狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの献身【3】

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 身支度を済ませて寝室を出ると、廊下にクロシュが居た。起こしに来てくれたのだろう。ということは今は朝の六時頃だなと算段する。

「旦那様、おはようございます」

「ああ、おはよう。アンジュール卿のご様子はどうだ?」

「はい。三十分ほど前にお目覚めになられました」

 ラズワートが屋敷に来て一夜明けた。昨日、ファルロは居住地の案内が終わっても、ラズワートにべったり張り付いていた。見かねたクロシュが「いい加減になさいませ」と引き離した頃には夕方だ。小声で「お疲れのご様子と申し上げたでしょう。今日はもう休んで頂かなくてはお身体に響きます」と、説教されてしまう。内心、共に食事ができないことが悲しかったが、大人しく頷く。

「名残惜しいですが、今夜はゆっくりおやすみ下さい。食事も寝室に運ばせます」

「わかった。明日も話せるだろうか?」

「もちろんです!アンジュール卿さえよければ朝食をご一緒しましょう!」

 手を握らんばかりの主に、クロシュはまた小声でたしなめた。

「ファルロ様、夜這いの真似事はなさらないで下さいね」

 そのせいで妙な夢を見たと、クロシュに責任転嫁しつつ報告を聞く。
 昨日、ラズワートは寝室に入ってすぐ夕食も食べず眠ったらしい。体調不良ではないらしく、朝食は一緒に食べれる事になった。

「旦那様のご指示通りの内容です」

 ルフランゼ王国風で、胃の負担が少ない料理を用意させた。食堂も、長テーブルに椅子が配置されたルフランゼ王国仕様だ。
 ゴルハバル帝国では、食事は絨毯の上に座って食べる。スプーンは使うが、ほぼ手づかみだ。
 ルフランゼ王国では、食事はテーブルにならべて椅子に座って食べるという。スプーンの他にナイフとフォークも使うらしい。
 食事の作法だけでなく、料理の内容もかなり違う。疲れているだろうし、食べなれない料理を知らない作法で食べるのは負担がかかると考え、出来るだけルフランゼ王国の味に近づけさせた。
 食堂に案内されたラズワートは驚いた様子だ。こちらの気遣いは伝わったのだろう。

「……貴殿の配慮に感謝する」

 やや頬を染めて告げ、歌金鶏と野菜のスープを口にする。口に合ったのか、ほんのりとした笑みが浮かんだ。
 ファルロは食べながら尻尾が揺れるのを止められなかった。パタパタと忙しない音が響く。ラズワートはふわふわした丸いパンをちぎりながら肩を揺らした。

「はは……ああ、すまない。貴殿を侮辱するつもりは無いのだが」

「いえいえ!堪え性がなくてお恥ずかしい限りです。貴方に微笑を向けられているのが夢のようで、嬉しくてつい……」

 言ってから昨夜の夢を思い出して口をつぐむ。いつも意識の外に追いやっていたが、ルフランゼ王国では同性愛は禁忌だ。ファルロの耳がシュン……と、垂れた。

(しまった。うっかり素直に口説いてしまった。いや、前々からアンジュール卿と話す時の私はこうだったが。ああ、嫌われたくない。なんだこの臆病な感情は!私は四十路も半ばの中年だぞ!)

 ラズワートの反応が怖くて顔を上げれなかった。緑葉魚の蒸し焼きと見つめ合ってしまう。添えられた棘茄子と紅茄子の煮込みの鮮やかさが、ほんのりと緑がかった白身魚を引き立てている。美味そうだが食べる気が起きないほど緊張した。
 いや、固まっている場合か。ごまかさねばと顔を上げ、やはり固まった。

「貴殿は……本当に……」

 顔が赤い。こちらを睨んでいるが、嫌悪や敵意は感じられない。ただひたすら照れている。満更でもないと言いたげに。
 悟った瞬間、ファルロの顔もまた赤くなった。ラズワートがそんなファルロを見て目を見開く。何か言わねば。だが、胸がぎゅうぎゅうと苦しい。口が上手く動かない。壁際に控えている使用人たちの眼差しが痛い。
 やがて、ラズワートの金混じりの青い目が細められた。照れ臭さに喜びの混じった表情。胸がさらに締め付けられる。

「……俺の顔の何がいいか知らんが、出来るだけ笑うようにしよう。……ルイシャーン卿の側に居る限り難しくはないだろうしな」

「そ……れは、よかったです……。ですが、ご無理はなさらないで下さいね。それに私は貴方のどんな顔も好まし……い」

 ファルロはまた、ほぼ無意識のうちに口説いていた。ラズワートはまだ顔が赤いが、ファルロよりは冷静に返事をした。

「安心しろ。俺はどうやら、貴殿の前だと表情を取り繕えないらしい」

「……私も同じです」

 柔らかな好意。甘酸っぱい空気。同じ想いだと自惚れそうになる。内心で否定し、話題を変えた。
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