狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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第二王子ジャルル【2】

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 ジャルルたち特使一行は、国境を越えてゴルハバル帝国に入国した。ゴルハバル帝国側からの使者一行に先導され、さらに北へと進む。皇都にたどり着いたのは、王都から出発して一ヶ月が過ぎた頃だった。
 よく晴れた昼下がり、皇都の門をくぐった。折しも季節は春。皇都は春の花に飾り立てられた、最も鮮やかな季節だった。馬車の窓から見える光景に、側近の一人が思わず呟く。

「なんと豊かな都だ……」

 ジャルルたちは、皇都が想像以上に広大で煌びやかな事に驚いた。いや、皇都ばかりではない。ここまで通った都市も街も豊かで美しかった。街道も整備されており、治安もいい。
 ルフランゼ王国とは雲泥の差だ。ルフランゼ王国では、王都ですら道端に浮浪者がいるのが珍しくない。また、街道の整備も予算を減らしているので行き届いていない。
 帝国の名高き魔具、宝飾品、絨毯などはもとより、大陸中からの交易品が並ぶ。そしてなにより、様々な種族が思い思いの衣装をまとい、和やかに過ごしている。浮世離れした光景だった。
 一行は圧倒され、萎縮した。

「ふん!獣人共にエルフにドワーフに……噂に違わぬ穢らわしい有様だな!」

 唯一、ジャルルだけが不快と怒りをあらわにしていた。

(この私、ルフランゼ王国王太子ジャルルがわざわざ来てやったというのに!歓迎もないとは何事か!)

 一応、一行が悠々と通れるよう道を開けられてはいる。だが、それを見守る人々は、歓迎どころか嫌なものを見たと言わんばかりに目を逸らす。
 そういえば、ここまで宿泊に使ってやろうとした貴人用の宿も失礼で冷淡だった。

「今すぐ宿にいる獣人を全員追い出せ。貴様ら蛮人と同じものを食べたくないから、ルフランゼから持って来たものを調理しろ。足りなければ買ってこい」

 以上のような、ごく当たり前のことを言っただけだと言うのに。宿主は目を吊り上げた。

「ここは殿下に相応しい宿ではないようです。お引き取り下さい」

 生意気な言い草に、ジャルル直々に懲罰してやろうとした。が、側近たちに止められた。

「殿下!短慮はおよし下さい!ゴルハバルの使者が監視しております!」

「ここはルフランゼではございません!」

 揉めた末に、野営するはめになったのだった。
 使者一行に監視されているせいで、満足に人攫いも出来ない。仕方なく、側近と従者で処理する日が続いていた。ジャルルの不満と怒りは最高潮だ。

「私が戴冠した暁には滅ぼしてやる」

 そして豊かさを奪ってやる。ジャルルは舌なめずりした。

◆◆◆◆◆

 まだ日が高い内に皇城に着いた。
 皇城は、これまで見た皇都の全ての贅を集めても敵わぬ豪奢さと壮麗さを備えていた。また、案内人も美しさと気品を備えていた。言うまでもなくジャルルよりも高貴な衣装である。

(人間だが北方民族の出だな。蛮族が生意気にも着飾りおって)

 ジャルルの機嫌がさらに悪くなる。
 しかも、謁見の間に入るのが許されたのはジャルルだけだった。もともと入国と謁見を許可したのはジャルルだけだったという言い分だ。ジャルルは案内人に怒鳴りつけ、側近たちも食い下がったが相手は動じない。

「ご不満ならお帰りいただいて結構です」

「その言葉いずれ後悔するぞ!」

 仕方なくジャルルは案内人と共に謁見の間に入ることになった。

「ルフランゼ王国第二王子ジャルル・ルイ・ルフランゼ様のご入場です」

「入れ」

 第二王子ではなく王太子だと叫びそうになったが、耐えて入場した。
 謁見の間は広く、荘厳だった。壁には大理石がふんだんに使われ、天井は壮麗な彫刻で埋まり、足元は鮮やかな模様が浮かぶ紫色の絨毯が敷かれている。入り口の正面奥に二十段ほどの階段があり、その壇上は吊り下げられた絹の天幕や、色とりどりクッションで飾られていた。
 今ここには、ジャルル、案内人、壇上に座る金髪の獣人の男、その斜め後ろに跪く銀髪の獣人の男しかいないようだ。

(金毛の獣人が皇帝アリュシアンで、銀毛の獣人は近衛騎士か)

 ジャルルが観察していると声が響いた。

「ゴルハバル帝国皇帝アリュシアンである。ルフランゼの若き王子よ。よく参られた」

 壇上に座る金髪赤目の獣人、皇帝アリュシアンはジャルルを見下ろし軽く目をすがめた。
 柔和な笑みだが、凄まじい威圧がある。気圧されたジャルルは居住まいを正し、片手を胸元に当てる最敬礼を取った。取ってから、たかが獣人ごときにと苛立つ。

「は。勿体なきお言葉……」

 苛立ちつつ挨拶を返そうとした。しかし、アリュシアンのよく通る声が響く方が早い。

「そなたは実績がなくとも、曲がりなりにもルフランゼ王国第二王子だ。本来ならば、一応は国賓として歓待の宴を催すべきだが、此度は省略させて頂く。許されよ。何もしなくて済むそなたと違い、余は忙しいのでな」

 口調は穏やかだが、言葉の一つ一つにたっぷりと嫌味と侮蔑が詰まっている。ジャルルは怒りで顔を紅潮、いやドス黒く染めた。

「時間は有限だ。なにゆえ我が国に参られたのか、疾く述べよ」

 ジャルルは今すぐ風の魔法で全てを切り刻んでやりたかった。だが耐えた。ここで暴れれば全てが終わりだ。怒りで声を震わしながらも、なんとか述べた。

「我が国が差し出したラズワート・ド・アンジュールの返還を求めにまいりました。アンジュールの代わりには、第七王女ゼナイード・アンヌマリー・ルフランゼを……」

 さらに金貨二千枚の用意があると述べようとしたが、割り込まれて言えなかった。

「ふむ。それは出来ぬ相談だ」

 一瞬、ジャルルの思考が止まった。

「は?な、何故でございますか?」

 次いで混乱し、目に見えて取り乱した。その様をアリュシアンの紅玉色の目が見下している。

「ラズワート・ド・アンジュールという名の人物は、この国のどこにも存在しないからだ」

 ついに、ジャルルの混乱と怒りが頂点に達した。
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