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ラズワートの回想・十五年前【1】
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「そうだな。良かった。これで良かったんだ」
かつて偽りの忠誠を捧げた王族の寝台の上で、ラズワートは愛しい狼に抱きついて涙を流した。全ては終わった。自分でも、悲しいのか嬉しいのかわからない。
たくましい胸に抱かれながら、ラズワートは過去を振り返った。
春を持つ間、ラズワートはファルロに真実を全て話した。ジャルルに話したのも真実だが、全てではない。
アンジュール領は、百年以上前からルフランゼ王家を滅ぼし、ルフランゼ王家をゴルハバル帝国に差し出す策略を実行していたのだ。
◆◆◆◆◆
ラズワートがこの策略を知ったのは、十四歳の秋だった。
その年の夏から秋にかけた二ヶ月間、ラズワートは初めて王都に滞在した。当時の辺境伯であった父親の補佐をするためだ。あまり王城に上がらず社交もしなかったが、登城すれば必ず侮辱された。多くの者が通行している廊下でもだ。
「おい!混じりものが居るぞ!汚らしい獣混じりだ!」
代表格は第二王子ジャルルだ。辺境生まれであることに始まり、あらゆる事を揶揄した。特に、ラズワートが父親と違って大規模な自然魔法を使えないことと、紺色の髪と金混じりの青い目を持つことを指摘して、賤しい獣人の血を引いている証拠だなどと言って罵り、蔑んだ。
「何故ここにいるのだ?獣臭くてかなわ……」
「さようでございますか。では、御前を失礼いたします」
「おっおい!何を勝手に!クソ!なんだあの混じりものは!生意気な!」
(なんだあの見苦しい存在は)
十四歳ですでに厳しい訓練をこなし、戦場に出ていたラズワートにとっては微風のようなものだったが、疑問を抱いた。
(一体、誰が他国や魔獣から国を守っていると思っているんだ?そもそも、あの無駄な時間はなんだ?わざわざ俺を腐すためだけに来たようだが。第二王子としての執務はどうした?他の奴らもだ)
王都で会う王侯貴族たちは、油断しきった愚か者ばかりだった。色事か賄賂の話以外は出来ないのかというほどだ。そして彼らは例外なくラズワートの見た目を嘲笑い、父を軽んじた。だが、父は逆らうなという。
今まで厳しく育てられ、付き合いのある貴族は軒並み有能であったラズワートは閉口した。だから、アンジュール領に帰った後で父に聞いたのだ。
「父上、なぜ侮蔑に甘んじなければならないのですか?」
ラズワートの父、アジュリート・ド・アンジュール。顔立ちはラズワートによく似ている。祖母譲りの貴族らしい金茶色の髪と目、魔法の才能を持った細身の美男であった。その見た目と能力ゆえに、歴代当主の中でも王家に気に入られ、こき使われていることで有名だった。
アジュリートは端的に言い捨てた。
「仕方がない。我らの血が混じりものだからだ」
ラズワートは足元が崩れた錯覚を抱いた。『ラズワートよ。その身に流れる血を誇れ』事あるごとにアジュリートは言っていたというのに。
だが次の瞬間、アジュリートは歪んだ笑みを浮かべた。
「だから我らも奴らを尊ばない」
「父上?一体なにを仰って……」
「ラズワート。お前は、お前が思う以上に賢い。それにもう十四歳だ。我らアンジュール家の策略を知るべきだろう」
そもそもの始まりは、ルフランゼ王国が起こした百年以上前の戦争だった。
「ゴルハバル帝国の拡大を阻止するためとされたこの戦争の真の理由は、強大な武力を持ち交易によって栄えたアンジュール領の力を削ぐためだった」
当時の国王は、アンジュール領の繁栄を妬み、国を乗っ取られるのではないかと恐怖した。加えて、他国人や他種族を異常に嫌い警戒していた。
「中でも嫌い蔑んでいたのは、我ら獣人と人間の混血だ」
その為、最もらしい理由を作ってゴルハバル帝国を侵略し、アンジュール領の他国との交易を潰した。
時のアンジュール辺境伯、ラズワートの曽祖父は王家の真意を知り激怒した。
この戦いのために多くの家臣と領民が犠牲になった。挙句の果てに、ゴルハバル帝国出身で青狼の獣人の母親が自害したのだ。純血の獣人である自分が生きていれば、息子に害が及ぶと考えた上の行動であった。
しかも、国王はそれを讃えた。
『なんと息子想いで殊勝なことか。獣に産まれたのが残念だ。その潔さに免じ、我が国土に墓を作ることを許そう』
曽祖父は怒り狂った。これは裏切りだ。これまでの忠誠と尊厳を踏み躙られた。ルフランゼ王家に仕えて数百年。アンジュール家、アンジュール領、辺境軍はどの諸侯軍よりも勇敢に戦い、交易の富の大半を税として納めたというのに。
曽祖父は謀叛を決意した。重臣たちも同意した。が、すぐ実行に移さなかった。
「理由は単純だ。勝ちきれないからだ」
この時点でのルフランゼ王国の王侯貴族たちは、精強な自軍を有する手強い者たちだった。知に秀でた者も多く、よくて相打ちだ。勝てたとしても、アンジュール領も他領も荒れ果てて復興できるかもわからない。
それどころか、両者が弱ったところを他国に攻め入られれば諸共滅ぶだろう。
「さらにアンジュール家は、主君殺しと裏切り者の汚名を被る。それだけは避けねばならなかった。数百年積み上げた名誉を喪う。それは、先祖の意に反すると時の当主は考えたのだ。名誉を喪うのは我らではない。奴らだ」
そこで曽祖父は、長い長い計画を立ててゴルハバル帝国に接触した。当時の皇帝とは個人的に親しかったし、対立してからも密かに連絡を取り合っていたため、話は早く済んだ。
当時の皇帝は笑ったという。
『卿の計画は面白いな。甘い蜜で牙を溶かし、豊かな国土を無傷で奪うか。壮大だが不可能ではない。良かろう。手を貸す。そして事が成った暁には、余の子孫がそなたらを家臣として取り立てるだろう』
『私を信用して頂きありがとうございます。我がアンジュール家、辺境軍、そしてアンジュール領の全ての民は、この時よりゴルハバル皇家の忠臣。アンジュール領の安泰をお約束頂ける限り、我らは皇家にお仕えします』
こうしてアンジュール領の者たち、特にアンジュール家は、表向きはルフランゼ王家に愚直に仕えながら、王侯貴族を堕落させていった。
◆◆◆◆◆
補足:作中で年を越したので、全員が一歳歳を取っています。ファルロは四十六歳、ラズワートは二十九歳です。
かつて偽りの忠誠を捧げた王族の寝台の上で、ラズワートは愛しい狼に抱きついて涙を流した。全ては終わった。自分でも、悲しいのか嬉しいのかわからない。
たくましい胸に抱かれながら、ラズワートは過去を振り返った。
春を持つ間、ラズワートはファルロに真実を全て話した。ジャルルに話したのも真実だが、全てではない。
アンジュール領は、百年以上前からルフランゼ王家を滅ぼし、ルフランゼ王家をゴルハバル帝国に差し出す策略を実行していたのだ。
◆◆◆◆◆
ラズワートがこの策略を知ったのは、十四歳の秋だった。
その年の夏から秋にかけた二ヶ月間、ラズワートは初めて王都に滞在した。当時の辺境伯であった父親の補佐をするためだ。あまり王城に上がらず社交もしなかったが、登城すれば必ず侮辱された。多くの者が通行している廊下でもだ。
「おい!混じりものが居るぞ!汚らしい獣混じりだ!」
代表格は第二王子ジャルルだ。辺境生まれであることに始まり、あらゆる事を揶揄した。特に、ラズワートが父親と違って大規模な自然魔法を使えないことと、紺色の髪と金混じりの青い目を持つことを指摘して、賤しい獣人の血を引いている証拠だなどと言って罵り、蔑んだ。
「何故ここにいるのだ?獣臭くてかなわ……」
「さようでございますか。では、御前を失礼いたします」
「おっおい!何を勝手に!クソ!なんだあの混じりものは!生意気な!」
(なんだあの見苦しい存在は)
十四歳ですでに厳しい訓練をこなし、戦場に出ていたラズワートにとっては微風のようなものだったが、疑問を抱いた。
(一体、誰が他国や魔獣から国を守っていると思っているんだ?そもそも、あの無駄な時間はなんだ?わざわざ俺を腐すためだけに来たようだが。第二王子としての執務はどうした?他の奴らもだ)
王都で会う王侯貴族たちは、油断しきった愚か者ばかりだった。色事か賄賂の話以外は出来ないのかというほどだ。そして彼らは例外なくラズワートの見た目を嘲笑い、父を軽んじた。だが、父は逆らうなという。
今まで厳しく育てられ、付き合いのある貴族は軒並み有能であったラズワートは閉口した。だから、アンジュール領に帰った後で父に聞いたのだ。
「父上、なぜ侮蔑に甘んじなければならないのですか?」
ラズワートの父、アジュリート・ド・アンジュール。顔立ちはラズワートによく似ている。祖母譲りの貴族らしい金茶色の髪と目、魔法の才能を持った細身の美男であった。その見た目と能力ゆえに、歴代当主の中でも王家に気に入られ、こき使われていることで有名だった。
アジュリートは端的に言い捨てた。
「仕方がない。我らの血が混じりものだからだ」
ラズワートは足元が崩れた錯覚を抱いた。『ラズワートよ。その身に流れる血を誇れ』事あるごとにアジュリートは言っていたというのに。
だが次の瞬間、アジュリートは歪んだ笑みを浮かべた。
「だから我らも奴らを尊ばない」
「父上?一体なにを仰って……」
「ラズワート。お前は、お前が思う以上に賢い。それにもう十四歳だ。我らアンジュール家の策略を知るべきだろう」
そもそもの始まりは、ルフランゼ王国が起こした百年以上前の戦争だった。
「ゴルハバル帝国の拡大を阻止するためとされたこの戦争の真の理由は、強大な武力を持ち交易によって栄えたアンジュール領の力を削ぐためだった」
当時の国王は、アンジュール領の繁栄を妬み、国を乗っ取られるのではないかと恐怖した。加えて、他国人や他種族を異常に嫌い警戒していた。
「中でも嫌い蔑んでいたのは、我ら獣人と人間の混血だ」
その為、最もらしい理由を作ってゴルハバル帝国を侵略し、アンジュール領の他国との交易を潰した。
時のアンジュール辺境伯、ラズワートの曽祖父は王家の真意を知り激怒した。
この戦いのために多くの家臣と領民が犠牲になった。挙句の果てに、ゴルハバル帝国出身で青狼の獣人の母親が自害したのだ。純血の獣人である自分が生きていれば、息子に害が及ぶと考えた上の行動であった。
しかも、国王はそれを讃えた。
『なんと息子想いで殊勝なことか。獣に産まれたのが残念だ。その潔さに免じ、我が国土に墓を作ることを許そう』
曽祖父は怒り狂った。これは裏切りだ。これまでの忠誠と尊厳を踏み躙られた。ルフランゼ王家に仕えて数百年。アンジュール家、アンジュール領、辺境軍はどの諸侯軍よりも勇敢に戦い、交易の富の大半を税として納めたというのに。
曽祖父は謀叛を決意した。重臣たちも同意した。が、すぐ実行に移さなかった。
「理由は単純だ。勝ちきれないからだ」
この時点でのルフランゼ王国の王侯貴族たちは、精強な自軍を有する手強い者たちだった。知に秀でた者も多く、よくて相打ちだ。勝てたとしても、アンジュール領も他領も荒れ果てて復興できるかもわからない。
それどころか、両者が弱ったところを他国に攻め入られれば諸共滅ぶだろう。
「さらにアンジュール家は、主君殺しと裏切り者の汚名を被る。それだけは避けねばならなかった。数百年積み上げた名誉を喪う。それは、先祖の意に反すると時の当主は考えたのだ。名誉を喪うのは我らではない。奴らだ」
そこで曽祖父は、長い長い計画を立ててゴルハバル帝国に接触した。当時の皇帝とは個人的に親しかったし、対立してからも密かに連絡を取り合っていたため、話は早く済んだ。
当時の皇帝は笑ったという。
『卿の計画は面白いな。甘い蜜で牙を溶かし、豊かな国土を無傷で奪うか。壮大だが不可能ではない。良かろう。手を貸す。そして事が成った暁には、余の子孫がそなたらを家臣として取り立てるだろう』
『私を信用して頂きありがとうございます。我がアンジュール家、辺境軍、そしてアンジュール領の全ての民は、この時よりゴルハバル皇家の忠臣。アンジュール領の安泰をお約束頂ける限り、我らは皇家にお仕えします』
こうしてアンジュール領の者たち、特にアンジュール家は、表向きはルフランゼ王家に愚直に仕えながら、王侯貴族を堕落させていった。
◆◆◆◆◆
補足:作中で年を越したので、全員が一歳歳を取っています。ファルロは四十六歳、ラズワートは二十九歳です。
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