狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ラズワートの回想・八年前【3】

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 ラズワートたちは、ダルリズ守護軍が侵略中のザルード地帯まで戻ってきた。岩山の中で陣を張り、天幕の中で軍議する。
 春から夏にかけて、ダルリズ守護軍はかつて奪われた土地のほとんどを奪い返し、さらに南征している。ただし、本隊は動いていない。動いているのは少数の部隊のみだ。

「ザルードは百年間奴らが入れなかった土地です。先遣させて、正確な情報を得た上で本隊を動かす気ではないでしょうか?」

「我々が補足していないだけで、別働隊が動いている可能性もあります」

 若手の重臣たちの私見は最もだった。だが、ラズワートは即座に否定した。

「いや、恐らく本隊が動くことも、別働隊が現れることもない」

 現ダルリズ守護軍総司令官イブリスは、辺境軍との戦闘に消極的なきらいがある。かなりの戦果を上げたいま、秋が来るまで待機するつもりなのではないだろうか。ラズワートより長く彼らと戦っているリュビクらも頷く。
 こう考える根拠はもう一つあった。南征している隊は、騎竜兵部隊約千人だけだったのだ。複数の斥候からの確かな情報である。

「今回の戦では、騎竜兵部隊はほぼ戦わなかった」

 騎竜兵部隊は、ゴルハバル帝国軍の戦の魁。獣人の中でも戦闘狂ぞろいで有名だ。彼らは充分な戦いこそを求める。

『ろくに戦わずに撤退を命じた将軍を血祭りに上げた』

『暴れ足りず味方同士で殺し合った』

『戦以外で死ぬ事を恥とするため、生かした医師を殺した』

 などと言った血生臭い逸話が溢れている。
 事実、捕虜となった騎竜兵は、ラズワートとの決闘で果てることを選ぶ者が大半だった。味方として頼りになると同時に、扱いに困る部隊なのだ。しかも、彼らは見慣れない大楯を持っているという。

「なるほど。欲求不満を解消させるのと、新しい武具の試用といったところですか。……ずいぶんと舐められたものですな」

 ラズワートの分析に、若手の重臣たちが青筋を浮かべる。

(むしろ我らを強敵だと期待しているからだろうが、弁解するのもおかしい話だ。リュビク叔父たちも、わかっていて何も言わないつもりらしい)

 それに、これからどう戦うかの方が重要だ。騎竜兵部隊隊長は、相変わらずあのファルロだ。

(ファルロ・ルイシャーン。ルイシャーン卿。やっと、また会える。戦える)

 喜ぶ自分が浅ましく思えてならなかったが、胸の高鳴りは抑え難かった。ラズワートは静かに歓喜しつつ、軍議を続けた。

「こちらにとっても良い機会だ。新しい戦法と武具が奴らに通じるか確認できる」

 そして数日後、グランド公国にしたように、いや、それ以上の炎と雷撃で騎竜兵部隊を焼いた。

◆◆◆◆◆

 ラズワートはそれを、魔法兵に発動させた遠見玉で見た。
 少し前、ラズワートは第一、第二、第三騎兵隊の約千人と共に、騎竜兵たちが罠を回避した場合に備えて待機していた。いつでも動けるよう、騎兵は全員騎乗している。従騎士や歩兵も、盾や槍を持って臨戦態勢だ。場所は、谷底の先にある開けた地点だった。やや高台にあるが、谷底の道はゆるく湾曲しているので、目視では騎竜兵部隊をみれない。
 魔法兵が差し出す遠見玉を覗き込む。谷底を這う様に進軍する騎竜兵部隊。千人近くいるため、長く伸びている。先頭が、あらかじめ決められた地点まで進んだ。ラズワートは隣にいる魔法兵に頷く。魔法兵は、別の場所にいる魔法兵たちに念話で指示を伝えた。

「放て!」

 たちまち、谷底から灼熱の炎と雷撃の柱が立つ。こちらでも炎と雷の柱が見え、凄まじい音が響く。逃れられる者は一人もいない。
 やがて炎と雷撃がおさまり、谷底は黒煙に包まれた。遠見玉にも黒煙と破壊された岩以外は映らない。

「動きがない。これは……」

 皆が期待に浮つく。ラズワートは声を張った。

「油断するな!現場の魔法兵と歩兵に状況を確認させろ!騎兵隊は突撃準備!」

「はっ!」

 ラズワートは黒煙の向こうを睨む。確信に近い予感がある。

(あの男がこの程度で死ぬはずはない)
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