狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・三年前【2】

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「こちらです。どうぞ靴を脱いでお入りください。ああ、武器は構いません」

 スィルバネ砦の中はあまりに無骨なので、外に巨大な天幕を張った。中はタペストリーと絨毯で飾らせている。天井から吊るされたランプは色とりどりで、絨毯の上に乗せられた酒肴を艶やかに照らしていた。ラズワートは絨毯と酒肴を凝視した。警戒しているのだろう。
 出来るだけ穏やかな声を出した。

「この場では私たちの流儀に合わせて頂きます。貴方がたには馴染まない文化でしょうが、このように絨毯に座って下さい。もちろん座りやすい姿勢で結構です」

「心得た」

 素直にラズワートは従った。座り方まで正確に真似している。ラズワートに従う者たち、大半が騎兵隊の面々だ、彼らも戸惑いつつそうした。
 酒肴を挟み、互いが向き合う。ラズワートの眼差しに敵意も苛立ちもなかった。まだ若輩だが、辺境伯の名に相応しい貫禄を備えている。

(また大きく成長されたのですね。そういえば、アンジュール領はここ十年の農産物の生産が安定している上に、素晴らしい宝石の鉱脈が発見されたとか。どうやら、武人としてだけでなく領主としても有能だったようですね)

 農産物は昔から官民一体となって努力していたはずだ。宝石の鉱脈に関しては、一年前に亡くなったラズワートの妻サフィーリアの知識と支援あっての事だと聞くが、それらを活かして伸ばせたのだ。つくづく才長けた人だと感心しつつ、形式ばった挨拶と心からの言葉を送った。
 ファルロは右手で拳を作り、左手でそれを包んだ。ゴルハバル帝国における最敬礼だ。

「改めて感謝申し上げます。捕虜交換が年内に実現したのは、アンジュール辺境伯の口添えあってのこととうかがっております。また、以前より我々は貴方がたの精強さに敬意を抱いております。今宵は友として酒を酌み交わし、大いに語り合いましょう」

 ラズワートは微かに笑った。初めて見る笑みに胸が高鳴る。

「勇猛なる獣神の末裔の招きにあずかり光栄の至り。……貴殿らの敬意と歓待に感謝を。我らは武骨者ばかりゆえ、不作法は許されよ」

 ラズワートたちは胸に片手を当てて頭を下げた。ルフランゼ王国における最敬礼だ。その所作と声は清々しい風を思わせた。
 『獣神の末裔』も、ファルロたちゴルハバル帝国人に対する最大の敬意をはらった呼び方だ。これには、第二王子らの無礼に憤っていた者たちも感嘆し、溜飲を下げた。
 次に、ファルロが酒器を取り、互いの杯に赤葡萄酒を注ぐ。二人同時に杯をあおる。
 飲んだ瞬間、ラズワートの肩が跳ねる。

「っ!……これは……」

「どうされた!」

 まさか毒かと場に緊張が走る。しかし。

「美味い……花のように香る……こんなに美味い赤葡萄酒は初めて飲んだ」

 ラズワートの顔は無表情のままだが、身を纏う空気が光が放たれたように明るくなった。ファルロは笑いを堪えたが、周りは爆笑した。敵味方関係なくだ。嫌な笑い方ではない。

「青き疾風殿のお口に合いましたか!我らの自慢なのです!」

「さあさあ!赤葡萄酒にはこちらの串焼きが合いますよ!鳥も羊も上物です!」

「いやいや!せっかくの緑葉魚を放っておくな!今朝、ザラゼン川で採った大物です!盛り付けも見事でしょう?」

「ラズワート様ー!俺たち頑張ってかしこまってたのに台無しですよ!もう!」

「まあ、こういうお方なんですよ。仕えがいがあります。ところで甘味はありますか?おお!焼き菓子の薔薇蜜漬けですと?なんと魅惑的な!」

「もういいですよね?私たちにもさっさと飲ませて食わせてください!さっきから美味そうな匂いで限界ですよ!」

 一気に場が砕けた。ラズワートは軽く顔をしかめた。まなじりがほんのり赤い。どうやら照れているらしい。

「……食い意地が張っていてお恥ずかしい」

「いえいえ。お気に召して頂けて光栄の至り。ですよ」

「貴殿は柔和というかなんというか……懐が大きいのだな」

「はは!貴方もですよ!」

 ファルロは堪えきれずに笑った。宴は和やかに、騒々しく始まった。
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