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ファルロの蜜月【5】
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アリュシアンとの会談は、ファルロにとって様々な意味で実りあるものだった。特に、ラズワートと番になった事を祝福されたのは大きい。
ただ、いまだにラズワートへ反感を募らせている者たちの事は気にかかった。それを読んだのか、アリュシアンは微笑む。
「あの客人への反感なら心配せずとも良い」
緘口令をしいたはずだが、ラズワートとアダシュの手合わせの経緯と、ファルロと結ばれた事が知れ渡っているらしい。
ラズワートの寛容さと武勇、ファルロとの恋が美談として巷で話題だそうだ。もはや、表立ってラズワートを非難する者はいない。影で囁く者たちも「父を殺されたアダシュでさえ感服し、ルイシャーン将軍が番に選んだのだ。大人物には違いない」「確かに死なせるには惜しい」「しばらく様子を見るか」と、考えを改めるか静観の構えだ。
ファルロは眩暈がした。恐らく、これも目の前の主君の工作だろう。薄々勘づいていたし、現状の流れはファルロにとっても都合がいいので指摘しないが。皇帝アリュシアンは、改めて恐ろしい主君だった。
『温和で苛烈。慎重で迅速。一の策謀で百の勝利を掴む者』
先帝の評価に間違いはなかったようだ。
「客人はそなたの番になったのだ。帝国民籍を作ろう。元の身分の高さからいって、貴族階級が妥当だな。無論、首輪も外させる」
とはいえ、すぐには出来ない。所定の手続きをこなさなければならないし、これから次の春に向けて忙しくなる。そうアリュシアンから教えられたばかりだ。
正式に番になったと発表するのも、首輪を外すのも追々ということになった。一刻も早くラズワートを自由にして、自分の番だと誇示したいファルロは不満だった。番は揃いの飾りを身につけるのが慣例だ。指輪でも耳飾りでもいいが、ファルロは獣化しても破壊する恐れの少ない首飾りを作りたかった。
それ以上に、春までにラズワートの武具をそろえてやりたい。ファルロが抱えている武具工房を使うが、今から作らせて間に合うかどうかだ。出来れば工房まで案内したかったが、諦めて工房長を呼び出した方がいいようだ。
(あと市場を共に歩いたり、遠乗りしたり、領地を案内したいですね。息子たちにも紹介しなければ)
欲望を込めて念を送る。
なんとなく伝わったのか、冬の間は呼び出されない限りは出仕しなくて良くなった。春の準備と段取りはダルリズ地方の配下たちに押し付け……任せれば良い。喜び勇んで帰ったのは言うまでもない。
「やりました!これで心置きなく毎日貴方と愛し合えます!」
「はっはっは!俺の番は可愛い狼だなあ。ちなみに俺は、約束を守れない男と仕事を放棄する男は嫌いだ」
「口が滑りました!以後気をつけます!」
などと言いつつも、ファルロとラズワートは事あるごとに身体を重ねた。流石に毎日ではないし、何日もかけて交わるようなことは無くなったので、日中は以前のように過ごしている。
◆◆◆◆◆
数日後、例の工房長を呼び出した。まだ空が白み始めた頃、工房長は部下十数名と見本の武具を台車に山積みにしてやってきた。ドワーフとエルフの血を引く男は、賓客の庭園の回廊に武具を並べ、ラズワートに平伏した。
「この仕事に我が命をかけます!ご要望とあらば武具は全て魔法兵器にすることが出来ます!何なりとお申し付け下さい!」
「う、うむ。心強い。魔法兵器?」
「魔法兵器というのは魔具の一種でして!魔法が使えない者も魔法が使える兵器です!」
「ああ、ファルロたちが使っていた厄介な大楯か」
「氷晶盾のことですね。そうです。私が命じて、武具制作と魔法の腕に優れた彼らに作らせました」
プーヤの父親、母親、プーヤたち兄弟はファルロの命を受けて『氷晶盾』を開発した。両親は現在、皇宮武具師の栄誉を得て皇城内の工房にいる。兄もその補佐のために出仕している。もともとあった工房はプーヤが引き継ぎ、ファルロや他の者の注文を受けつつ、より素晴らしい武具および魔法兵器を作らんと研鑽しているのだ。
「ルイシャーン様!出来上がりまで親父たちには内緒で頼みますよ!全部俺たちがやりますから!」
確かに、今抱えている案件を放り出して奪いかねない。それぐらい、プーヤたち一族は『氷晶盾』ひいては魔法兵器の開発のきっかけになったラズワートを敬愛している。いや、崇拝に近い。
「身体強化、物質強化の発想は素晴らしいです。ご自分で考えだされたとは天才としか言いようがありません。あと例の爆発する矢について詳しく教えて頂けませんか?いや記録映像で見ただけなんですが炎の魔法と火薬の組み合わせなんですよね?でも再現しようとすると実際よりも矢そのものが大きくなるんです。無理に小型化すると放つ前に爆散しますし。あの繊細な調整はどんなお方がされているんですか?」
「プーヤ、後にしなさい後に」
「強化は、いや、発想というか偶然で。矢か。あれは火薬ではなく複数の鉱物と職人の工夫で……記録映像?」
そういえば、これもルフランゼ王国には無い魔具だ。
「数年前に生まれた魔具です。見た目はただの鏡ですが、投影魔法をかけてから写した物は音もふくめて全て記録されます」
「ほう!そんなものがあるのか!ゴルハバルの魔法技術は凄まじいものがあるな!」
「それもこれも貴方がたの影響あってのことですがね」
ラズワートは誇らしげに笑った。
「足りない物資を補う工夫がこうして異国で咲いたか。皮肉ではあるが、報われる思いだ」
「素晴らしい工夫ですよ!まさに叡智!お会いできてしかも注文頂けるなんて!私は今日の栄誉を生涯忘れません!」
「プーヤ、いいから落ちついて下さい」
このように、終始和やかに武具の注文は行われた。
「鎧はこの型がいい。これより少し軽くして欲しい。……ほう、物質強化魔法がよく通るように調整出来るのか。わかった。そうしてくれ。剣はそうだな。さっき試した……ああ、それだ」
剣は、ラズワートのかつての愛剣よりも幅広い長剣だった。
「せっかくの機会だ。魔法兵器にして、俺が使えない魔法を使えるようにしたい」
「ぜひ!魔法の種類はどうされますか?」
「種類か。そうだな。……」
ラズワートはある魔法を選択した。
(ああ、なるほど。春に間に合うなら、これ以上ない)
ファルロとラズワートは目を合わせ、皮肉な笑みを浮かべた。
プーヤたちは、意気揚々と帰っていった。早朝から居たはずだが、終わる頃には夜になっていた。凄まじい情熱だと、今度は朗らかに笑い合う。
ただ、いまだにラズワートへ反感を募らせている者たちの事は気にかかった。それを読んだのか、アリュシアンは微笑む。
「あの客人への反感なら心配せずとも良い」
緘口令をしいたはずだが、ラズワートとアダシュの手合わせの経緯と、ファルロと結ばれた事が知れ渡っているらしい。
ラズワートの寛容さと武勇、ファルロとの恋が美談として巷で話題だそうだ。もはや、表立ってラズワートを非難する者はいない。影で囁く者たちも「父を殺されたアダシュでさえ感服し、ルイシャーン将軍が番に選んだのだ。大人物には違いない」「確かに死なせるには惜しい」「しばらく様子を見るか」と、考えを改めるか静観の構えだ。
ファルロは眩暈がした。恐らく、これも目の前の主君の工作だろう。薄々勘づいていたし、現状の流れはファルロにとっても都合がいいので指摘しないが。皇帝アリュシアンは、改めて恐ろしい主君だった。
『温和で苛烈。慎重で迅速。一の策謀で百の勝利を掴む者』
先帝の評価に間違いはなかったようだ。
「客人はそなたの番になったのだ。帝国民籍を作ろう。元の身分の高さからいって、貴族階級が妥当だな。無論、首輪も外させる」
とはいえ、すぐには出来ない。所定の手続きをこなさなければならないし、これから次の春に向けて忙しくなる。そうアリュシアンから教えられたばかりだ。
正式に番になったと発表するのも、首輪を外すのも追々ということになった。一刻も早くラズワートを自由にして、自分の番だと誇示したいファルロは不満だった。番は揃いの飾りを身につけるのが慣例だ。指輪でも耳飾りでもいいが、ファルロは獣化しても破壊する恐れの少ない首飾りを作りたかった。
それ以上に、春までにラズワートの武具をそろえてやりたい。ファルロが抱えている武具工房を使うが、今から作らせて間に合うかどうかだ。出来れば工房まで案内したかったが、諦めて工房長を呼び出した方がいいようだ。
(あと市場を共に歩いたり、遠乗りしたり、領地を案内したいですね。息子たちにも紹介しなければ)
欲望を込めて念を送る。
なんとなく伝わったのか、冬の間は呼び出されない限りは出仕しなくて良くなった。春の準備と段取りはダルリズ地方の配下たちに押し付け……任せれば良い。喜び勇んで帰ったのは言うまでもない。
「やりました!これで心置きなく毎日貴方と愛し合えます!」
「はっはっは!俺の番は可愛い狼だなあ。ちなみに俺は、約束を守れない男と仕事を放棄する男は嫌いだ」
「口が滑りました!以後気をつけます!」
などと言いつつも、ファルロとラズワートは事あるごとに身体を重ねた。流石に毎日ではないし、何日もかけて交わるようなことは無くなったので、日中は以前のように過ごしている。
◆◆◆◆◆
数日後、例の工房長を呼び出した。まだ空が白み始めた頃、工房長は部下十数名と見本の武具を台車に山積みにしてやってきた。ドワーフとエルフの血を引く男は、賓客の庭園の回廊に武具を並べ、ラズワートに平伏した。
「この仕事に我が命をかけます!ご要望とあらば武具は全て魔法兵器にすることが出来ます!何なりとお申し付け下さい!」
「う、うむ。心強い。魔法兵器?」
「魔法兵器というのは魔具の一種でして!魔法が使えない者も魔法が使える兵器です!」
「ああ、ファルロたちが使っていた厄介な大楯か」
「氷晶盾のことですね。そうです。私が命じて、武具制作と魔法の腕に優れた彼らに作らせました」
プーヤの父親、母親、プーヤたち兄弟はファルロの命を受けて『氷晶盾』を開発した。両親は現在、皇宮武具師の栄誉を得て皇城内の工房にいる。兄もその補佐のために出仕している。もともとあった工房はプーヤが引き継ぎ、ファルロや他の者の注文を受けつつ、より素晴らしい武具および魔法兵器を作らんと研鑽しているのだ。
「ルイシャーン様!出来上がりまで親父たちには内緒で頼みますよ!全部俺たちがやりますから!」
確かに、今抱えている案件を放り出して奪いかねない。それぐらい、プーヤたち一族は『氷晶盾』ひいては魔法兵器の開発のきっかけになったラズワートを敬愛している。いや、崇拝に近い。
「身体強化、物質強化の発想は素晴らしいです。ご自分で考えだされたとは天才としか言いようがありません。あと例の爆発する矢について詳しく教えて頂けませんか?いや記録映像で見ただけなんですが炎の魔法と火薬の組み合わせなんですよね?でも再現しようとすると実際よりも矢そのものが大きくなるんです。無理に小型化すると放つ前に爆散しますし。あの繊細な調整はどんなお方がされているんですか?」
「プーヤ、後にしなさい後に」
「強化は、いや、発想というか偶然で。矢か。あれは火薬ではなく複数の鉱物と職人の工夫で……記録映像?」
そういえば、これもルフランゼ王国には無い魔具だ。
「数年前に生まれた魔具です。見た目はただの鏡ですが、投影魔法をかけてから写した物は音もふくめて全て記録されます」
「ほう!そんなものがあるのか!ゴルハバルの魔法技術は凄まじいものがあるな!」
「それもこれも貴方がたの影響あってのことですがね」
ラズワートは誇らしげに笑った。
「足りない物資を補う工夫がこうして異国で咲いたか。皮肉ではあるが、報われる思いだ」
「素晴らしい工夫ですよ!まさに叡智!お会いできてしかも注文頂けるなんて!私は今日の栄誉を生涯忘れません!」
「プーヤ、いいから落ちついて下さい」
このように、終始和やかに武具の注文は行われた。
「鎧はこの型がいい。これより少し軽くして欲しい。……ほう、物質強化魔法がよく通るように調整出来るのか。わかった。そうしてくれ。剣はそうだな。さっき試した……ああ、それだ」
剣は、ラズワートのかつての愛剣よりも幅広い長剣だった。
「せっかくの機会だ。魔法兵器にして、俺が使えない魔法を使えるようにしたい」
「ぜひ!魔法の種類はどうされますか?」
「種類か。そうだな。……」
ラズワートはある魔法を選択した。
(ああ、なるほど。春に間に合うなら、これ以上ない)
ファルロとラズワートは目を合わせ、皮肉な笑みを浮かべた。
プーヤたちは、意気揚々と帰っていった。早朝から居たはずだが、終わる頃には夜になっていた。凄まじい情熱だと、今度は朗らかに笑い合う。
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