され虐待と搾取を受けていた。
……今はまだ名を話せないが、調査責任者が積極的にアンブローズ侯爵家の不正に加担したせいだ」

 関係各所にも口止めしたのでしょう。ここまでのことが出来る人物は限られます。
 まず、調査を担当したのは司法局でしょう。その要職に就いているか、強力な権力と伝手がある。あるいはその両方です。
 さらに言えば、さきほどの運送ルートもあやしいです。あのあたりの領地を治め、アンブローズ侯爵家の不正に加担するであろう高位貴族といえば……。

「君は、調査責任者に心当たりがありそうだね」

「何人か心当たりがありますが、確信はありません」

 間違っていて欲しいです。西部は他国とも近い土地。嫌な予感しかしません。

「君は聡明だ。恐らく合っているが、まだしばらくは口にしないでくれ」

「わかりました」

 ベルダール団長様のお話は三年前の出来事に移りました。

「俺たちは国に報告した上で調査を続けた。
アンブローズ侯爵家にシアンを潜入させ、君への虐待と不正の証拠を集めた。潜入して半年で証拠が集まったので、君を保護しようとしたが……国から待ったがかかった。
アンブローズ侯爵の背後にいる者たちと、不正の全容を調査する。まだ泳がせろとな」

「ルルティーナ様を犠牲にしたのです!」

 シアンが耐えかねた様子で吐き捨てました。

「こんなことなら報告より先にルルティーナ様を保護すべきでした!」

「全くだ!……ルルティーナ嬢、助けるのが遅くなってすまなかった。
君の今後についてだが、俺の親戚である子爵家の養女になる予定だ。君が貴族令嬢として過ごせるよう支援させて欲しい。もちろん、この程度で償いになるとは考えていない。君の望みはなんでも叶えるから遠慮なく言って欲しい」

「ルルティーナ様、私もベルダール団長閣下と同じ思いです。お救いするのが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」

「ふふふ」

「ルルティーナ嬢?」

 二人が頭を下げるのを見て、私は笑ってしまいました。

「私は幸せ者ですね。お二人に救って頂いて、こんなにも大切にして頂いて……」

 ほろほろと、言葉と涙がこぼれました。

「ベルダール団長様、シアン、お二人が謝罪することなどありません」

「しかし……」

「私は産まれた時からずっと暗闇にいました。
私は役立たずの魔力無しで、産まれてきてはいけなかった。せめて、私が作るポーションが誰かの役に立てばいいと、ずっと祈り願っていました。
ただ一つの願いは叶い、お二人に救って頂けたのです。私は、もう他に何もいりません」

 ベルダール団長様の鮮やかな青い瞳が潤み、濃い金の睫毛が彩りを添えます。

 美しい。ですがそれ以上に、ベルダール団長様の優しい思いが伝わってきます。
 この方が『お茶会のお兄様』でも、そうでなくても良い。このお方に会えてよかったと、心の底から思いました。

「ルルティーナ嬢……。だが、君は自らの力で願いを叶えた。そして、君が救われるのは当然のことなんだ。何か他に望みはないだろうか?」

 望み。私の望みは……。

「お許し頂けるのでしたら、このまま辺境騎士団でポーション職人として働かせて頂けないでしょうか?」

「っ!?それはいけない!結界があるとはいえ、ここは魔境との境だ!」

「そうですよルルティーナ様!危険です!」

「君は無理矢理ここに連れて来られただけだ!これからは、無理に働かず健やかに過ごすべきだ!」

「私は確かに、強制的にここまで連れて来られました。
ですが、行き先を聞いた時に思ったのです。
この国のために戦っている辺境騎士団の、ベルダール団長様のお力になりたいと」

「ルルティーナ嬢……っ!」

 鮮やかな青い瞳から、ぼろりと涙がこぼれました。ベルダール団長様は乱暴に涙を拭い、恥じるように眉をひそめます。

「重ねて申し訳ない。君は庇護すべき令嬢である前に、立派なポーション職人だった。
その君が、覚悟を決めてここまで来てくれたというのに、俺は……。
君の望みはわかった。ぜひ、辺境騎士団で働いて欲しい」

「はい!ありがとうございます!」

「ただし、養女の件は受けて欲しい。貴族身分は必要だ。労働条件についてもしっかりと協議したい。
シアン、君はルルティーナ嬢が無理しないよう厳しく監督してくれ。頼めるな」

「当然です。ルルティーナ様が健やかにお過ごしできるよう努めます」

 お二人は真剣ですが、そんなに真剣に心配する必要があるのでしょうか?

「そんなに心配しなくても、私は大丈夫ですよ。もう身体も良くなりましたし」

「駄目だ。君は無茶するに決まっている」

「ええ。私だけでは安心できません。カルメ様とシェルシェ様にも協力して頂きます」

「それは良いな。俺も、出来るだけ様子を見ることにしよう。ルルティーナ嬢、それで構わないね?」

「ですよね。ルルティーナ様」

 お二人の圧がすごいです。私は反論を諦めました。

「は、はい。わかりました」

「良かった。ではこれからも、こうして会って話したり食事を共にして欲しい」

 ベルダール団長様と?それは願ってもないことです。

「はい。喜んで」

 私が承諾した瞬間、ベルダール団長様は眩い満面の笑みを浮かべました。

「ありがとう。君との会話も食事も楽しいから嬉しいよ」

「そ、そんな……」

「ずっとこうしていたいくらいだ」

 全身が沸騰したかのように熱くなり、呻き声も出せません。
 私が固まっていると、シアンが手早く新しい料理を運んで来ました。

「お話もよろしいですが、料理もお忘れなく。料理長渾身のステーキとデザートがお二人を待っていますよ!」

 この後は、素晴らしい料理と会話を楽しみました。
 ベルダール団長様は私の話を聞いて下さり、また私からの質問に答えて下さりました。

「俺の好きなこと?食事をすることだな」

 やっぱり。思っていた通りです。

「お好きな食べ物はなんですか?」

「討伐中の糧食以外はなんでも好きだ」

「と、いうと糧食は……」

 ベルダール団長様はしょんぼりした顔になりました。

「硬いパンとビスケットと干し肉ぐらいだ。迂闊に火を焚けないから、温めることも出来ないしな」

 その状態で十日から二週間ほど過ごし、魔獣を討伐するそうです。過酷です。
 嫌なことを思い出させてしまったと落ち込んでいると、青い瞳が茶目っ気たっぷりに輝き、形のいい唇が大きく開きました。

「だから帰還する度に、美味いものを食い溜めている。こんな風にね」

 ベルダール団長様はステーキを大きく切り、実に美味しそうに食べていきます。

「糧食が不味いのも悪いことばかりじゃない。より美味く感じるし、料理長への感謝を忘れずに済む。お陰で彼に頭が上がらないが」

「ふふふ!わかります。私も料理長のお料理には勝てません」

 とても楽しいひと時を過ごせました。

 会食の最後、ベルダール団長様とシアンが交わした会話が少し気になりましたが。

「ルルティーナ様のお披露目もしなければなりませんね。閣下、王都の掃除は時期をずらしましょうか」

「いや、俺たちに外道の悲鳴を聞く暇は無い。尊き方々にお任せしよう」


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