狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロと戦の季節【1】

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 ファルロは今朝も、皇城に出仕するラズワートに付き添った。ジャルル王子たちの断罪から十日経つ。
 皇城へ通じる通りには、あちこちに水晶薔薇が飾られている。朝日を浴びて艶やかだ。ただよう香りも甘く優しい。

(ラズワートの慰めになればいいのだが)

 ファルロはそう祈りつつ、ラズワートを横目で眺めた。
 この十日間、ラズワートは執務を休んで『毒壺刑の間』に通っていた。皇城の地下には刑罰や拷問のための階層がある。『毒壺刑の間』はその階層にある部屋の一つで、今はジャルル達が放り込まれている。
 ラズワートは、ジャルル王子たちが苦しむ様を眺め、身体強化魔法をかけ直して生きながらえさせ、気まぐれに風の魔法でいたぶった。その顔には表情が無かった。ただ黙って眺めている。ファルロもまた、ただ黙ってそばにいた。

(ジャルル王子たちも、最近は反応が無くなってきました。精神が壊れてきたのでしょう。いい気味ですが、反応がある方がラズワートの溜飲が下がるでしょうか。心は救われるでしょうか)

 ファルロが考えている間に、皇城内に入った。ファルロは一応、目的地を確認した。

「ラズワート、今日もあちらへ?」

「もういい。飽きた」

 あっさりとした回答に面喰らうが、ラズワートの顔は穏やかだ。

「お前も忙しいのに付き合わせて悪かっ……いや、違う。そうじゃない」

 ラズワートは久しぶりに柔らかな笑みを浮かべ、ファルロを抱きしめた。ファルロはようやく気づいた。自分の身体がずっと強張っていたことに。

「ファルロ、心配をかけて悪かった。ずっとそばに居てくれてありがとう。俺はもう大丈夫だ」

 確かに心配していた。この十日間、ラズワートは鬱々としていたし、危うかった。どこかファルロの手の届かないところに行ってしまいそうで、恐ろしかった。

「構いません。気にしないでください。と、言いたいところですが駄目ですね。あんな下衆どもに、十日間も貴方の関心を奪われた。堪え難い屈辱ですよ」

 軽やかな笑い声が胸元で響く。どこか幼い口調でラズワートは謝った。

「うん。悪かったよファルロ。けど、お前以上に気になる奴なんていないから、そんな風に思うな」

 ファルロはラズワートをしっかりと抱きしめ返した。
 久しぶりの抱擁を堪能してから、『毒壺の間』を管理している処刑人に鍵を返した。身体強化魔法をかけ直さないので、間もなく全員死ぬだろうとの事だった。
 その後所定の手続きを経て、皇帝アリュシアンに謁見した。
 アリュシアンは壇上から、跪くラズワートとファルロに慈悲に満ちた眼差しを向けた。

「面を上げよ。さて、アールジュよ。たった十日でそなたの気は晴れたのか?」

 ラズワートは、試すような言葉に金混じりの青い目を向けた。その目には、凛とした強い輝きが戻っている。

「完全にとは申せませんが、区切りはつきました。陛下のご高配を賜り感謝の念に堪えません。非力な身ではございますが、御恩に報いるべく勤めます」

「うむ。頼もしい。復讐に酔う事も、復讐を果たして腑抜ける事もなかったか。良き番だなルイシャーン」

「はい!ラズワートは最高です!私の宝です!」

 ファルロはわざと明るく言った。

「ファルロ、控えろ。御前だぞ」

 ラズワートはたしなめたが、表情は柔らかい。

「睦み合うのは後にしろ。まあいい。そろそろ、あちらの外務大臣が知らせを受け取る筈だ」

 酷い怪我を負ったルフランゼ王国の外務大臣は、国境に滞在し続けていた。今ごろ第二王子ジャルルたちの代わりに、ゴルハバル帝国の官人たちが現れて肝を冷やしているだろう。持たされる書簡と鏡に記録されている映像の中身を知れば、卒倒するかも知れない。
 書簡は、ゴルハバル帝国からルフランゼ王国に対する和平の撤廃と宣戦布告だ。
 映像は、ジャルルの蛮行と末路を編集した記録映像だ。
 周辺諸国にも、似たような知らせを送っている。これで、ゴルハバル帝国とルフランゼ王国が和平を結ぶことも、友好関係を築くことも、永遠になくなった。

「ファルロ・ルイシャーン将軍。手筈通り、ダルリズ守護軍を率いてルフランゼ王国を攻略せよ」

「御意」

「ラズワート・アールジュ。卿はルイシャーンを補佐し、思うまま力を振るえ」

「御意」

「従う者には寛容を、逆らう者には死を与えよ。ただし、なるべく土地と民には傷をつけるな。余は無益な破壊と流血を好かぬ。せっかくの戦利品の価値が下がるからな」

 ファルロとラズワートは急ぎダルリズ地方に向かい、十万の兵を率いて進軍した。
 ただし、ほとんど戦にならなかった。
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