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ラズワートの回想・八年前【5】
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慌ただしく戦後処理を済ませた後も、ラズワートは忙しかった。夏が終われば季節は秋だ。収穫、魔獣退治、冬の備えに追われる季節。その上、今度は王家の命で遠征に出ることになる。
王領ロレンヌで魔獣が大発生している。すぐに駆除せよ。との事だ。
『勝手にナンシー領に加勢する余力があるのだから簡単だろう』
といった嫌味付きだ。いつものことだが不快である。領主館での軍議中、不満がそこかしこで吐かれた。
「だが、ロレンヌの民に罪はない。第四、第五騎兵隊を中心に編成し、私が指揮を取る。その間、リュビクたちは雪嵐狩と領地運営に専念してくれ」
「閣下、いささか御身のご負担が大き過ぎます」
最もな意見だが、ラズワートは考えを変えなかった。冗談めかして言う。
「代わりに、春になったらサフィーリア姫の輿入れに専念させて欲しい」
「おおっ!いよいよですね!」
周りが一気に和んだ。王族嫌いが多いアンジュール領だが、鉱物や農法の知識を与え、ラズワートと仲睦まじい姫はすでに支持されていた。
ラズワートもつい最近まで、身内同然の友人と家族になれることを楽しみにしていた。今は、アジュリートの遺言のせいで後ろめたいが。
「……」
リュビクだけが、ラズワートを案じ、真意を探るように見つめていた。
◆◆◆◆◆
それから二ヶ月後、ロレンヌへの遠征は無事に終わった。ラズワートは本隊の帰還を配下に任せ、自身はたった四人の騎士を連れて王都に向かった。王城に参内し、国王に報告するためである。
「ふん。ワイバーンを二百頭以上倒したとあるが、獲れた素材は少ないな。野蛮なケモノ混じりは仕事が雑だ」
「全く。気が利かないですね。傷んでいない龍皮と牙がわずか百十頭分しかない。その上、貴様らに褒美を与えねばならないとは……」
「は。お言葉を重く受け止め精進致します」
国王と第二王子ジャルルの嫌味を聞き流し、退出の機会をうかがう。あまり長居すると、余計な仕事を寄越されかねない。それに、腹立ちのあまり攻撃しそうになる。
特に、サフィーリアに毒を盛った張本人であるジャルルは腹立たしい。毒を与えたのはアンジュール家の手の者だが、この残虐な王子と今は亡きその母親さえ企まなければ。
(下衆め。いずれ相応しい地獄に落としてやる)
怒りと殺意が膨れ上がり、顔に出そうになったところで退出をうながされた。
「もう良い。失せよ」
「はっ!」
さっさと謁見の間を退出した。扉の向こうには、自分を待っていた四人の騎士たちがいる。共に王城を出た。思ったより早く済んだので、まだ午前中だ。物悲しい初冬の風が紺色の髪を揺らす。
「閣下、本日はどうされますか?」
王都には、十日から十五日程度滞在する予定だ。国王とジャルルの気まぐれに付き合わされる恐れも消えた。多少仕事をしなければならないが、会いに行きたい者の元に行く時間の余裕もある。ただ、躊躇いはあった。
(サフィーリア……)
前回、ラズワートがサフィーリアに身体強化魔法をかけたのは去年の秋だ。他に魔法をかける者もいるし容体は安定しているというが、ラズワート以上に強力な身体強化魔法をかけれる者はいない。来年の輿入れを考えると、今すぐにでも魔法をかけ直しに行くべきだ。しかし、罪悪感が邪魔をする。
手紙では取り繕えたが、本人に会えば自分がどうなるかわからない。
(どの面を下げて会えばいいんだ)
この日は結局、王都に用意してある邸宅に戻った。辺境伯の身分には相応しからぬこじんまりとした屋敷だが、使用人たちの心からもてなしは素晴らしいものだった。
久しぶりにゆっくりと身を清め、夜は配下たちと食事を取った。
赤豚と野菜の煮込み、一角牛のチーズと黄金芋のグラタン、七色豆のポタージュ、焼き立てのパンなどが並び、赤葡萄酒と白葡萄酒が樽のまま用意された。
ご馳走だ。料理人の腕前が遺憾無く発揮されている。遠征中は粗食に徹していたラズワートたちの目が輝く。心ゆくまで堪能した。
「この肉の分厚さ!こりゃあ、先に帰った奴らにばれたら事ですな」
「とか言って、お前が真っ先に自慢しそうだ」
「言えてる。食い物の恨みは怖いぞ。あっ!腸詰取るな!俺のだ!」
「ラズワート様、このグラタンいけますよ。チーズをしっかり芋に絡めて食べて、赤葡萄酒を飲むともう……」
素直にその通りに食べて飲んだ。とろけたチーズのまったりとした旨味と癖のある風味、ほっくりとした黄金芋の濃厚な甘味。この二つが組み合わさると新しい美味となる。それをしっかり味わって飲み込んでから、やや渋みが強い赤葡萄酒を飲む。ラズワートは唸った。
「うむ。……たまらんな」
「でしょう!」
配下たちとの気安い会話、美味い食事に、ささくれていた気持ちもなだめられた。
(明日だ。明日の朝、クレドゥール公爵邸に使いを出そう。俺の葛藤のせいで、サフィーリアの苦痛を取り除かないなどあってはならない)
ラズワートは決意した。
しばらく経ち、そろそろ晩餐もお開きというところに来客の知らせがきた。サフィーリアからの使者と聞き、緊張する。使者は手紙だけを渡して帰ったらしい。食堂に運ばれてきた手紙をその場で開封する。
(サフィーリア……)
実に簡潔な一文と、茶会への誘いが書いてあった。
「明日はサフィーリア姫のところに行く。誰か一人ついて来い。他は好きにしていろ」
「え!一人だけですか!」
「おい。俺が行く。サフィーリア姫に会ったことがないのは俺だけだろ?」
「お前はがさつだからやめとけ」
「そうそう」
「誰でもいい。俺は明日に備えて寝る。お前たちも飲み過ぎるなよ」
ラズワートは席を立ち、寝室で眠った。夢は見なかった。
王領ロレンヌで魔獣が大発生している。すぐに駆除せよ。との事だ。
『勝手にナンシー領に加勢する余力があるのだから簡単だろう』
といった嫌味付きだ。いつものことだが不快である。領主館での軍議中、不満がそこかしこで吐かれた。
「だが、ロレンヌの民に罪はない。第四、第五騎兵隊を中心に編成し、私が指揮を取る。その間、リュビクたちは雪嵐狩と領地運営に専念してくれ」
「閣下、いささか御身のご負担が大き過ぎます」
最もな意見だが、ラズワートは考えを変えなかった。冗談めかして言う。
「代わりに、春になったらサフィーリア姫の輿入れに専念させて欲しい」
「おおっ!いよいよですね!」
周りが一気に和んだ。王族嫌いが多いアンジュール領だが、鉱物や農法の知識を与え、ラズワートと仲睦まじい姫はすでに支持されていた。
ラズワートもつい最近まで、身内同然の友人と家族になれることを楽しみにしていた。今は、アジュリートの遺言のせいで後ろめたいが。
「……」
リュビクだけが、ラズワートを案じ、真意を探るように見つめていた。
◆◆◆◆◆
それから二ヶ月後、ロレンヌへの遠征は無事に終わった。ラズワートは本隊の帰還を配下に任せ、自身はたった四人の騎士を連れて王都に向かった。王城に参内し、国王に報告するためである。
「ふん。ワイバーンを二百頭以上倒したとあるが、獲れた素材は少ないな。野蛮なケモノ混じりは仕事が雑だ」
「全く。気が利かないですね。傷んでいない龍皮と牙がわずか百十頭分しかない。その上、貴様らに褒美を与えねばならないとは……」
「は。お言葉を重く受け止め精進致します」
国王と第二王子ジャルルの嫌味を聞き流し、退出の機会をうかがう。あまり長居すると、余計な仕事を寄越されかねない。それに、腹立ちのあまり攻撃しそうになる。
特に、サフィーリアに毒を盛った張本人であるジャルルは腹立たしい。毒を与えたのはアンジュール家の手の者だが、この残虐な王子と今は亡きその母親さえ企まなければ。
(下衆め。いずれ相応しい地獄に落としてやる)
怒りと殺意が膨れ上がり、顔に出そうになったところで退出をうながされた。
「もう良い。失せよ」
「はっ!」
さっさと謁見の間を退出した。扉の向こうには、自分を待っていた四人の騎士たちがいる。共に王城を出た。思ったより早く済んだので、まだ午前中だ。物悲しい初冬の風が紺色の髪を揺らす。
「閣下、本日はどうされますか?」
王都には、十日から十五日程度滞在する予定だ。国王とジャルルの気まぐれに付き合わされる恐れも消えた。多少仕事をしなければならないが、会いに行きたい者の元に行く時間の余裕もある。ただ、躊躇いはあった。
(サフィーリア……)
前回、ラズワートがサフィーリアに身体強化魔法をかけたのは去年の秋だ。他に魔法をかける者もいるし容体は安定しているというが、ラズワート以上に強力な身体強化魔法をかけれる者はいない。来年の輿入れを考えると、今すぐにでも魔法をかけ直しに行くべきだ。しかし、罪悪感が邪魔をする。
手紙では取り繕えたが、本人に会えば自分がどうなるかわからない。
(どの面を下げて会えばいいんだ)
この日は結局、王都に用意してある邸宅に戻った。辺境伯の身分には相応しからぬこじんまりとした屋敷だが、使用人たちの心からもてなしは素晴らしいものだった。
久しぶりにゆっくりと身を清め、夜は配下たちと食事を取った。
赤豚と野菜の煮込み、一角牛のチーズと黄金芋のグラタン、七色豆のポタージュ、焼き立てのパンなどが並び、赤葡萄酒と白葡萄酒が樽のまま用意された。
ご馳走だ。料理人の腕前が遺憾無く発揮されている。遠征中は粗食に徹していたラズワートたちの目が輝く。心ゆくまで堪能した。
「この肉の分厚さ!こりゃあ、先に帰った奴らにばれたら事ですな」
「とか言って、お前が真っ先に自慢しそうだ」
「言えてる。食い物の恨みは怖いぞ。あっ!腸詰取るな!俺のだ!」
「ラズワート様、このグラタンいけますよ。チーズをしっかり芋に絡めて食べて、赤葡萄酒を飲むともう……」
素直にその通りに食べて飲んだ。とろけたチーズのまったりとした旨味と癖のある風味、ほっくりとした黄金芋の濃厚な甘味。この二つが組み合わさると新しい美味となる。それをしっかり味わって飲み込んでから、やや渋みが強い赤葡萄酒を飲む。ラズワートは唸った。
「うむ。……たまらんな」
「でしょう!」
配下たちとの気安い会話、美味い食事に、ささくれていた気持ちもなだめられた。
(明日だ。明日の朝、クレドゥール公爵邸に使いを出そう。俺の葛藤のせいで、サフィーリアの苦痛を取り除かないなどあってはならない)
ラズワートは決意した。
しばらく経ち、そろそろ晩餐もお開きというところに来客の知らせがきた。サフィーリアからの使者と聞き、緊張する。使者は手紙だけを渡して帰ったらしい。食堂に運ばれてきた手紙をその場で開封する。
(サフィーリア……)
実に簡潔な一文と、茶会への誘いが書いてあった。
「明日はサフィーリア姫のところに行く。誰か一人ついて来い。他は好きにしていろ」
「え!一人だけですか!」
「おい。俺が行く。サフィーリア姫に会ったことがないのは俺だけだろ?」
「お前はがさつだからやめとけ」
「そうそう」
「誰でもいい。俺は明日に備えて寝る。お前たちも飲み過ぎるなよ」
ラズワートは席を立ち、寝室で眠った。夢は見なかった。
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