狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの献身【7】

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 ファルロは最後に周辺諸国の動向を確認し、思いがけない情報を掴んだ。

(まさか、イリーズ卿が謀反を計画するとは)

 ナイヴァル・イリーズ。現在、皇都にいる将軍の一人。彼がグランド公国と内通し謀反を計画しているとの情報だった。イリーズ家は古くから皇族に仕えている名家だ。まだ計画段階とはいえ、露見すれば影響は大きい。まさかと思ったが、同時に納得もいく。
 戦嫌いの穏健派とされている現皇帝アリュシアンと、獣人の中でも戦好きのイリーズは相性が悪い。

(裏も取れている。進言すれば、かなりの功績になる。私の発言力も増しますね)

 ファルロはその日のうちにアリュシアンに報告した。古くからの臣下の裏切りに、アリュシアンは驚きも悲しみもしなかった。ただ頷き、ファルロを下がらせた。自らの諜報部隊に裏を取らせるのだろう。この慎重さ、臣下との距離感、いざという時の決断の速さと冷酷さこそ、ファルロが皇帝アリュシアンを支持する所以である。
 五日後、ファルロはアリュシアンから呼び出しを受けて皇城に参内した。

「ルイシャーン、今日は悲しい知らせがある。イリーズは先だっての戦の怪我が元で勇退することになった。別れの宴を開くので、卿にはこのまま留まってもらいたい」

「畏まりました」

 裏は取れた。尋問ののち本人だけに毒杯を飲ませる。一族郎党には一先ず刑罰なし。
 首謀者は容赦なく処断し、それ以外は飼い殺しだ。残された者が忠誠を示すならよし、再び弓引かんとするなら今度こそ皆殺しだろう。戦と流血を嫌うアリュシアンらしい決断だ。宴うんぬんに関しては、秘密保持のため全てが終わるまで宮廷に留まれということだ。
 ファルロは従者に伝令を頼みながら、数日は宮廷から帰れないことに溜息をついた。ラズワートが屋敷に来てから毎日顔を合わせていたので、会えなくなるのが寂しい。また、側にいれない不安もある。
 配下の中には、ラズワートに対して良くない感情を持つ者もいるのだ。

(ファルロ、己の配下を信じなくてどうするのですか。誓いも立てさせたというのに)

 そう、己に言い聞かせた。

◆◆◆◆◆

 三日後の夜。皇帝、宰相、ファルロ、他数名だけの宴が開催された。イリーズの尋問が終わり、後は毒杯を飲ませるばかりになったのだろう。
 公式には、この宴にイリーズも参加した事になる。さらに数日後、王都の邸宅で急死しているのを発見される。そういう筋書きである。
 宮廷内の紅玉の間は、文字通り紅玉で飾られた調度品と、同系色の絨毯やタペストリーでまとめられた壮麗な広間だ。アリュシアンを囲んで酒を酌み交わし、談笑する。
 出される酒も食事も最高の物ばかり、楽師の奏でる調べと歌は豊かに耳を喜ばせ、給仕たちは見目麗しい。
 しかし、ファルロは今すぐ屋敷に帰りたかった。

(紅玉果の雪菓子まであるのですか。きっとアンジュール卿もお好きでしょうね。この絨毯もお見せしたい。絨毯やタペストリーの柄の意味に興味を抱かれていたから喜ぶでしょう。そういえば、音楽はお好きでしょうか。帰ったらたずねてみましょう)

 だが、イリーズの死が公表されるまでは帰れない。内心で盛大に溜息を吐いた。まるでそれを見抜いたかのように、アリュシアンが苦笑いする。

「そなたには苦労をかけるな」

 ファルロは、思いがけない言葉に身を固くした。もしやイリーズの件でなにかあったかと思ったが、予想は外れた。

「ルフランゼの客人だ。賓客にふさわしい待遇を与えるばかりか、自ら心を砕いて饗応していると聞く。さぞや苦労しているのだろう?」

 誰から聞いた?とは言えない。ファルロは貴族らしい笑みで返す。

「もったいなきお言葉痛み入りますが、私は苦労などしておりません。アンジュール卿は敬意を表すべき勇士であり、私の大切なお方です」

 アリュシアンは珍しく目を見張り、ややあって微笑んだ。常に浮かべている笑みとは違う、柔らかなものだ。
 ファルロは一瞬、油断した。そして、次の言葉に肝が冷えた。

「そうか……関係が良好で安心した。世情は変化し続けているが、かの客人に関してはまずルイシャーンに相談しよう」

「陛下のご高配に感謝いたします」

(危なかった!少しでも返答を間違っていれば、アンジュール卿の処遇に意見出来なくなるところだった!それに世情の変化と仰った。ルフランゼと何かあるのか?)

 ファルロの内心を知ってか知らずか、アリュシアンはすでに別の者と会話している。
 頭を働かせる。ルフランゼ王国はどうなってもいいが、アンジュール領になにかあればラズワートが悲しむ。もっと情報を聞き出したいが、アリュシアンが相手では分が悪い。
 また、ここにいる限り下手に動けない。配下たちとの接触も最低限で、屋敷に何かあっても対応どころか知ることもできない。

(ああ……早く帰りたい……イリーズ卿!さっさと毒杯をあおってください!)

 それなりに親交のあった同輩に対し、なかなか辛辣な願いを込めながら極上の赤葡萄酒を飲んだ。この酒もラズワートに飲ませてやりたいと思い、気が焦るばかりだった。
 イリーズの死は二日後の昼過ぎに公表された。ファルロが帰れたのは、その翌朝だった。

◆◆◆◆◆

 ファルロは屋敷まで自らの脚で走った。早朝でも皇都は人が多い。大通りを騎竜に乗って歩くより、裏道を自分で走った方が速い。宮廷は王都の中心、ファルロの屋敷は南方にある。本気で走れば半時間以内に着く。
 早くラズワートに会いたい。もう五日以上会ってないのだ。

「もしや……閣下!ルイシャーン閣下!」

 夢中で走るファルロに、聴き慣れた声がかけられた。屋敷を任せていた配下の一人、猪の獣人メフルドだ。彼も走っていたらしく、息が上がっている。恐らく皇城に向かおうとしていたのだろう。
 嫌な予感がした。

「どうしました?」

「アダシュが、アンジュール卿に傷を負わせました」
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