狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・七年前【3】

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 もう少しで叫びそうになったファルロの鼻を、あの懐かしい魔法の匂いがくすぐった。
 煙の先、前方にいる。ファルロが焦がれた、ファルロの番が。あの時のように騎乗し、騎兵を引き連れ、ファルロの元に走ってくる。煙の向こうの影でもわかる。

「前方に敵影!迎え討て!」

 ファルロは叫び、ひび割れて使い物にならなくなった盾を前方に思いっきり投げつける。前方の影がそれを剣でたたき落とす。
 ファルロは騎竜を加速させ、大剣を抜いて影に斬りつけた。

 ───ガキィーン!───

 ファルロの剣と、青い光に包まれた剣がぶつかり、火花が散る。
 肉薄し、姿が見えた。ファルロは凶悪な笑みを浮かべ、今度こそ歓喜を口にした。

「お久しぶりですねアンジュール卿!いや、アンジュール辺境伯!お会いできて嬉しく思います!私は貴方との再戦を楽しみにしていました!」

「っ!……戯言を!」

 五年前より背が伸び、逞しくなり、精悍な顔になったラズワートが吠える。顔は険しいが、一瞬だけ目が輝いたのをファルロは見逃さなかった。だから気にせず話しかける。もちろん、渾身の力を込めた剣をガンガン浴びせながらだ。

「五年前の貴方も!素晴らしかった!さらにお強く!お美しく!なられました!ね!」

 ラズワートは見事に防ぎ、いなし、流し、さらに鋭く速くなった剣技をみせた。

「みえすいた世辞は!やめろ!はあ?美しい?なっ!なんのつもりだ!この痴れ者が!」

「私は本気です!ただただ貴方に魅せられている!」

 互いに目をギラつかせ、剣を振るった。周りも混戦状態となる。騎兵たちも五年前より明らかに強くなっていた。何人かが、ラズワートのように剣や槍を強化しているのを見た。しかし、戦ううちに夢中になり周囲が見えなくなっていく。ゆえに、気づくのが遅れた。

「ヒヒィーーーン!ヒィン!」

 暴走した馬が鍔迫り合いをするファルロたちに突っ込む。ラズワートの馬が避けようと大きく動くが間に合わない。二人ともバランスを崩して落ちた。どちらも馬上と竜上に戻ろうとしたが、互いの相棒同士が熾烈な戦いを始めて不可能になった。
 それを認識した瞬間、二人は大地を踏み締め構え、互いに斬りかかった。
 ファルロは剛力を持って、強く、重く。
 ラズワートはしなやかに、鋭く、速く。
 ファルロが深く踏み込む。渾身の一撃。ラズワートは避け、横なぎに斬りつける。ファルロはたたき落とす。しかし一瞬、ラズワートを見失う。誰よりも軽やかに速く動くラズワート。ファルロの背後に周り刺突を繰り出す。間一髪かわしたファルロが振り返って斜め上から大剣を振り下ろす。

「美しい?魅せられているだと?ふざけるな!俺の何を知っていると言うんだ!」

「その強さです!本当にお強くなられた!どれだけ鍛錬を積んだのか!それにあの矢!騎兵たちの成長!アンジュール辺境伯!貴方は本当に素晴らしい!もっと貴方を教えて下さい!」

(ああ!楽しい!五年前のあの時!攫わなくてよかった!)

 ラズワートの成長は、我慢した自分への褒美のような気がした。この強く美しい雄といつまでも戦いたい。そしてどうか、どのように生きて強さを磨いたか教えて欲しい。ファルロは想いを込めて戦った。
 熾烈な攻防を繰り返してどれだけ経ったか。ファルロは前と同じく、興奮しすぎて獣化が進んでいた。ラズワートは攻防のはてに兜を失い、マントもぼろぼろだ。また、互いに傷まみれの血まみれだ。どれも浅い傷だが数が多い。そろそろ決着をつけなければと剣を構え直した。
 だが突然ラッパの音が空気をつんざき、次に銅鑼の音が響いた。
 二人は顔を見合わせ、構えを解いた。

「これはもしや……」

「秋はまだだが……」

 ラッパはルフランゼ王国の、銅鑼はゴルハバル帝国の物だ。戦場においては士気を高めたり、注目を引くために使われる。二人は周囲に攻撃を停止し、武器を下ろすよう指示し、互いの馬と騎竜をなだめた。
 間もなく、両国の伝令が馬と騎竜に乗って走ってきた。停戦協定が結ばれた旨を伝える勅書を掲げている。確認したが、間違いなく本物だった。無論、ルフランゼ王国側も同じ様子だ。
 ラズワートは顔を盛大に顔を顰めた。

「……無視する訳には」

「いかぬでしょう。しかし、同感です」

 不完全燃焼だ。もっと戦いたかった。ファルロは大きな溜息をつき、部隊を整えた。騎竜兵部隊が単独で侵略した土地は放棄することを誓い、帰途につく。
 ラズワートらは、それを見送る形になった。

「それでは我々はこれで。いずれまた戦いましょう。……すでに貴方との再戦が待ち遠しいです」

 ラズワートは、やはり顔をしかめた。だが。

「次こそ俺が勝つ。首を洗って待っていろ。……ルイシャーン卿」

 と、ぶっきらぼうだが返した。名前を覚えられていた喜びで、ファルロの胸はいっぱいになった。


◆◆◆◆◆

 本隊に帰ったファルロをイブリスが迎える。報告もそこそこに声をひそめ囁いた。

「皇帝陛下が身罷られた。……お前の忠誠は何処にある?」

 だから停戦したのか。ファルロは納得した。皇帝位を巡る争いが表面化する。特に必要のない小競り合いをしている場合ではなくなった。

「我が忠誠はアリュシアン殿下に。……閣下、氷晶盾と我らを大いにお使い下さい」

 ファルロは副将軍に位をあげられ、言葉通り粉骨砕身働いた。一年と少し後、アリュシアンは全ての政敵を退け地位を盤石のものとし、イブリスは勇退しファルロに跡目を譲ったのだった。
 ダルリズ守護軍総司令官ファルロ・ルイシャーン将軍の誕生である。
 これからは今までと違い、先陣を切る事は少なくなるだろう。血の気が多い獣人の中でも戦闘狂とまで呼ばれるファルロにとっては、辛い役目だ。だが、ラズワートとの戦いの記憶はそれを慰めてくれた。

(いい戦いだった……)

 記憶はファルロの心を潤し、以前ほどの焦燥はない。ラズワートが、かねてより婚約していたルフランゼ王国第四王女サフィーリアと結婚したという知らせを受けても、思ったよりは動揺せずに済んだ。ただ、いつか再戦した時に命を奪わずに済むか。襲わずにすむかは、自信はなかった。
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