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ファルロの蜜月【6】
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ファルロとラズワートは、引き続き様々なことをしつつ過ごしていた。
特にファルロは活発に行動した。宮廷に出仕して執務をこなすのは元より、ダルリズ地方を初めとする各地の配下と書簡のやり取りをしたり、冬籠の準備の確認などを精力的にこなす。ラズワートとの甘いひと時を長引かせるために。
ラズワートはというと、相変わらず鍛錬と勉強に余念がない。また、ファルロの配下たちとも会話や手合わせをするようになった。本人からの強い要望だ。割と気さくに話すので、配下たちは驚いた。
(私に対しても、以前よりずっと砕けた態度になりました。やはり、これまでは遠慮があったのでしょう)
ファルロはしみじみした。
ある日の昼下がり。茶を飲みながら話題に出すとラズワートは頷いた。
「まあ、一応は人質だったからな。それに、いくら誘惑してもお前が手を出さないので態度をとりあぐねていた」
「は?誘惑?」
寝耳に水である。思わず詰め寄る。ラズワートは埃が立って花紅茶に入ると叱りつけたが、それどころではない。
「誘惑?貴方が私に?いつ?そんな素敵なことが?」
「初めからだ。『我が身を貴殿に委ねる』と言っただろう?それに、共に風呂に入り背中を流すと誘うのも……。アンジュールではこれで誘ったことになるのだが。伝わってなかったか」
「そんな慎ましい言い回しで!?と言いますか貴方!公衆の面前で私を誘ってたんですか?!」
「……悪いか」
ラズワートは頬を染めて睨む。ファルロは色々とたまらなくなって抱きしめた。
「悪くなんてありません!貴方の大胆なところも好きです!……気づかなくてごめんなさい。不安だったでしょう」
「ああ。お前が俺に惚れていて口説いていると思ったのは、勘違いかと疑うほどな。まあ、クロシュたちに否定されたが」
こうなると、当時の己の戸惑いやら葛藤が独りよがりだったと気づく。もっと腹を割って話しておけばよかった。あとクロシュたちには礼をしなければならない。本当に有能な家宰たちだ。などと考えつつ、ある事に気づく。
「ひょっとして、アンジュール領の話を沢山して下さったのも、故郷を懐かしむ以外の意図がありました?」
「あれは俺の故郷のことを知って欲しかっただけだ。妻とも、そうやって互いのことを知っていった」
「私もそうでした。政略結婚でしたし、ほとんど顔合わせもないまま結婚しましたから」
そう答えると、ラズワートはホッとした様子だ。クロシュたちから、ファルロが嫉妬するので他人の話は出来るだけしないよう注意されていたのだという。まあ、正しい意見だが。
「流石に亡くなられた方にまで嫉妬しませんよ。私も妻のことを話したいですし」
しばし、互いの妻の話をした。
シャーディ。ファルロの亡き妻は、ファルロより十一歳上でしっかりした人だった。政略結婚だったが、仲はよかった。
「シャーディは私と同じ銀狼の獣人です。彼女はどんな時も穏やかでした。それに、笑いだすとなかなか止められない、お茶目なところがありました」
子どもを三人も産んで残してくれた。狩猟や戦闘の腕もなかなかだったが嫌っていた。野山を歩いて綺麗な物を拾うのが好きだったことなども話した。
シャーディが特に好きだったのは、綺麗な石を拾うことだった。綺麗な石といっても、磨かれた宝石でもその原石でもない。そこらに落ちているものだ。妻が遺した石たちは、領地の屋敷の壁や床を飾っている。
ラズワートの目が和んだ。
「サフィーリアも石が好きだった。倒れるまでの間は、山や川で石拾いをしていたよ。ほとんど王城で暮らしてなかったせいか、王族とは思えない変わり者だったな。好奇心旺盛で無邪気で、そのくせ恐ろしく聡明だった」
ルフランゼ王国第四王女サフィーリア。優れた土魔法の使い手であり、その聡明さと探究心が『アンジュールの奇跡』の発見に繋がった。
二人の縁組は、ラズワートへの嫌がらせだったという。第二王子と国王は、体が弱く余命わずかな王女をラズワートに当てがった。そして、側室を娶ること、再婚すること、彼女との子供以外を後継者に指名することを禁じて誓わせた。表向きは、遠方に嫁ぐサフィーリアを守るための誓いだが、どう考えても異常な内容だ。嫌がらせ以外の何物でもない。
だが実態はどうだ。サフィーリアは早逝したとはいえ、最期まで夫婦仲は良かった。また、彼女の見識によって宝石の発見に繋がった。ファルロは内心でサフィーリアと天の采配を讃え、醜悪な国王と第二王子を嘲笑った。
「素敵な方ですね。きっと、シャーディと気が合ったでしょう」
「……そうだな」
金混じりの青い目がかげる。
「サフィーリアと俺は、夫婦というより兄妹のような関係だった。婚約者としてアンジュールに来た時も、挨拶をしたらさっさと外を出た。山をキラキラした目で見て『全部の山を調べたい!もちろん川も!どんな石が見つかるかワクワクする!』と言ってな。もっと色んな山や川に連れて行ってやりたかったよ」
ファルロはラズワートの腰に尻尾を巻き付け、しばし黙って寄りそった。
ファルロはラズワートが、これまで妻の死を静かに嘆く余裕がなかったのではないかと気づいた。気づいてしまえば、この沈黙を破る気にはなれない。サフィーリアは長く病に苦しみ、衰弱して死んだと聞く。まだ二十歳をいくつか過ぎたばかりだったはずだ。あまりに痛ましい。
花紅茶がすっかり冷め、夕闇が忍び寄る頃、ラズワートは絞り出すような声で呟いた。
「もう少し、聞いて欲しい」
そして語った。サフィーリアが何故死んだのか。知られていない真実の全てを。
「あんな風に死んでいい奴じゃなかったんだ。叶うなら生き返らせたい」
痛いほどわかる。ファルロもラズワートへの愛とは別に、シャーディを家族として愛している。もし生き返るなら、今でもなんだってするだろう。サフィーリアの身に起きたことを思えばなおさらだ。
「本当ですね。そうなれば、私もサフィーリア様にお会いできた。残念です」
「ああ、俺もシャーディ殿にお会いしたかったな」
静かな悲しみに満ちた空気に、互いの声が滲む。切なさを共有する時間が、いつまでも流れた。
特にファルロは活発に行動した。宮廷に出仕して執務をこなすのは元より、ダルリズ地方を初めとする各地の配下と書簡のやり取りをしたり、冬籠の準備の確認などを精力的にこなす。ラズワートとの甘いひと時を長引かせるために。
ラズワートはというと、相変わらず鍛錬と勉強に余念がない。また、ファルロの配下たちとも会話や手合わせをするようになった。本人からの強い要望だ。割と気さくに話すので、配下たちは驚いた。
(私に対しても、以前よりずっと砕けた態度になりました。やはり、これまでは遠慮があったのでしょう)
ファルロはしみじみした。
ある日の昼下がり。茶を飲みながら話題に出すとラズワートは頷いた。
「まあ、一応は人質だったからな。それに、いくら誘惑してもお前が手を出さないので態度をとりあぐねていた」
「は?誘惑?」
寝耳に水である。思わず詰め寄る。ラズワートは埃が立って花紅茶に入ると叱りつけたが、それどころではない。
「誘惑?貴方が私に?いつ?そんな素敵なことが?」
「初めからだ。『我が身を貴殿に委ねる』と言っただろう?それに、共に風呂に入り背中を流すと誘うのも……。アンジュールではこれで誘ったことになるのだが。伝わってなかったか」
「そんな慎ましい言い回しで!?と言いますか貴方!公衆の面前で私を誘ってたんですか?!」
「……悪いか」
ラズワートは頬を染めて睨む。ファルロは色々とたまらなくなって抱きしめた。
「悪くなんてありません!貴方の大胆なところも好きです!……気づかなくてごめんなさい。不安だったでしょう」
「ああ。お前が俺に惚れていて口説いていると思ったのは、勘違いかと疑うほどな。まあ、クロシュたちに否定されたが」
こうなると、当時の己の戸惑いやら葛藤が独りよがりだったと気づく。もっと腹を割って話しておけばよかった。あとクロシュたちには礼をしなければならない。本当に有能な家宰たちだ。などと考えつつ、ある事に気づく。
「ひょっとして、アンジュール領の話を沢山して下さったのも、故郷を懐かしむ以外の意図がありました?」
「あれは俺の故郷のことを知って欲しかっただけだ。妻とも、そうやって互いのことを知っていった」
「私もそうでした。政略結婚でしたし、ほとんど顔合わせもないまま結婚しましたから」
そう答えると、ラズワートはホッとした様子だ。クロシュたちから、ファルロが嫉妬するので他人の話は出来るだけしないよう注意されていたのだという。まあ、正しい意見だが。
「流石に亡くなられた方にまで嫉妬しませんよ。私も妻のことを話したいですし」
しばし、互いの妻の話をした。
シャーディ。ファルロの亡き妻は、ファルロより十一歳上でしっかりした人だった。政略結婚だったが、仲はよかった。
「シャーディは私と同じ銀狼の獣人です。彼女はどんな時も穏やかでした。それに、笑いだすとなかなか止められない、お茶目なところがありました」
子どもを三人も産んで残してくれた。狩猟や戦闘の腕もなかなかだったが嫌っていた。野山を歩いて綺麗な物を拾うのが好きだったことなども話した。
シャーディが特に好きだったのは、綺麗な石を拾うことだった。綺麗な石といっても、磨かれた宝石でもその原石でもない。そこらに落ちているものだ。妻が遺した石たちは、領地の屋敷の壁や床を飾っている。
ラズワートの目が和んだ。
「サフィーリアも石が好きだった。倒れるまでの間は、山や川で石拾いをしていたよ。ほとんど王城で暮らしてなかったせいか、王族とは思えない変わり者だったな。好奇心旺盛で無邪気で、そのくせ恐ろしく聡明だった」
ルフランゼ王国第四王女サフィーリア。優れた土魔法の使い手であり、その聡明さと探究心が『アンジュールの奇跡』の発見に繋がった。
二人の縁組は、ラズワートへの嫌がらせだったという。第二王子と国王は、体が弱く余命わずかな王女をラズワートに当てがった。そして、側室を娶ること、再婚すること、彼女との子供以外を後継者に指名することを禁じて誓わせた。表向きは、遠方に嫁ぐサフィーリアを守るための誓いだが、どう考えても異常な内容だ。嫌がらせ以外の何物でもない。
だが実態はどうだ。サフィーリアは早逝したとはいえ、最期まで夫婦仲は良かった。また、彼女の見識によって宝石の発見に繋がった。ファルロは内心でサフィーリアと天の采配を讃え、醜悪な国王と第二王子を嘲笑った。
「素敵な方ですね。きっと、シャーディと気が合ったでしょう」
「……そうだな」
金混じりの青い目がかげる。
「サフィーリアと俺は、夫婦というより兄妹のような関係だった。婚約者としてアンジュールに来た時も、挨拶をしたらさっさと外を出た。山をキラキラした目で見て『全部の山を調べたい!もちろん川も!どんな石が見つかるかワクワクする!』と言ってな。もっと色んな山や川に連れて行ってやりたかったよ」
ファルロはラズワートの腰に尻尾を巻き付け、しばし黙って寄りそった。
ファルロはラズワートが、これまで妻の死を静かに嘆く余裕がなかったのではないかと気づいた。気づいてしまえば、この沈黙を破る気にはなれない。サフィーリアは長く病に苦しみ、衰弱して死んだと聞く。まだ二十歳をいくつか過ぎたばかりだったはずだ。あまりに痛ましい。
花紅茶がすっかり冷め、夕闇が忍び寄る頃、ラズワートは絞り出すような声で呟いた。
「もう少し、聞いて欲しい」
そして語った。サフィーリアが何故死んだのか。知られていない真実の全てを。
「あんな風に死んでいい奴じゃなかったんだ。叶うなら生き返らせたい」
痛いほどわかる。ファルロもラズワートへの愛とは別に、シャーディを家族として愛している。もし生き返るなら、今でもなんだってするだろう。サフィーリアの身に起きたことを思えばなおさらだ。
「本当ですね。そうなれば、私もサフィーリア様にお会いできた。残念です」
「ああ、俺もシャーディ殿にお会いしたかったな」
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