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ファルロの献身【6】
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朝食後、ファルロは出仕する。出仕しない日はラズワートの勉強を手伝ったり、また鍛錬をしたりして昼食を共にする。昼食後も同じだ。
皇城に出仕する日は、夜まで帰って来れない。帰宅してすぐに夕食を共にする。用意させた食事とは別に、買ってきた果物や菓子を出すことも多い。ラズワートは甘いものもそれなりに好きだ。赤葡萄、青葡萄、紅玉果、ピスタスやアルモンドの実入りの焼き菓子などが特に好きらしい。
「アンジュールでも赤葡萄は育てていた。赤葡萄酒も作っていたが、産業にするには生産量が足りなかったな。その代わりスリズの木はよく生えたから、果実酒やジャムにした。王都では野卑だと言って受けなかったが、味はいいぞ」
「興味深いですね。スリズの実は食べたことがありません。こちらには、ほとんど生えない木の実ですから」
酒や菓子を楽しみつつ、たわいもない話で盛り上がる。そして、互いの寝室に帰る。
◆◆◆◆◆
「今日も、素晴らしい一日でした」
ファルロの寝台の中でにやける。毎日のように一人慰める生殺しの日々だが、確かに幸せだった。戦好きのファルロが、ここまで穏やかな日々を愛しく思った事はない。
このまま永遠にラズワートと過ごしていたい。
だが、ラズワートのことを思えば、いずれアンジュール領に帰すべきだとわかっていた。ラズワートは事あるごとにアンジュール領の話をするし、あれだけ臣下に慕われていたのだ。
さぞや、故郷が恋しかろう。
馬鹿な謀略で名誉を傷つけられたまま、故郷に帰れないなどあっていいはずがない。
ならばどうするか。何か行動するには情報が足りない。
「もう少し影を動かしますか」
翌朝出仕したファルロは、配下を使いルフランゼ王国の王侯貴族、アンジュール領、周辺諸国の現状を徹底的に調べ直した。
現在のアンジュール領は、第二王子が支配している。新しいアンジュール辺境伯が叙爵されるまでという名目だ。とはいえ、第二王子自身は王都にいる。己の息のかかった領官たちに管理させているらしい。
ラズワートの叔父や従兄弟たち家門の者、辺境軍、領民は、領官たちには一切逆らわずに従っている。調子に乗った領官たちは、横領やら賄賂やらで私腹を肥やして豪遊しているらしい。が、奇妙なほど従順だ。
よほど王家への忠誠心があるか、逆らえない事情があるか、何か企んでいるのだろう。
(忠誠心に関しては、アンジュール卿を見る限り薄い。後者のどちらかですね)
ルフランゼ王国の王城では、ラズワートを引きずり下ろした第二王子を持ち上げ、それを讃える祝宴を何回も開催しているという。
「あの穢らわしい金混じりの青目を見なくて済む。魔法も満足に使えんケダモノ混じりめ。ああ、あの目に見られると悍ましさに血がたぎったものだ」
第二王子は、などと言って調子に乗っているらしい。あまつさえ、王城のアンジュール領出身の下級官人、下男下女たちを痛ぶっているというのだから醜悪極まりない。
散々ラズワートを使っていた国王も同意するだけだと言うのだから、あの国の王家は芯から腐っている。
所領を預かる諸侯たちは大きく二つに分かれた。王家に賛同する者たちと、表向きは賛同しながら明日は我が身と怯える者たちだ。ラズワートと、ラズワートを奪われたアンジュール領を労り支援しようとした者たちもいるが、あまりに少ない。彼らに領地を守られた者も多いというのに。
表立って行動した者にしぼれば、ラズワートの亡妻である第四王女サフィーリアの母方の家門ぐらいしかいなかった。当主であるサフィーリアの祖父は元宰相で、腐敗した王侯貴族たちの中では珍しく職務に忠実だったらしい。しかし、今では家門ごと冷遇されている。度重なる諫言が国王の気に触ったらしいが、そのどれもが的確だったという。馬鹿馬鹿しい限りだ。
(どうやら、現在のルフランゼ王国で王侯貴族を名乗るに相応しい者は、ほんの一握りしか居ないらしい)
およそ百年ほど前のルフランゼ王国は、現在とは比べらないほど精強な大国であったそうだ。戦上手の王侯貴族があふれ、武勇優れたる者が名誉を得ていたというが、今や見る影もない。
ほとんどの貴族が、魔獣も外敵も辺境軍頼りなので軍備は貧弱、豊かな土地が多いので危機感がなく、世辞と賄賂と陰謀で保身に走る者ばかり。文武問わず、面倒ごとはアンジュール領任せと言っていい。その癖、血生臭いと蔑む。
(よくもまあ……アンジュール卿たちは、奴らを皆殺しにしないで耐えられますね)
皇城に出仕する日は、夜まで帰って来れない。帰宅してすぐに夕食を共にする。用意させた食事とは別に、買ってきた果物や菓子を出すことも多い。ラズワートは甘いものもそれなりに好きだ。赤葡萄、青葡萄、紅玉果、ピスタスやアルモンドの実入りの焼き菓子などが特に好きらしい。
「アンジュールでも赤葡萄は育てていた。赤葡萄酒も作っていたが、産業にするには生産量が足りなかったな。その代わりスリズの木はよく生えたから、果実酒やジャムにした。王都では野卑だと言って受けなかったが、味はいいぞ」
「興味深いですね。スリズの実は食べたことがありません。こちらには、ほとんど生えない木の実ですから」
酒や菓子を楽しみつつ、たわいもない話で盛り上がる。そして、互いの寝室に帰る。
◆◆◆◆◆
「今日も、素晴らしい一日でした」
ファルロの寝台の中でにやける。毎日のように一人慰める生殺しの日々だが、確かに幸せだった。戦好きのファルロが、ここまで穏やかな日々を愛しく思った事はない。
このまま永遠にラズワートと過ごしていたい。
だが、ラズワートのことを思えば、いずれアンジュール領に帰すべきだとわかっていた。ラズワートは事あるごとにアンジュール領の話をするし、あれだけ臣下に慕われていたのだ。
さぞや、故郷が恋しかろう。
馬鹿な謀略で名誉を傷つけられたまま、故郷に帰れないなどあっていいはずがない。
ならばどうするか。何か行動するには情報が足りない。
「もう少し影を動かしますか」
翌朝出仕したファルロは、配下を使いルフランゼ王国の王侯貴族、アンジュール領、周辺諸国の現状を徹底的に調べ直した。
現在のアンジュール領は、第二王子が支配している。新しいアンジュール辺境伯が叙爵されるまでという名目だ。とはいえ、第二王子自身は王都にいる。己の息のかかった領官たちに管理させているらしい。
ラズワートの叔父や従兄弟たち家門の者、辺境軍、領民は、領官たちには一切逆らわずに従っている。調子に乗った領官たちは、横領やら賄賂やらで私腹を肥やして豪遊しているらしい。が、奇妙なほど従順だ。
よほど王家への忠誠心があるか、逆らえない事情があるか、何か企んでいるのだろう。
(忠誠心に関しては、アンジュール卿を見る限り薄い。後者のどちらかですね)
ルフランゼ王国の王城では、ラズワートを引きずり下ろした第二王子を持ち上げ、それを讃える祝宴を何回も開催しているという。
「あの穢らわしい金混じりの青目を見なくて済む。魔法も満足に使えんケダモノ混じりめ。ああ、あの目に見られると悍ましさに血がたぎったものだ」
第二王子は、などと言って調子に乗っているらしい。あまつさえ、王城のアンジュール領出身の下級官人、下男下女たちを痛ぶっているというのだから醜悪極まりない。
散々ラズワートを使っていた国王も同意するだけだと言うのだから、あの国の王家は芯から腐っている。
所領を預かる諸侯たちは大きく二つに分かれた。王家に賛同する者たちと、表向きは賛同しながら明日は我が身と怯える者たちだ。ラズワートと、ラズワートを奪われたアンジュール領を労り支援しようとした者たちもいるが、あまりに少ない。彼らに領地を守られた者も多いというのに。
表立って行動した者にしぼれば、ラズワートの亡妻である第四王女サフィーリアの母方の家門ぐらいしかいなかった。当主であるサフィーリアの祖父は元宰相で、腐敗した王侯貴族たちの中では珍しく職務に忠実だったらしい。しかし、今では家門ごと冷遇されている。度重なる諫言が国王の気に触ったらしいが、そのどれもが的確だったという。馬鹿馬鹿しい限りだ。
(どうやら、現在のルフランゼ王国で王侯貴族を名乗るに相応しい者は、ほんの一握りしか居ないらしい)
およそ百年ほど前のルフランゼ王国は、現在とは比べらないほど精強な大国であったそうだ。戦上手の王侯貴族があふれ、武勇優れたる者が名誉を得ていたというが、今や見る影もない。
ほとんどの貴族が、魔獣も外敵も辺境軍頼りなので軍備は貧弱、豊かな土地が多いので危機感がなく、世辞と賄賂と陰謀で保身に走る者ばかり。文武問わず、面倒ごとはアンジュール領任せと言っていい。その癖、血生臭いと蔑む。
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