狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・七年前【1】*

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 それから五年間、大規模な戦はなかった。
 当然、ファルロとラズワートが再戦する機会もない。だがその存在は頭の片隅にあり、時に狂おしい焦燥と渇望をファルロに抱かせた。
 鍛錬に打ち込み、仕事漬けになり、娼婦や男娼を何人も抱いた。それでも虚しさと飢えは消えなかった。
 辺境軍は、あの戦の約半年後にカスティラ王国の侵攻を退けたという。しかも他領へ遠征してだ。これがいつもの事だと言うから驚きである。精強な辺境軍はかなり酷使されているらしい。王命のもと、頻繁に遠征に行ったり分隊を派遣したりして、常にルフランゼ王国を守っている。
 その酷使は痛ましい。だが、ラズワートをさらに成長させているだろう。事実、調べなくても名前を聞く機会が増えた。あの新しい魔法を遺憾なく発揮しているらしい。

(きっと、さらに凛々しく、猛々しく、美しい雄になっている)

 自分以外の雄や雌が群がって、あのしなやかな身体に触れているだろう。

(いっそ、出奔して攫ってしまいましょうか……馬鹿なことを。敵国の少年に血迷い過ぎです。ですが……)

 衝動を抑え辛くなり、夜毎ラズワートを夢見るようになった。最初はただ姿が浮かぶだけ、たた戦うだけだったそれは、徐々に淫らな色を帯びていく。

◆◆◆◆◆

 ファルロは、これが夢だとはわかっている。髪の色や顔立ちが似た男娼や娼婦を抱いた後、特に鮮明に見る夢だと。
 あの時。ラズワートを無理矢理攫い、己の天幕の中に引き摺り込む。

『止めろ!離せ!』

 血と土埃に汚れた鎧と服を奪い、生々しい傷に口付け血を啜ろう。抵抗する唇を奪い、口内を蹂躙しよう。

『殺してやる!』

 あの金混じりの青い目が憎悪に燃える。それを見つめながら、鍛えられた、太陽の味がする肌を舐め回して甘噛みたい。

(ああ、剣と手綱を握っていた手をしゃぶりたい。馬に跨っていたあの腿にも口付けしたい。凛々しく伸びた背中を撫でたい。縮こまっている逸物を扱いて舐め回してやりたい)

 じわじわと固く大きくなっていく己の逸物。ファルロの蹂躙に、ラズワートは怒るだろうか?それとも絶望の涙を見せてくれるだろうか?

『やめ……!ひぐっ……!』

 そうして、恐らく誰も入ったことのない場所を指と舌でこじ開け、己の逸物で貫いて蹂躙したい。
 血が流れるだろう。抵抗されれば、ファルロとて無事では済まないだろう。だが、そうやって傷つけあいながらまぐわえたら、どれだけ幸せだろうか。

「最低だ」

 夢の後は自己嫌悪に浸るが、同時に甘美な余韻もある。夢を見たくないとは、とても思えないほどに。
 どろりと濁った幸福な夢。ファルロがそんな夢ばかり見るようになった頃、再戦が果たされた。

 ◆◆◆◆◆

 出会って五年後、現在から七年前の春の終わりだった。皇帝の命を受け、ダルリズ守護軍は領地奪還のため進軍した。
 ファルロは三十八歳、ラズワートは二十一歳だった。
 ファルロは情報を確認し、ラズワートに同情した。この年は、ラズワートにとって試練の年であった。年の初めに父親が急逝し、辺境伯となった。そして落ち着く間も無くグランド公国が侵略を開始したのだ。そこにさらにゴルハバル帝国のダルリズ守護軍からの侵略である。明らかに手が足りていなかった。

(ご本人はグランド公国を撃退中ですか。早く済ませてこちらに帰って来なさい。同情しても手加減はしませんから)

 ダルリズ守護軍は、五年前に奪われた土地を奪い返した。それらを守っていた騎兵の練度は高かったが、グランド公国の侵攻の影響か、数が少なかったのが致命傷だった。
 さらに南に進み、過去一度もゴルハバル帝国が支配したことの無い土地の眼前まで至る。だが、これ以上の勝利は必要ない。今はすでに盛夏だ。イブリスは適当な理由を作り、夏の終わりまで待機しようとした。
 ファルロは待ったをかける。

「閣下、どうか我ら騎竜兵部隊の進軍をお許しください」

 ラズワートとの再戦を叶えたい気持ちもあったが、他にも三つほど理由があった。
 一つは、今回の戦では騎竜兵たちの大半が戦う機会がなく、暴れ足りず不満が溜まっている事。
 二つは、現在の騎竜兵部隊が、新兵と新兵器を受け入れたばかりで、経験を積む必要がある事。
 三つは、進軍すれば百年前の記録しかない土地の正確な現状を確認できる事。
 以上を滔々と述べ、駄目押しに「例え我らが全滅したとしても本隊に影響はありません」と、言った。
 イブリスは渋面を作ったが、許可した。

「良かろう。ただし必ず生きて帰れ」

「かしこまりました。吉報をお待ち下さい」

 こうしてファルロは、騎竜兵部隊を引き連れて進軍した。
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