狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・十二年前【3】

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 ファルロはすっかり魅了されていた。気づけば、ほとんど衝動的に名乗っていた。

「我が名はファルロ・ルイシャーン!銀狼の獣神の末裔にしてゴルハバルの戦士!辺境の年若き勇士よ!いざ尋常に勝負!」

 ラズワートは不思議な輝きを放つ目をファルロに向け、剣を掲げた。

「受けて立つ!我が名はラズワート!ラズワート・ド・アンジュール!アンジュールの騎士!」

 馬と騎竜が走る。先ほどのようにすれ違う寸前でファルロは騎竜の向きを変えた。馬に当たるように。このままいけば騎竜の結界で馬が傷つく。思った通り、馬と強い絆で結ばれたラズワートは、まず結界を破壊するために剣を振った。動揺したのが明らかな大ぶりな動き。隙が生まれる。ファルロは斜め上から斬りつける。

 ───ガキィン!───

 互いの剣がぶつかり火花が散った。ラズワートは結界を壊してすぐ手首を捻って受けたのだ。ファルロは体重をかけてさらに押した。ラズワートは眉を寄せ、互いの剣が軋む。

「ヒィーン!ヒーーーン!」

「ギィガアァ!ガアァッ!」

 馬と騎竜が蹴り合い、噛みつきあって揺れる。
 揺れを利用し、ラズワートはファルロの大剣を流し、柄を握りしめて手首を殴った。並の獣人ならば骨が砕けただろう。
 しかし、獣人の中でも飛び抜けて頑健なファルロはビクともしない。ファルロは剣を握りなおし、横なぎに振る。
 ラズワートは身体をそらして間一髪避け、手綱を握る。主人の意を汲んだ馬が再び走って距離をとり、またファルロに向かう。

(あれを避けたか!流石だ。だが)

 ファルロが肉薄する方が早かった。

「っ!くっ!」

(経験が浅い!魔法での強化も動揺すると揺らぐ!身体も育ちきっていない!)

 ラズワートは猛攻を受け、いなし、隙をついて斬撃を繰り返すが、やがて防戦一方となっていく。そしてついに、ファルロの一撃がラズワートの胴に直撃した。

「がっ!……ぐっ!」

 魔法で強化されていた鎧にヒビが入り落馬する。いななき暴れる馬を騎竜に任せ、ファルロも地上に降りた。
 ラズワートは苦悶の表情を浮かべてはいるが、目は闘争心を失っていない。ファルロは生唾を飲んだ。

(この少年。いや、この雄……ラズワートが欲しい)

 今すぐ鎧を剥ぎ取り、返り血と汗に濡れた肌を舐め回し、引き締まっているであろう腰を掴み、尻に逸物を捩じ込みたい。
 そうして種付けし、自分の番にしたい。
 メリメリと己の歯が、爪が鋭くなっていくのを感じる。体毛も伸び顔が狼のそれに近づく。

「おお……隊長のお姿が……!」

「お珍しい!それだけの強敵ということか!」

 戦場で昂るのは当たり前だが、ファルロがこれだけ強く猛り、しかも情欲を抱くのは初めてだった。発情期ですらいつもどこか冷めていて、薬を必要とした事すらなかったというのに。頭のどこかで理性が叫ぶが、本能は止まらない。

「俺の……負け……ぐっ……はあっ……だ……好きに……しろ……」

 ラズワートはファルロを睨みつけているが、覚悟を決めた様子だ。潔さに喉が鳴る。

(私の獲物、私の番。まず頸を噛んで攫ってしまおう……しまった!)

 ハッと正気に返り、背後からの鋭い剣の切っ先を辛うじて避ける。

「ラズワート様をお守りしろ!……ぐああっ!げぐっ!」

 騎兵と歩兵たちが剣や槍を掲げて突っ込んで来た。ファルロは斬りかかってきた一人の腕を斬り飛ばし頭に剣を叩き込む。もう一人が斬りかかる。頭から剣を抜き一閃する。一合で相手の剣は砕け、返す刃で鎧ごと袈裟斬りにした。他の者は、騎竜兵とこちらの歩兵たちが打ち負かしていく。
 その間にラズワートも馬も奪われ、彼らは門の中へと走っていった。

「ルイシャーン隊長!奴らが逃げます!」

「わかっています。しかし、深追いはいけません」

 我に返ったファルロは、周囲が追おうとするのを止める。騎竜兵の被害が思った以上に大きい。アルザーたち手練れも失った。こういった場合は、イブリスから深追いせず引けと命じられている。門は開けれなかったが、敵兵の数は削れた。後衛の味方に任せるべきだ。
 黒犬の獣人である騎竜兵ボルナーが、暴れ足りないのか吠える。

「流石は我らが隊長!無様に逃げる雑魚どもに構う暇はないということで……ぎゃん!」

 ボルナーはファルロの大剣の腹で顔を殴られ、血を吹いて落竜した。周囲が息を呑む。騎竜の結界が間に合わなかった。それだけ速く重く容赦のない一撃であった。

「貴様の目は飾りか?何を見ていた?アンジュール卿は勇士だ!命懸けで彼を救った者たちもだ!彼らへの侮辱はこの私が許さん!」

 怒号が戦場に響く。驚いたのか、ラズワートが振り返った。
 ファルロは更に声を張った。

「若きアンジュールの騎士よ!見事な戦いぶりだった!私の剣を受けてなお戦える勇士はそう居ない!いずれまた戦おう!」

 すでに遠ざかっていたが、応えるようにラズワートが剣を掲げた。

(ラズワート・ド・アンジュール。アンジュール辺境伯の嫡男だな……。いずれ必ず……私が……)

 煮えたぎる情欲を抱えながら、ファルロは配下たちを引き連れて下がった。
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