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ファルロの献身【9】
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「そうか。そんなに俺を愛しているのか」
あまりにも直裁な言い方に、ファルロは狼狽えた。
「……そ、そう、ですよ。い、いけませんか?」
ラズワートは深いため息を吐く。ファルロは居た堪れなくて目を逸らす。そんなファルロにラズワートは近寄って隣に座った。また息がかかる距離だ。
「アンジュール卿?あの……」
狼の耳に呼気が当たる。ファルロにだけ聞こえる小さな声だ。
「いけなくはない。むしろ嬉しい。ルイシャーン卿、俺は貴殿の苛烈さと好意を好ましく思っている」
意志の強さと柔らかさを備えた声が耳朶を震わせ、ファルロの心に響く。夢見心地になりかけて……冷や水を浴びせられた。
「だが、俺のせいで貴殿が判断を間違うなら側にいる事はできない。手数をかけるが皇帝に奏上して皇城に戻……」
「わかりました!相応の罰にします!」
結局、アダシュは降格して兵士見習いとなり、ダルリズ地方の中で最も過酷とされる砦に送られることとなった。任期は少なくとも三年。態度次第では更に伸びる。本人も反省しているらしく、別人のように大人しく従った。自室で謹慎させ、手続きが済み次第移送する。
アダシュは同僚のファルホンを通じて、ラズワートに対する感謝と謝罪を伝えた。ラズワートも彼女にアダシュへの激励を伝えたという。
「うむ。根は素直な青年だ。今回の件でさらに成長できるだろう」
「……そうですか」
ちなみに、ファルロに誤った報告したメフルドたちは、直属の上司からの叱責、短期間の減給、訓練の追加で済ませた。正確性の欠ける報告がいかに危険か身に染みただろう。結果的にはいい経験になった。
こうして、夕方になる頃には騒動はひと段落したのだった。
◆◆◆◆◆
ファルロは落ち着かない気分で黙り込む。
ここは食堂だ。いつものようにラズワートと共に絨毯に座り、酒肴を挟んで向き合っている。すぐに夕食が準備がされたのはいいが、いつもと違って二人きりだ。クロシュたち使用人も、見張りの配下たちも部屋から出てしまった。しかも、要らぬ言葉を囁いて。
「旦那様、頑張ってください。いつまでも躊躇っていては機を逃しますよ」
「閣下。いけます。今です今。我々は応援してます」
それらの言葉が頭の中でぐるぐると回る。ラズワートは気にしてないのか、あえてそう振舞っているのか、いつも通りだ。
「この銀月鳥と豆の煮込みは美味いな。紅玉果を散らしていて見目も美しい。ほら、貴殿も食べろ。お互い昼抜きだ。腹は減っているだろう?」
「ええ、はい。頂きます。……ん?これは……」
まだ温かい煮込みを口にする。鳥肉と豆がほろりと崩れ、口いっぱいに旨味が広がった。この料理はダルリズ地方の冬の郷土料理で、飽きるほど食べているのにと唸る。
「マフドは腕を上げたようですね」
マフドは料理長の名前だ。以前から相当な腕をもっていたが、さらに磨かれたらしい。目の前の食いしん坊が惜しみなく賛辞を送るからだろう。
「そうだな。焼き飯の黄色も鮮やかで香りがいい。ここに来なければ、米の美味さを知ることはなかったな」
なんだかいつも通りで、ファルロは気が抜けた。今は食事と会話を楽しむことにした。せっかく久しぶりに会えたのだ。話したいことも、飲んでもらいたい酒もある。
「それはよかった。杯をこちらへ。今宵の美酒は、今年初めての青葡萄酒ですよ」
アリュシアンが土産に持たせたものだ。あの赤葡萄酒も持たされたが、せっかくなので新酒の方を用意させた。青葡萄酒用の無色透明の硝子杯に注ぐ。ラズワートはランプの光に透かして眺める。
「ほう。青葡萄酒は初めてだ。美しいな……」
青葡萄酒は、透明感のある青紫色をしていて独特の甘味と酸味がある。共に一口飲む。新酒ならではの軽い味わいで、少し発泡している。喉にするすると落ち、爽やかな香気を残した。なかなかの味わいだ。ラズワートも口にあったらしく、機嫌よく杯を傾けた。
(いつも通りですね。あの話は流すつもりなのでしょう。私も忘れた方がいいですね)
この後におよんで、ファルロは逃げを打とうとした。ラズワートの目に似た色の美酒で、想いを飲み下そうとする。
だが、独りよがりの諦めは砕かれることとなる。
食事が終わる。いつもならさらに杯を重ねるはずなのに、ラズワートは断った。
「残りは寝酒にしよう。俺の寝室に持って行く。今から風呂に入って準備をするので……一時間ほどしたら……貴殿が嫌でなければ来てくれ」
ラズワートは、少し顔を赤らめながら食堂を出た。
ファルロはうっかり、硝子杯を粉々にしかけたのだった。
あまりにも直裁な言い方に、ファルロは狼狽えた。
「……そ、そう、ですよ。い、いけませんか?」
ラズワートは深いため息を吐く。ファルロは居た堪れなくて目を逸らす。そんなファルロにラズワートは近寄って隣に座った。また息がかかる距離だ。
「アンジュール卿?あの……」
狼の耳に呼気が当たる。ファルロにだけ聞こえる小さな声だ。
「いけなくはない。むしろ嬉しい。ルイシャーン卿、俺は貴殿の苛烈さと好意を好ましく思っている」
意志の強さと柔らかさを備えた声が耳朶を震わせ、ファルロの心に響く。夢見心地になりかけて……冷や水を浴びせられた。
「だが、俺のせいで貴殿が判断を間違うなら側にいる事はできない。手数をかけるが皇帝に奏上して皇城に戻……」
「わかりました!相応の罰にします!」
結局、アダシュは降格して兵士見習いとなり、ダルリズ地方の中で最も過酷とされる砦に送られることとなった。任期は少なくとも三年。態度次第では更に伸びる。本人も反省しているらしく、別人のように大人しく従った。自室で謹慎させ、手続きが済み次第移送する。
アダシュは同僚のファルホンを通じて、ラズワートに対する感謝と謝罪を伝えた。ラズワートも彼女にアダシュへの激励を伝えたという。
「うむ。根は素直な青年だ。今回の件でさらに成長できるだろう」
「……そうですか」
ちなみに、ファルロに誤った報告したメフルドたちは、直属の上司からの叱責、短期間の減給、訓練の追加で済ませた。正確性の欠ける報告がいかに危険か身に染みただろう。結果的にはいい経験になった。
こうして、夕方になる頃には騒動はひと段落したのだった。
◆◆◆◆◆
ファルロは落ち着かない気分で黙り込む。
ここは食堂だ。いつものようにラズワートと共に絨毯に座り、酒肴を挟んで向き合っている。すぐに夕食が準備がされたのはいいが、いつもと違って二人きりだ。クロシュたち使用人も、見張りの配下たちも部屋から出てしまった。しかも、要らぬ言葉を囁いて。
「旦那様、頑張ってください。いつまでも躊躇っていては機を逃しますよ」
「閣下。いけます。今です今。我々は応援してます」
それらの言葉が頭の中でぐるぐると回る。ラズワートは気にしてないのか、あえてそう振舞っているのか、いつも通りだ。
「この銀月鳥と豆の煮込みは美味いな。紅玉果を散らしていて見目も美しい。ほら、貴殿も食べろ。お互い昼抜きだ。腹は減っているだろう?」
「ええ、はい。頂きます。……ん?これは……」
まだ温かい煮込みを口にする。鳥肉と豆がほろりと崩れ、口いっぱいに旨味が広がった。この料理はダルリズ地方の冬の郷土料理で、飽きるほど食べているのにと唸る。
「マフドは腕を上げたようですね」
マフドは料理長の名前だ。以前から相当な腕をもっていたが、さらに磨かれたらしい。目の前の食いしん坊が惜しみなく賛辞を送るからだろう。
「そうだな。焼き飯の黄色も鮮やかで香りがいい。ここに来なければ、米の美味さを知ることはなかったな」
なんだかいつも通りで、ファルロは気が抜けた。今は食事と会話を楽しむことにした。せっかく久しぶりに会えたのだ。話したいことも、飲んでもらいたい酒もある。
「それはよかった。杯をこちらへ。今宵の美酒は、今年初めての青葡萄酒ですよ」
アリュシアンが土産に持たせたものだ。あの赤葡萄酒も持たされたが、せっかくなので新酒の方を用意させた。青葡萄酒用の無色透明の硝子杯に注ぐ。ラズワートはランプの光に透かして眺める。
「ほう。青葡萄酒は初めてだ。美しいな……」
青葡萄酒は、透明感のある青紫色をしていて独特の甘味と酸味がある。共に一口飲む。新酒ならではの軽い味わいで、少し発泡している。喉にするすると落ち、爽やかな香気を残した。なかなかの味わいだ。ラズワートも口にあったらしく、機嫌よく杯を傾けた。
(いつも通りですね。あの話は流すつもりなのでしょう。私も忘れた方がいいですね)
この後におよんで、ファルロは逃げを打とうとした。ラズワートの目に似た色の美酒で、想いを飲み下そうとする。
だが、独りよがりの諦めは砕かれることとなる。
食事が終わる。いつもならさらに杯を重ねるはずなのに、ラズワートは断った。
「残りは寝酒にしよう。俺の寝室に持って行く。今から風呂に入って準備をするので……一時間ほどしたら……貴殿が嫌でなければ来てくれ」
ラズワートは、少し顔を赤らめながら食堂を出た。
ファルロはうっかり、硝子杯を粉々にしかけたのだった。
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