狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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番外編・ラズワートは花ひらく【2】*

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 家宰のクロシュは、ラズワートにとって話しやすい存在だ。ゴルハバル帝国のことを教えてくれる師でもある。
 気づけば、ファルロへの恋心とそれに付随する様々な不安を告白していた。

「ルイシャーン卿にその気は無いのだろう。俺がこのまま側にいては迷惑をかけ「絶対有り得ませんから!おかしな事を考えてはいけません!」

 強く否定された上に、ファルロの配下のパヤムまで呼ばれた。

「クロシュ殿の言う通りですぞ!何卒思い直し下さい!」

「あ、ああ」

 二人はラズワートに、いかにファルロがラズワートに心を奪われているかを滔々と語った。また、ラズワートの想いも通じているに違いないと力説する。本当なら嬉しい。
 それはそうと。

「二人はなぜ、俺が以前からルイシャーン卿を想っていることに気づいたんだ?隠していたはずだが」

「「見ればわかりますよ」」

 クロシュたち曰く、全く隠せていなかったらしい。少し落ち込んだ。二人は落ち込むラズワートを慰め、話題を変えてくれた。

「アンジュール様は、男同士の閨事についてどこまでご存知ですか?」

「……手と口と、尻を使うことは知っている。見たこともある」

 アンジュール領にいたゴルハバル帝国の捕虜の中には、男同士で番っていたり、性処理をしている者たちもいた。
 わざわざ見に行ったり覗いたわけではない。彼らの中には羞恥心の薄い者もいて、うっかり見てしまうことがあったのだ。
 また、ラズワートは最近まで知らなかったが、配下の中にも男同士の恋人が何組か居た。ルフランゼ王国では同性愛は禁忌だが、王家嫌いの多いアンジュール領ではそのあたりがゆるいのだ。

「なるほど。では、行為の下準備についてはいかがですか?」

「下準備?というと?」

 事前に身を清める以上のことは全くわからない。クロシュとパヤムは我が意を得たりと頷いた。

「男同士は色々と準備が必要です。触れ合う程度でしたらあまり必要ありませんが、旦那様がそれで終わるとは思えませんし……。説明するにあたって確認ですが、アンジュール様はどちらをご希望されているのでしょうか」

 あまりにも明け透けな質問に、ラズワートは静かに恐慌状態におちいり固まった。固まりながらグルグルと考える。

(どちら?希望?つまり尻を使うか使われるか?誰が?俺が?ルイシャーン卿が?)

 ラズワートはしばらく混乱したが、やがて気づく。
 ファルロに抱いている欲望は『この雄が欲しい。この雄の好きにされたい。犯されてもいい』という受動的なものだ。

「……俺は……ルイシャーン卿に身を委ねたい……恐らくそう思っている」

 クロシュとパヤムはホッとした顔になった。そして、一時期のファルロが娼婦と男娼と遊び人を食い散らかしていたが、常に抱く側だったと話した。つまり、ラズワートに対しても抱く側になると言いたいらしい。

「それにあの目は……ねえ?クロシュ殿」

「はい。ですよねえ」

 ギラギラと熱を孕んだ金の目のことだろう。ラズワートは思い浮かべ、頬を染めた。

(あの目で見られながら触れられたい。求められたい)

 行為への期待が募った。
 その後、クロシュとパヤムは丁寧に下準備について説明してくれた。近日中に必要な道具類を揃えることも約束してくれる。

「本来は玄人が手解きするのが筋ですが、旦那様に殺されるので無理ですね」

「ですね。私たちもこれ以上手出しすれば殺されかねません。まあ、閣下もかなりの手管をお待ちらしいですし、大丈夫でしょう」

 物騒なことを言うクロシュたちに首を傾げたラズワートだが、数日後に納得させられたのだった。

 ◆◆◆◆◆

 話し合いから数日後。昨日のことだ。
 大騒動の果てに、ファルロはラズワートへの愛を叫んだ。
 ラズワートは嬉しくて気が遠くなりそうだった。そして、二人きりの晩餐で勝負に出た。

「残りは寝酒にしよう。俺の寝室に持って行く。今から風呂に入って準備をするので……一時間ほどしたら……貴殿が嫌でなければ来てくれ」

 言い捨てて食堂を出る。背後でファルロが息を呑む音がした。
 回廊にクロシュが待機していた。酒と杯を渡すと、心得たと言わんばかりに頷く。

「夜衣と道具は風呂に用意してございます。使い方はお教えした通りです」

 照れ臭くて顔をそらす。

「ありがとう。助かる」

 なんとかそれだけを言って風呂に向かう。脱衣所も風呂場も、ランプの淡い灯りが点いていた。
 手早く脱衣所で脱ぎ、タイル張りの風呂場に入る。中央に大きな湯船があり、周りに桶と石鹸と……本命の道具類が置いてあった。まずは身体を湯と石鹸でざっと洗って汚れを落とす。左腕の傷に巻いてある布が邪魔だが、外すとファルロに心配をかけそうなので我慢した。
 これからもっと我慢しなければならない。

(この箱か……)

 金属でできた小ぶりな箱を開けると、無色透明の小さな球体が入っていた。大きさは子供の握り拳程度だ。

(噂には聞いていたが、本当に魔獣を加工して使うのだな……)

 性愛におおらかなゴルハバル帝国では、閨事の道具がいくらでもあった。
 この透明な球体は、スライムと呼ばれる魔獣の一種を品種改良し加工したものだ。尻穴に当てると形を変えて中に入り、汚れを食べる。ついでに肉壁を柔らかくする効果もあるらしい。
 ラズワートは球体を取り出した。ぶよんとした感触が気色悪くてためらう。

(いや、これは必要な行為だ)

 意を決し、膝立ちになって尻にスライムを当てがった。尻穴に触れた途端、スライムは柔らかく伸びて入っていく。

「うぅっ……!ぐぅ……!」

 痛みは無いが逆流感と圧迫感が不快でたまらない。歯を食いしばって耐える。スライムは肉壁をどこまでも進み、グネグネと動いて汚れを掃除した。

「ぐ……ううう……ぎっ……が……」

 スライムはある程度時間が経つと自ずから出る。それまでラズワートは耐えた。

「ぐぅ……腹が……痛……ううっ!」

 ビチャビチャと下品な音を立て、スライムが尻穴から出て行く。ラズワートは不快感と羞恥に震えながら、箱の蓋を開ける。スライムは勝手に戻っていった。

(苦しかった……)

 綺麗にはなったが、まだ次がある。次は道具でゆるめなければ。その為の木や龍牙で出来た道具があった。一番先端が細く入りやすそうな物を手にし、香油を塗りつけて入れてみた。

「いっ!……くそっ……はいらな……痛っ!」

 あまりに慎ましやかなラズワートの尻穴には向かないようだった。少し入れただけで痛みが走る。痛みなど怪我で慣れているはずだったが、先程から感じる痛みは種類が違った。ただ痛いだけでなく不快で気色が悪い。
 結局、香油と自分の指で慣らした。小指でも違和感と圧迫感が酷く、第二関節まで入れるのに時間がかかった。

「はあ……」

 冷や汗とも脂汗ともつかない汗で濡れていた。再び湯と石鹸で洗い流し、湯船に浸かる。
 最初は慣れなかった贅沢な風呂文化だが、慣れた今は有難い。温かい湯で身体を温めると、少し落ちついた。

(今と似たような事を、これからルイシャーン卿とする。……抵抗しないよう気をつけねば)

 快楽のかけらもない行為だった。きっと、自分に閨事は向いていないのだろう。ラズワートは落ち込んだ。
 だが、それでも触れ合いたかった。

(せめてルイシャーン卿だけは楽しめるよう、抵抗だけはすまい)
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