狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ラズワートの回想・九年前

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 苦悩したまま時は流れた。ラズワートは二十歳となり、サフィーリアと二年後に結婚する事が決まった。ラズワートにとって、友人のような妹のような大切な少女である。やっと共に暮らせるのだなと、待ち遠しかった。思い出されるのは、初めて会った日のことだった。
 サフィーリアと初めて直接会ったのは五年前の秋の終わりだ。共に十五歳だった。王都にあるクレドゥール公爵邸の、サフィーリアの寝室で初めて顔を合わせた。サフィーリアは青白い顔で寝台に横たわったままだったが、声だけは生き生きとしていた。

「やあ、ラズワート。やっと会えたな」

「そうだな。サフィーリア。会えて嬉しいよ」

 その時にわかった。というかサフィーリアの好奇心の結果なのだが、ラズワートの身体強化魔法は他人にかけることが出来る上に、病や傷を治せることがわかった。
 サフィーリアは毒によって内臓に酷い損傷を受けたため、もってあと二年と言われていた。歩くことさえ困難だったが、魔法をかけたことである程度治った。結果、寿命が伸びた上に歩き回れるまでになった。

「ああ!また自分の脚で!こんなにも歩けるようになるとは!ありがとうラズワート!」

 ただ、どんなに魔法をかけても完全には治せない。ラズワートは悔しかったが、クレドゥール公爵は泣いて感謝した。
 サフィーリアの青白い肌が桃色に染まる。

「これで憧れの山歩きができる!楽しみだなあ!君が石を拾ったところ全部に連れて行ってくれよ!」

 サフィーリアは石が好きだ。磨かれた宝石より、自然のままの石や岩が好きだという。贈り物にはアンジュール領の石をねだった。ラズワートはサフィーリアの手紙の指示に従って、山や川の石を拾った。赤茶けた崩れやすい石、青黒い硬い石、緑に白い筋が入った石などを適当な大きさに割り、箱に詰めて送った。
 資源として使われるものではない。そこらに転がるただの石ころだ。なのに、サフィーリアはとても喜んだ。どれがなんという石で、よく見るとくっついている結晶がなんという鉱物で、どのような特徴があってどう生まれたか。実に豊かに書き綴った手紙と共に、お礼だと言ってかなり貴重な農業書や技師を貸してくれた。
 改めて礼を言うと、それだけの価値があるものを贈ってくれたからだと笑う。

「石は種類によって特徴が全く違う。面白い。なにより、色んな場所の歴史が積もって出来ているんだ。それを見るのが楽しい」

 石の持つ記憶を読み取れる。
 これは、サフィーリアが治療のお礼だといって打ち明けてくれた秘密だった。祖父であるクレドゥール公爵、その側近、ラズワート以外は知らない。恐らく家系的に土魔法が得意なのが関係しているが、特異な能力である。知られればどう利用されるかわからない能力でもあった。
 本人もそれを自覚しているので、自分の楽しみ以外には使わない。あまり見たくない記憶を読み取ることもあるが、それはそれで味があって良いと笑う。

「ただ、宝飾品に使われている宝石は苦手だ。見え過ぎる。宝石そのものの歴史だけでなく、職人や持ち主の記憶や感情がへばりついて重なってる。混乱するし、とんでもない秘密を知ることもある。うっかり見ないようにしているよ」

 暗い目をして言うので話題を変えることにした。

「アンジュール領に来たら、まずはどの山に行く?」

「青黒い石が採れるところがいい!あれは見たことが無い石だった!それに、くっついていた結晶が気になる。ひょっとしたら価値があるかもしれない」

「わかった。任せておけ」

 いくらでも魔法をかけて、どこにだって連れて行ってやる。ラズワートは心からそう思っていた。サフィーリアを友のように妹のように愛していたから。

 ゆえに、絶望した。
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