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ファルロの蜜月【13】
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ファルロとラズワートは、年明けまで慌ただしく過ごした。
冬は移動しにくい季節だが、自由の身になったラズワートがしなければならない事は多い。今後、ファルロの補佐官になるのが決まっているのだ。ファルロと共に、皇城を初めとする各所に挨拶回りしなければならなかった。
揶揄われたり、祝福されたりと忙しい。特にファルロと同格か格上の者に会うと、根掘り葉掘り聞かれたり、説教されたり、『こいつの執着やばいから別れた方が良くね』などと余計なことを言われたりして長引いた。
ファルロは辟易としたが、ラズワートは完全に面白がっていた。
「私の番を虐めないでやって下さい。充分に大事にされてます。ただ、私が甘やかして色々許してしまうんですよ」
「歯形をさらしているのはわざとです。ファルロが照れるのが可愛くてつい」
などと言って盛大に惚気ては、顰蹙やら爆笑やら賛辞やらを受けていた。
挨拶回りを済ませた後は、観光がてら街中を歩いたり、騎竜に乗る練習をした。
また、プーヤがラズワートの武具および魔法兵器を予定よりかなり早く仕上げて持ってきた。工房の総力を上げ、寝食を惜しんで作り上げたという。
表情は晴れやかだが、なぜか顔を初めとするあらゆる場所が青タンだらけだった。
「これは親父と兄貴にバレて殴られただけです!ですが奪われませんでした!俺たちだけで作ったんです!」
「そ、そうか。大事に使わせてもらう」
「俺らもやり返しましたし、いつものことなんでお気になさらず!思うまま使ってやって下さい!」
ラズワートは遠い目になったが、頷いた。
「わかった。ファルロ、付き合ってくれ」
「ええ。流石に屋敷では難しいですから申請しましょう」
数日後、皇城にある闘技場の使用許可が出たので手合わせをした。
互いに全力でだ。ラズワートは、まるで以前から使っていたかのように武具を使いこなし、魔法兵器である剣から大規模な魔法を放った。ファルロは歓喜し、半獣体になるまで熱中して戦った。
闘技場を少し破壊してしまい、二人まとめて怒られた。だが、互いにとって実に楽しい一戦であった。また、周囲に対してラズワートの強さをさらに知らしめたのだった。
そして当然、時間がある日はどちらかの寝室で貪りあった。
「仲がいいのは構いませんが、洗濯が追いつかないのですよね……」
などと、クロシュが聞こえよがしに愚痴るほどであった。
◆◆◆◆◆
年末の宴が終わり、いよいよ年明けまで残り十日を切った。皇都の上を雪嵐の群れが飛び交い、激しい雪と風のせいで出歩く者はほぼいない。物流も完全に止まっている。
ファルロとラズワートも雪嵐が去るまで屋敷にこもることにした。母家の方が温かいので、ラズワートもファルロの寝室で寝起きする。部屋は窓を完全に塞いでいて、いくつもの火鉢が置かれているので温かい。
「では、年末年始は雪かきと見回りに?」
「ああ。だが家のある者は家に、無い者は教会に避難している時期だ。あまり広範囲ではなかった」
「それでも大変な仕事でしょう。『雪嵐群れ成す頃』だというのに。我が国では、皇帝陛下から参内を命じられても拒否出来ますよ」
「合理的だな。事実、見回り中に命を落とす者もいた。だが、アンジュール領は貧しく過酷だった。どんなに備えても、雪で家を潰されたり食料や水が足りなくて困窮する者が出てくる。冬の見回りは欠かせない職務だ」
それに辛いばかりではなかったと、ラズワートは微笑む。
「余裕のある家や教会では、俺たちのために温めた酒や焼きたてのクレープを用意してくれた」
「クレープ?料理ですか?」
初めて聞く料理だ。ゴルハバル帝国は、他国からの移民も受け入れている。その為ルフランゼ王国の料理を扱う店も多いが、やはり全てが輸入されてる訳ではないようだ。各国の料理に詳しいマフドならば知っているかもしれないが。
「クレープは小麦粉や蕎麦粉の生地を薄く焼いたもので、スリズのジャムやベーコンやチーズを挟んで食べる。見回りが夜までかかった時は泊めてもらい、クレープ片手に夜通し話をしたものだ。冬の楽しみの一つだったな」
優しく微笑みながら、ある老人から聞いた昔話や、教会に保護されている孤児から教えられた歌を口ずさんだ。
ラズワートが周りに好かれるのがよくわかる話だった。滑舌の悪い老人の話も、鼻水を垂らしてまとわりつく子供の歌にも静かに耳を傾けたのだろう。
「大晦日や元旦もですか?」
「大晦日は、家の中から出ずに太陽への祈りを捧げるだけだ。元旦も似たようなものだが、祭りの準備に入るから忙しい」
二人は年明けまで、このように様々な話をしたり、武具の手入れをしたり、本を読んだり、ただ静かに寄り添ったりした。
お互いあれだけ激しく求め合っていたというのに、不思議とその気は起きなかった。静かな時間を共有するだけで満たされていた。
ある時、ファルロは床に座って剣の手入れをしていた。ラズワートは寝台に座り、ランプの灯りで本を読んでいた。無言の時間が降り積り二人を包む。窓からわずかに風の唸り声が聞こえる。後は互いの息遣いと火鉢の炭が爆ぜる音ばかり。
読み終わった本を起き、ラズワートはぽつりとこぼした。
「静かだな」
「ええ。とても」
「年末をこんなに静かに過ごすのは初めてだ。いいものだな」
ファルロは剣を片付けて隣に座り、寄り添うことで同意を示した。ふわりと巻きつく尻尾を、ラズワートは優しく撫でた。ファルロの気が抜けていく。もういいか。と思った。少し離れて服を脱ぐ。
「ファルロ?いきなりどう……」
服を脱いだファルロは、あっという間に大きな狼の姿になった。白銀色の毛並みを、ランプの灯りが照らす。寝台に上がり、呆気に取られているラズワートを包むように横になる。
「おい。いいのか?完全獣化は貴族階級の恥なんだろ?」
などと言いながら、ラズワートはもしゃとしゃと頭を撫でる。
「ううむやはり……なかなかの毛並みだ……」
「ありがとうございます。……貴方の前ならいいかと思いまして。徹底的にだらけたくなりました」
堂々と甘えるファルロに、ラズワートはとびきり甘くて優しい顔になった。
「そうか。うむ。わかった」
声も手つきも優しい。ファルロは目を閉じた。
「おお、背中はサラサラで固くて、腹の近くはふわふわして……眠くなっ……」
一人と一匹は穏やかな眠りについたのだった。
冬は移動しにくい季節だが、自由の身になったラズワートがしなければならない事は多い。今後、ファルロの補佐官になるのが決まっているのだ。ファルロと共に、皇城を初めとする各所に挨拶回りしなければならなかった。
揶揄われたり、祝福されたりと忙しい。特にファルロと同格か格上の者に会うと、根掘り葉掘り聞かれたり、説教されたり、『こいつの執着やばいから別れた方が良くね』などと余計なことを言われたりして長引いた。
ファルロは辟易としたが、ラズワートは完全に面白がっていた。
「私の番を虐めないでやって下さい。充分に大事にされてます。ただ、私が甘やかして色々許してしまうんですよ」
「歯形をさらしているのはわざとです。ファルロが照れるのが可愛くてつい」
などと言って盛大に惚気ては、顰蹙やら爆笑やら賛辞やらを受けていた。
挨拶回りを済ませた後は、観光がてら街中を歩いたり、騎竜に乗る練習をした。
また、プーヤがラズワートの武具および魔法兵器を予定よりかなり早く仕上げて持ってきた。工房の総力を上げ、寝食を惜しんで作り上げたという。
表情は晴れやかだが、なぜか顔を初めとするあらゆる場所が青タンだらけだった。
「これは親父と兄貴にバレて殴られただけです!ですが奪われませんでした!俺たちだけで作ったんです!」
「そ、そうか。大事に使わせてもらう」
「俺らもやり返しましたし、いつものことなんでお気になさらず!思うまま使ってやって下さい!」
ラズワートは遠い目になったが、頷いた。
「わかった。ファルロ、付き合ってくれ」
「ええ。流石に屋敷では難しいですから申請しましょう」
数日後、皇城にある闘技場の使用許可が出たので手合わせをした。
互いに全力でだ。ラズワートは、まるで以前から使っていたかのように武具を使いこなし、魔法兵器である剣から大規模な魔法を放った。ファルロは歓喜し、半獣体になるまで熱中して戦った。
闘技場を少し破壊してしまい、二人まとめて怒られた。だが、互いにとって実に楽しい一戦であった。また、周囲に対してラズワートの強さをさらに知らしめたのだった。
そして当然、時間がある日はどちらかの寝室で貪りあった。
「仲がいいのは構いませんが、洗濯が追いつかないのですよね……」
などと、クロシュが聞こえよがしに愚痴るほどであった。
◆◆◆◆◆
年末の宴が終わり、いよいよ年明けまで残り十日を切った。皇都の上を雪嵐の群れが飛び交い、激しい雪と風のせいで出歩く者はほぼいない。物流も完全に止まっている。
ファルロとラズワートも雪嵐が去るまで屋敷にこもることにした。母家の方が温かいので、ラズワートもファルロの寝室で寝起きする。部屋は窓を完全に塞いでいて、いくつもの火鉢が置かれているので温かい。
「では、年末年始は雪かきと見回りに?」
「ああ。だが家のある者は家に、無い者は教会に避難している時期だ。あまり広範囲ではなかった」
「それでも大変な仕事でしょう。『雪嵐群れ成す頃』だというのに。我が国では、皇帝陛下から参内を命じられても拒否出来ますよ」
「合理的だな。事実、見回り中に命を落とす者もいた。だが、アンジュール領は貧しく過酷だった。どんなに備えても、雪で家を潰されたり食料や水が足りなくて困窮する者が出てくる。冬の見回りは欠かせない職務だ」
それに辛いばかりではなかったと、ラズワートは微笑む。
「余裕のある家や教会では、俺たちのために温めた酒や焼きたてのクレープを用意してくれた」
「クレープ?料理ですか?」
初めて聞く料理だ。ゴルハバル帝国は、他国からの移民も受け入れている。その為ルフランゼ王国の料理を扱う店も多いが、やはり全てが輸入されてる訳ではないようだ。各国の料理に詳しいマフドならば知っているかもしれないが。
「クレープは小麦粉や蕎麦粉の生地を薄く焼いたもので、スリズのジャムやベーコンやチーズを挟んで食べる。見回りが夜までかかった時は泊めてもらい、クレープ片手に夜通し話をしたものだ。冬の楽しみの一つだったな」
優しく微笑みながら、ある老人から聞いた昔話や、教会に保護されている孤児から教えられた歌を口ずさんだ。
ラズワートが周りに好かれるのがよくわかる話だった。滑舌の悪い老人の話も、鼻水を垂らしてまとわりつく子供の歌にも静かに耳を傾けたのだろう。
「大晦日や元旦もですか?」
「大晦日は、家の中から出ずに太陽への祈りを捧げるだけだ。元旦も似たようなものだが、祭りの準備に入るから忙しい」
二人は年明けまで、このように様々な話をしたり、武具の手入れをしたり、本を読んだり、ただ静かに寄り添ったりした。
お互いあれだけ激しく求め合っていたというのに、不思議とその気は起きなかった。静かな時間を共有するだけで満たされていた。
ある時、ファルロは床に座って剣の手入れをしていた。ラズワートは寝台に座り、ランプの灯りで本を読んでいた。無言の時間が降り積り二人を包む。窓からわずかに風の唸り声が聞こえる。後は互いの息遣いと火鉢の炭が爆ぜる音ばかり。
読み終わった本を起き、ラズワートはぽつりとこぼした。
「静かだな」
「ええ。とても」
「年末をこんなに静かに過ごすのは初めてだ。いいものだな」
ファルロは剣を片付けて隣に座り、寄り添うことで同意を示した。ふわりと巻きつく尻尾を、ラズワートは優しく撫でた。ファルロの気が抜けていく。もういいか。と思った。少し離れて服を脱ぐ。
「ファルロ?いきなりどう……」
服を脱いだファルロは、あっという間に大きな狼の姿になった。白銀色の毛並みを、ランプの灯りが照らす。寝台に上がり、呆気に取られているラズワートを包むように横になる。
「おい。いいのか?完全獣化は貴族階級の恥なんだろ?」
などと言いながら、ラズワートはもしゃとしゃと頭を撫でる。
「ううむやはり……なかなかの毛並みだ……」
「ありがとうございます。……貴方の前ならいいかと思いまして。徹底的にだらけたくなりました」
堂々と甘えるファルロに、ラズワートはとびきり甘くて優しい顔になった。
「そうか。うむ。わかった」
声も手つきも優しい。ファルロは目を閉じた。
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