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ファルロの回想・三年前【1】
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次にファルロとラズワートが再会したのは、今から三年前だった。ファルロは四十二歳、ラズワートは二十五歳の春だった。
「ルフランゼと和平を結ぶ。ルイシャーンにも働いてもらうぞ」
「かしこまりました」
皇帝アリュシアンは穏健派で、以前よりルフランゼ王国と正式に和平を結ぶことを目指していた。即位してすぐ特使を送り、書簡にて協議を重ねた。幸い、向こうの反応も悪くない。とはいえ百年以上敵対していたのだ。段階が必要だ。また、国内の反発も抑えなければならない。まずは、同じ数の捕虜を交換することになった。
場所は国境のスィルバネ砦になった。現在はゴルハバル帝国の所有なので、こちらが主導する形となった。ファルロは調印式の場と貴人の警護、捕虜の送迎を担当することになった。向こうは辺境伯であり、今回の捕虜交換に意欲的だったラズワートが調印するかと思われた。
(またお会いできる!……とはいえ、私はあくまで将の一人でしかありません。あまりお話しすることは出来ないでしょうね……)
調印式とその後の会合は、宮廷から派遣された外務大臣と官僚たちが行うのだから。
残念に思っていたところ、思いがけない報せが入る。
「は?今さらしゃしゃり出る気ですか」
ファルロは呆れた。ルフランゼ王国の宮廷からは、やはり王族と官僚らが出るという。恐らく、手柄を横取りする気だろう。ラズワートは彼らの警護と捕虜の引き取りを担当するらしい。
不快だったが、仕事は仕事と割り切った。
調印式と会合すべてが終わるまで、少なくとも丸一日はかかる。夜は宴を催すことになった。この宴についてもファルロが担当することになった。
段取りに忙殺される内に、当日を迎えた。
◆◆◆◆◆
「……お早いお帰りですね。いえ、お身体をおいといください」
しかし当日、ルフランゼ王国の第二王子と官僚たちは挨拶を省略して調印し、会合を切り上げて半日で帰ってしまった。捕虜の移送に関しては、ラズワートら現場に丸投げだという。表向きの理由は第二王子の体調不良だが、誰がそれを信じるだろうか。彼らは出された茶菓を全く口にせず、会話どころかまともな挨拶もしなかった。信じられない無礼である。
おまけに、捕虜たちに声かけすらしない。大半の捕虜が、身代金を払えなかった平民と奴隷だからだろう。ルフランゼ王国は、人間至上主義かつ排他的で、獣人をはじめとする他国人を毛嫌いしているとは聞いていた。あわせて身分差が激しく、王侯貴族は平民と奴隷に家畜以下の扱いをすることも聞いていた。それにしても、想像以上の露骨さだ。
(形だけ出れば、この捕虜交換の手柄を己が物だと喧伝できる。といった所か。浅ましいことだ)
貼り付けた愛想笑いで第二王子を見送ったファルロに、ラズワートが流石に気まずそうな顔になる。
「貴殿らの配慮を無駄にしてしまった」
ラズワートは下級官僚らと共に謝意を示すが、ファルロは満面の心からの笑みを返した。なんといっても、久しぶりに会えたのだ。
「それでは、用意した酒肴は貴方たちが責任を持って処理して下さい」
むしろ、不快な連中と酒を飲まずに済んだのが嬉しい。ファルロは残った者たちを宴に誘った。もちろん、先方が会合を切り上げた時点で外務大臣らに掛け合い、許可を得ている。快く許可してくれた。
「武人だけで語ることもあるだろう。ワシは遠慮しておく」
「いえ、しかしそれでは……」
「気にせんでいい。ワシはワシで楽しくやるのでな。警備も最低限でいい」
外務大臣は、話しながら離れた場所にいる下級官僚に目をやる。これから口説くのだろう。老いてもお盛んなことだ。
確かに、なかなかの美男だ。艶のある黒髪と淡い紫色の目が美しい。また、立ち振る舞いに隙がない。剣と馬も使えるだろう。彼のような下級官僚を含め、残された者の大半がアンジュール領出身者だというから、彼もそうだろう。
「……ヴァンルージュ卿には、チェスとやらを教えてもらうだけだ。お主と同じにするな」
「なんのことでしょうか?」
惚けたが、外務大臣は深い溜息をついてさっさと離れてしまった。
(そんなにあからさまでしょうか……)
やり取りを思い出して少し落ち込んだが、気を取り直してラズワートらを会場に案内した。
「ルフランゼと和平を結ぶ。ルイシャーンにも働いてもらうぞ」
「かしこまりました」
皇帝アリュシアンは穏健派で、以前よりルフランゼ王国と正式に和平を結ぶことを目指していた。即位してすぐ特使を送り、書簡にて協議を重ねた。幸い、向こうの反応も悪くない。とはいえ百年以上敵対していたのだ。段階が必要だ。また、国内の反発も抑えなければならない。まずは、同じ数の捕虜を交換することになった。
場所は国境のスィルバネ砦になった。現在はゴルハバル帝国の所有なので、こちらが主導する形となった。ファルロは調印式の場と貴人の警護、捕虜の送迎を担当することになった。向こうは辺境伯であり、今回の捕虜交換に意欲的だったラズワートが調印するかと思われた。
(またお会いできる!……とはいえ、私はあくまで将の一人でしかありません。あまりお話しすることは出来ないでしょうね……)
調印式とその後の会合は、宮廷から派遣された外務大臣と官僚たちが行うのだから。
残念に思っていたところ、思いがけない報せが入る。
「は?今さらしゃしゃり出る気ですか」
ファルロは呆れた。ルフランゼ王国の宮廷からは、やはり王族と官僚らが出るという。恐らく、手柄を横取りする気だろう。ラズワートは彼らの警護と捕虜の引き取りを担当するらしい。
不快だったが、仕事は仕事と割り切った。
調印式と会合すべてが終わるまで、少なくとも丸一日はかかる。夜は宴を催すことになった。この宴についてもファルロが担当することになった。
段取りに忙殺される内に、当日を迎えた。
◆◆◆◆◆
「……お早いお帰りですね。いえ、お身体をおいといください」
しかし当日、ルフランゼ王国の第二王子と官僚たちは挨拶を省略して調印し、会合を切り上げて半日で帰ってしまった。捕虜の移送に関しては、ラズワートら現場に丸投げだという。表向きの理由は第二王子の体調不良だが、誰がそれを信じるだろうか。彼らは出された茶菓を全く口にせず、会話どころかまともな挨拶もしなかった。信じられない無礼である。
おまけに、捕虜たちに声かけすらしない。大半の捕虜が、身代金を払えなかった平民と奴隷だからだろう。ルフランゼ王国は、人間至上主義かつ排他的で、獣人をはじめとする他国人を毛嫌いしているとは聞いていた。あわせて身分差が激しく、王侯貴族は平民と奴隷に家畜以下の扱いをすることも聞いていた。それにしても、想像以上の露骨さだ。
(形だけ出れば、この捕虜交換の手柄を己が物だと喧伝できる。といった所か。浅ましいことだ)
貼り付けた愛想笑いで第二王子を見送ったファルロに、ラズワートが流石に気まずそうな顔になる。
「貴殿らの配慮を無駄にしてしまった」
ラズワートは下級官僚らと共に謝意を示すが、ファルロは満面の心からの笑みを返した。なんといっても、久しぶりに会えたのだ。
「それでは、用意した酒肴は貴方たちが責任を持って処理して下さい」
むしろ、不快な連中と酒を飲まずに済んだのが嬉しい。ファルロは残った者たちを宴に誘った。もちろん、先方が会合を切り上げた時点で外務大臣らに掛け合い、許可を得ている。快く許可してくれた。
「武人だけで語ることもあるだろう。ワシは遠慮しておく」
「いえ、しかしそれでは……」
「気にせんでいい。ワシはワシで楽しくやるのでな。警備も最低限でいい」
外務大臣は、話しながら離れた場所にいる下級官僚に目をやる。これから口説くのだろう。老いてもお盛んなことだ。
確かに、なかなかの美男だ。艶のある黒髪と淡い紫色の目が美しい。また、立ち振る舞いに隙がない。剣と馬も使えるだろう。彼のような下級官僚を含め、残された者の大半がアンジュール領出身者だというから、彼もそうだろう。
「……ヴァンルージュ卿には、チェスとやらを教えてもらうだけだ。お主と同じにするな」
「なんのことでしょうか?」
惚けたが、外務大臣は深い溜息をついてさっさと離れてしまった。
(そんなにあからさまでしょうか……)
やり取りを思い出して少し落ち込んだが、気を取り直してラズワートらを会場に案内した。
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