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ファルロの回想・三年前【3】
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ファルロとラズワートは杯を交わし、大いに語らった。ラズワートは隣国の美味に興味津々だ。かつての二国は交流が活発だったというが、この百年の間は戦争以外の交流がほとんどない。交易も第三国を経由しない限り禁じられている。何もかもが珍しいらしく、質問しながら食べていった。
「その串焼きの肉は銀毛羊の肉です。何種類もの香辛料と香草を混ぜたタレで漬け込み、炭火で焼いています」
ダルリズ地方随一の料理人自慢の一品だ。炭と香辛料の芳しい香りが漂っている。ラズワートが串焼きにかぶりついた。見る見る内に目が輝いていく。しっかり味わって飲み込み、赤葡萄酒を飲んだ。
「肉自体に独特の風味があるが、タレの風味と合わさって美味い。酒にあう。羊肉がこんなに美味いとは知らなかった」
「ああ、そちらには羊の類は居ないのでしたね」
「うむ。初めて食べた」
ゴルハバル帝国は銀毛羊を広く飼育させ、羊毛を衣類や絨毯に使い、肉は食料にしていた。
「そちらは牛や豚が多く美味だと聞いています。我が国では牛はともかく、豚はあまり食べませんね」
ルフランゼ王国は、古くから牛や豚を育てて農耕に使い、革は加工品に、肉は食料にしていた。
「特に一角牛と赤豚は我が領地の自慢だ。次回があれば、今度は領地自慢の肉料理をスリズ酒と共に振る舞おう」
「ふふ。それは楽しみです」
互いの眼差しが交差する。ラズワートの金混じりの青い目はぎらりと、ファルロの金の目は皓々と光る。言葉にせず語り合う。
『その前にまた殺し合いだ』
『ええ。次こそ貴方を殺して差し上げますよ』
静かに殺意がぶつかるが、ほぼ同時に霧散する。共に唇だけが弧を描く。
「いい夜だ……」
「ええ、とても良い……」
ファルロはラズワートの身体を切り裂き、血飛沫を浴びる幻影を見た。きっと、目の前の男もそうだろう。腹の奥が熱い。酒のせいばかりではないと分かっていた。
(殺し合った後で犯して番たいなど。ケダモノの発想ですね)
自嘲するが、ラズワートは強い。容易く殺されも犯されもしないだろう。ある意味で安心して妄想し、殺意と欲情を肴に酒を飲む。
少し周囲に気を配れば、似たような眼差しを交わしている者たちや、もっと剣呑な空気をぶつけ合っている者たちも居た。
中には甘味談義に花を咲かせている者たちもいるが、彼らも常に自分の武器や相手の所作に気を配っている。何かきっかけがあれば即座に殺し合いになるだろう。
しかし、同時に誰もがくつろいだ様子でもあった。敵同士だというのに、いや、だからこそだろうか。奇妙な気安さと連帯がある。
その空気をラズワートも楽しんでいる様子だった。
「久しぶりに酒が美味い。貴殿の国では知らんが……我が国の宮廷は血生臭い武人を嫌う傾向にあってな。俺たちが他者に歓待されることは珍しい」
「おや。そんなことを私の前で口にしてもよろしいのですか?」
「構わん。ただの事実だ。貴殿とて察しているだろう?」
ファルロは頷く。内心で第二王子を蔑みながら。彼らは自分勝手に式と会合を切り上げ、ラズワートたちに後を押しつけた。わざわざ出てきたのは、捕虜交換の功績を我がものとする為だろう。今からでも追いかけて斬り刻んでやりたかった。怒りが滲んでいたのか、ラズワートが眉をひそめる。
「なぜ貴殿が怒る」
「貴方たちが蔑ろにされているからです」
「だから何故貴殿が……いや、いい。聞きたくない」
確かな答えは言わせてもらえないらしい。ただ、ある程度は察しているのだろう。振られた形だが、ファルロは気にしない。ラズワートの表情に嫌悪は無い、むしろ……。それにまだ、口説き始めたばかりだ。
今はもっと、ラズワートの内面に触れたい。
「貴方は何故、怒らないのですか?」
「そう見えるようにしているだけだ」
金混じりの青い目に、暗く陰惨な色が混じる。ラズワートの雰囲気がガラリと変わる。投げやりで、もううんざりと言わんばかりの雰囲気だ。
「仕方がないと父は言った。我らの血が混じりものだからだと」
知っていた。ラズワートについて調べた時、真っ先に出た情報だ。
「その串焼きの肉は銀毛羊の肉です。何種類もの香辛料と香草を混ぜたタレで漬け込み、炭火で焼いています」
ダルリズ地方随一の料理人自慢の一品だ。炭と香辛料の芳しい香りが漂っている。ラズワートが串焼きにかぶりついた。見る見る内に目が輝いていく。しっかり味わって飲み込み、赤葡萄酒を飲んだ。
「肉自体に独特の風味があるが、タレの風味と合わさって美味い。酒にあう。羊肉がこんなに美味いとは知らなかった」
「ああ、そちらには羊の類は居ないのでしたね」
「うむ。初めて食べた」
ゴルハバル帝国は銀毛羊を広く飼育させ、羊毛を衣類や絨毯に使い、肉は食料にしていた。
「そちらは牛や豚が多く美味だと聞いています。我が国では牛はともかく、豚はあまり食べませんね」
ルフランゼ王国は、古くから牛や豚を育てて農耕に使い、革は加工品に、肉は食料にしていた。
「特に一角牛と赤豚は我が領地の自慢だ。次回があれば、今度は領地自慢の肉料理をスリズ酒と共に振る舞おう」
「ふふ。それは楽しみです」
互いの眼差しが交差する。ラズワートの金混じりの青い目はぎらりと、ファルロの金の目は皓々と光る。言葉にせず語り合う。
『その前にまた殺し合いだ』
『ええ。次こそ貴方を殺して差し上げますよ』
静かに殺意がぶつかるが、ほぼ同時に霧散する。共に唇だけが弧を描く。
「いい夜だ……」
「ええ、とても良い……」
ファルロはラズワートの身体を切り裂き、血飛沫を浴びる幻影を見た。きっと、目の前の男もそうだろう。腹の奥が熱い。酒のせいばかりではないと分かっていた。
(殺し合った後で犯して番たいなど。ケダモノの発想ですね)
自嘲するが、ラズワートは強い。容易く殺されも犯されもしないだろう。ある意味で安心して妄想し、殺意と欲情を肴に酒を飲む。
少し周囲に気を配れば、似たような眼差しを交わしている者たちや、もっと剣呑な空気をぶつけ合っている者たちも居た。
中には甘味談義に花を咲かせている者たちもいるが、彼らも常に自分の武器や相手の所作に気を配っている。何かきっかけがあれば即座に殺し合いになるだろう。
しかし、同時に誰もがくつろいだ様子でもあった。敵同士だというのに、いや、だからこそだろうか。奇妙な気安さと連帯がある。
その空気をラズワートも楽しんでいる様子だった。
「久しぶりに酒が美味い。貴殿の国では知らんが……我が国の宮廷は血生臭い武人を嫌う傾向にあってな。俺たちが他者に歓待されることは珍しい」
「おや。そんなことを私の前で口にしてもよろしいのですか?」
「構わん。ただの事実だ。貴殿とて察しているだろう?」
ファルロは頷く。内心で第二王子を蔑みながら。彼らは自分勝手に式と会合を切り上げ、ラズワートたちに後を押しつけた。わざわざ出てきたのは、捕虜交換の功績を我がものとする為だろう。今からでも追いかけて斬り刻んでやりたかった。怒りが滲んでいたのか、ラズワートが眉をひそめる。
「なぜ貴殿が怒る」
「貴方たちが蔑ろにされているからです」
「だから何故貴殿が……いや、いい。聞きたくない」
確かな答えは言わせてもらえないらしい。ただ、ある程度は察しているのだろう。振られた形だが、ファルロは気にしない。ラズワートの表情に嫌悪は無い、むしろ……。それにまだ、口説き始めたばかりだ。
今はもっと、ラズワートの内面に触れたい。
「貴方は何故、怒らないのですか?」
「そう見えるようにしているだけだ」
金混じりの青い目に、暗く陰惨な色が混じる。ラズワートの雰囲気がガラリと変わる。投げやりで、もううんざりと言わんばかりの雰囲気だ。
「仕方がないと父は言った。我らの血が混じりものだからだと」
知っていた。ラズワートについて調べた時、真っ先に出た情報だ。
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