狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・十二年前【1】

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 ファルロがラズワートと初めて出会い、殺し合ったのは十二年前の夏だった。ファルロは三十三歳、ラズワートはわずか十六歳であった。

 その年の侵略は、ルフランゼ王国側からなされた。春の花が咲く頃、ラズワートの父親率いる辺境軍およそ八千人が進軍を始めた。
 まず最初に、国境近くのスィルバネ砦が落とされた。よくあることではあったが、辺境軍の勢いは例年と違った。砦とその周辺には国境守備隊約二千人が警戒にあたっていたというのに、わずか二日で落とされたのだ。
 辺境軍は勢いを加速させ、ダルリズ地方の複数の砦、城、町、村を落としていく。そして、あろう事かダルリズ地方第三の都市オルミエまでもが陥落した。わずか三ヶ月の間のことだった。もちろん各地には、一帯を守護するダルリズ守護軍や領主の私軍がいた。辺境軍は、信じられない速さでそれらを蹴散らしていったのだ。
 このままでは、さらに重要な拠点まで進出を許してしまう。ダルリズ守護軍総司令官イブリス・バフティ将軍は、約一万人を率いて進軍した。その配下の一人にファルロがいた。
 当時のファルロの役職は、騎竜兵部隊隊長である。自身を含め約三百人の騎竜兵と、それを補強する約七百人の歩兵を率いている。
 ダルリズ守護軍はオルミエ城塞の北西すぐそばにある平原に陣を張り、辺境軍はオルミエ城塞にてこれを迎え討つ姿勢を取った。
 夏も終わりにさしかかったある朝、戦端が開かれた。まず、辺境軍側から雷撃、火球がひっきりなしにダルリズ守護軍を襲う。自然魔法による遠隔攻撃は、人間ばかりが暮らすルフランゼ王国の基本的な攻撃方法だ。当然、こちらも人間やエルフの魔法使いたちが結界を張っている。一つ一つの威力は大したことはなかった。それでも、長時間攻撃を受けていたので、何ヵ所か貫通して被害が出る。その度に伝令が、何人死んだかを報告した。
 しかし、それで恐れ慄く者は一人もいない。

(腹に響く良い音ですね……それにやはり、魔法で作られた雷や炎は独特の匂いがする)

 ファルロなどは雷鳴の音に聞き入り、狼や犬など嗅覚に優れた獣人にしかわからない匂いを嗅いでいた。
 当たり前だ。ここにいる大半は頑強な獣人だ。なかでも、ファルロら騎竜兵は恐れを知らない。また、彼らが乗る騎竜も一切怯えなかった。
 騎竜とは、ワイバーンの羽を切り落として調教した存在である。獣人を軽々と背に乗せ、地を駆け、攻撃を結界で防ぐ。多少の雷撃も炎も何のことはない。
 やがて、二時間もしないうちに魔法による砲撃が終わった。強大な魔法には、大量の魔力と集中力と時間が必要だ。どんなに魔法兵がいても、いずれ間が空く。代わりに投石機から岩が飛ばされてくるが、飛んでくるのが見えている岩など、脅しにもならない。興奮で半獣化している者たちは、むしろ喜んでいる。わざと結界から飛び出て当たりに行く熊の獣人までいて、流石に上官にたしなめられていた。が、その狐の獣人である上官も、目が高揚でギラギラしており、牙が剥き出しだ。
 無論、ファルロも高揚している。今すぐ背負っている大剣を振り回したい。ただ、冷静な部分で首を傾げる。辺境軍の攻め方は悠長で正攻法過ぎた。スィルバネ砦以降、凄まじい勢いの猛攻を受けたとあったのに、その勢いが感じられない。

(まだ何か隠しているのでしょうか)

 ファルロは、この前年まで別の任地にいた。ルフランゼ王国と戦うのは初めてだ。イブリスからは「他はともかく辺境軍には油断するな」と言い含められている。

(あの閣下が仰るのだ。他の者からも精強と聞く……期待してしまうな)

 ファルロが凶悪に笑い、全軍の高揚感が極限に達した瞬間、イブリスはすかさず号令をかけた。

「騎竜兵部隊!突撃せよ!臆病者どもを引きずり出せ!我らがオルミエを取り戻すのだ!」

 ───ウオオオオオ!───

 ───ギィーイイイ!───

 怒号と騎竜のいななきが大地を揺らす。ファルロは騎竜兵を引き連れ走る。戦、特に攻城戦において、騎竜兵部隊は戦の先駆けであり破城槌である。敵の攻撃をかわし、いなし、結界を張った騎竜を門や壁に突撃させ活路を開く。最も危険で、最も名誉ある部隊だ。
 砂煙を巻き上げ、投石や矢を避けたり弾き飛ばしながら疾走する。速やかに城塞に肉薄する。このまま騎竜ごと正門に突っ込めそうだったが、やはり何もないはずなかった。
 観音開きの正門が開き、巨大な炎が放射された。視界いっぱいの炎が真っ直ぐこちらに向かう。
 よくある作戦だ。結界で弾けばいい。が、ファルロの本能が回避を選ばせた。

「散れ!炎を受けるな!」

 騎竜を蹴り付け大きく横にそれる。次の瞬間、ファルロが居た場所を炎が疾走し、飲み込んだ。

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