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ファルロの決心【2】
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「然り!アンジュール卿の生み出した新しい魔法は無視できぬ!まさに武勇優れし青い疾風!」
ラズワートは『身体強化魔法』『物質強化魔法』という、全く新しい魔法を開発した先駆者である。そして、自身と馬と長剣を魔法で強化して戦った。よほど魔力操作と剣術に長け、馬に信頼されていなければ出来ない技である。また、落馬した時も焦らず堂々と戦う度胸もあった。敵ながら武勇を讃える者は多く、青い疾風と呼ばれ歌にまでされている。
これだけでも一目置くには充分だが、捕虜を丁寧に扱うことでも定評があった。捕虜が「恥辱に塗れるぐらいなら決闘させてくれ」「戦いの中で死なせてくれ」と言えば、自ら応じた。遺体も丁寧に葬り、遺品は帝国に送るか、その場に身内がいれば身内に渡した。また、捕虜は全て自領で管理し、労役と引き換えに衣食住を保障した。結果、捕虜たちが見せ物や最下層の奴隷になることはなかった。
ルフランゼ王国の宮廷では、何人もの捕虜を殺しただの、奴隷にして自領で働かせただのと言われているらしいが、事実は大きく違ったのである。
「お労しい。丁重に扱うべきです」
ラズワートの武勇を知る者、今回や三年前の捕虜交換で帰った者、遺品を返された遺族の大半はラズワートを庇った。あくまで貴人として扱うべきだと主張する。
「いや、契約でどう扱ってもいいとあるのだ。我らが恨みを受けて頂こう」
「馬鹿なことを!名高き武人を嬲り者にする気ですか!」
しかし当然、ラズワートを恨む者もいた。特に、辺境軍に侵略を受けた土地の領主や、身内を殺された者たちだ。彼らは処刑、あるいは自分や遺族と決闘すべきだと主張した。
が、彼らも庇う者たちの訴えには胸を打たれた。大体、ルフランゼ王国の不義理の尻馬に乗るのも嫌だ。
それらを踏まえ、宰相はアリュシアンに進言した。
「戦場におけるアンジュール卿と辺境軍の行為ですが、戦のならいの範疇でしかありません。また、此度の人質交換はあくまで友好の証として行われています。罪人として処刑すれば、我々は野蛮人の誹りを免れないでしょう。あるいはそれこそが、彼の国の狙いかもしれません」
最もな意見だった。だが聡明さと即断即決で知られるアリュシアンは、珍しく逡巡している。無理もないと誰かが囁いた。重臣のイリーズだった。アリュシアンは治世に定評があるが、まだ三十歳と若い。また、歴代の皇帝の中でも突出して争いと流血を嫌うことで知られる。参内できる臣下たちをかき集めた所からも、苦悩がうかがえた。
さて、どうするかと誰もが頭を抱えた。ラズワートを貴人として宮殿で囲うよう進言するのが一番無難だ。とはいえ、反発や暗殺の恐れだけでなく、ラズワートの存在自体が乱を呼びかねない。恩があるからと助け出そうとする者も出るだろう。
「発言します」
膠着状態となった時、口を開く者がいた。銀髪、金の目、狼の耳と尾を持つ理知的な顔立ちの壮年の男だ。ダルリズ守護軍総司令官ファルロ・ルイシャーン将軍である。
「私がアンジュール卿をお預かりしましょう。許可なく命を奪うことも、屋敷から出すこともないと誓います」
この一言に場が静まった。ファルロは、戦場において勇猛果敢。苛烈な決断も下せる男だ。また、ラズワートと浅からぬ因縁がある事は有名であった。それと同時に、戦場以外では常に冷静で穏やかな人物だと知られている。
ラズワートを虐待することも、逆に情に溺れて逃すような愚を犯すこともないと思われた。なにより、万が一それらがあったとしても、ファルロ一人の罪となる。魅力的な提案だ。
「よかろう。ルイシャーンに一任する」
誰もが、ファルロの提案とアリュシアンの采配に納得したのだった。
退出する際、ファルロは懇意にしている将から囁かれた。
「獲物を檻に入れて安心したか?お主、馬鹿なことを考えるなよ」
柔和な笑みで返した。
「ご心配なく。アンジュール卿は尊敬に値する人物ですので、見ていて偲びなかったのです」
とはいえ、指摘は外れていない。ファルロはどうしてもラズワートを手元に置きたかった。他の者の手に、あまつさえ宮殿の奥に囲われるなど看過出来ない。明らかに執着していた。
(たかが二度殺し合い、まともに話したのは一度だけの相手に……私も酔狂ですね。だがあの方を私は……)
ラズワートの顔を思い浮かべた瞬間、どろりと腹の底が熱くなった。それが、好敵手に対する執着だけではないと知っている。
ラズワートは『身体強化魔法』『物質強化魔法』という、全く新しい魔法を開発した先駆者である。そして、自身と馬と長剣を魔法で強化して戦った。よほど魔力操作と剣術に長け、馬に信頼されていなければ出来ない技である。また、落馬した時も焦らず堂々と戦う度胸もあった。敵ながら武勇を讃える者は多く、青い疾風と呼ばれ歌にまでされている。
これだけでも一目置くには充分だが、捕虜を丁寧に扱うことでも定評があった。捕虜が「恥辱に塗れるぐらいなら決闘させてくれ」「戦いの中で死なせてくれ」と言えば、自ら応じた。遺体も丁寧に葬り、遺品は帝国に送るか、その場に身内がいれば身内に渡した。また、捕虜は全て自領で管理し、労役と引き換えに衣食住を保障した。結果、捕虜たちが見せ物や最下層の奴隷になることはなかった。
ルフランゼ王国の宮廷では、何人もの捕虜を殺しただの、奴隷にして自領で働かせただのと言われているらしいが、事実は大きく違ったのである。
「お労しい。丁重に扱うべきです」
ラズワートの武勇を知る者、今回や三年前の捕虜交換で帰った者、遺品を返された遺族の大半はラズワートを庇った。あくまで貴人として扱うべきだと主張する。
「いや、契約でどう扱ってもいいとあるのだ。我らが恨みを受けて頂こう」
「馬鹿なことを!名高き武人を嬲り者にする気ですか!」
しかし当然、ラズワートを恨む者もいた。特に、辺境軍に侵略を受けた土地の領主や、身内を殺された者たちだ。彼らは処刑、あるいは自分や遺族と決闘すべきだと主張した。
が、彼らも庇う者たちの訴えには胸を打たれた。大体、ルフランゼ王国の不義理の尻馬に乗るのも嫌だ。
それらを踏まえ、宰相はアリュシアンに進言した。
「戦場におけるアンジュール卿と辺境軍の行為ですが、戦のならいの範疇でしかありません。また、此度の人質交換はあくまで友好の証として行われています。罪人として処刑すれば、我々は野蛮人の誹りを免れないでしょう。あるいはそれこそが、彼の国の狙いかもしれません」
最もな意見だった。だが聡明さと即断即決で知られるアリュシアンは、珍しく逡巡している。無理もないと誰かが囁いた。重臣のイリーズだった。アリュシアンは治世に定評があるが、まだ三十歳と若い。また、歴代の皇帝の中でも突出して争いと流血を嫌うことで知られる。参内できる臣下たちをかき集めた所からも、苦悩がうかがえた。
さて、どうするかと誰もが頭を抱えた。ラズワートを貴人として宮殿で囲うよう進言するのが一番無難だ。とはいえ、反発や暗殺の恐れだけでなく、ラズワートの存在自体が乱を呼びかねない。恩があるからと助け出そうとする者も出るだろう。
「発言します」
膠着状態となった時、口を開く者がいた。銀髪、金の目、狼の耳と尾を持つ理知的な顔立ちの壮年の男だ。ダルリズ守護軍総司令官ファルロ・ルイシャーン将軍である。
「私がアンジュール卿をお預かりしましょう。許可なく命を奪うことも、屋敷から出すこともないと誓います」
この一言に場が静まった。ファルロは、戦場において勇猛果敢。苛烈な決断も下せる男だ。また、ラズワートと浅からぬ因縁がある事は有名であった。それと同時に、戦場以外では常に冷静で穏やかな人物だと知られている。
ラズワートを虐待することも、逆に情に溺れて逃すような愚を犯すこともないと思われた。なにより、万が一それらがあったとしても、ファルロ一人の罪となる。魅力的な提案だ。
「よかろう。ルイシャーンに一任する」
誰もが、ファルロの提案とアリュシアンの采配に納得したのだった。
退出する際、ファルロは懇意にしている将から囁かれた。
「獲物を檻に入れて安心したか?お主、馬鹿なことを考えるなよ」
柔和な笑みで返した。
「ご心配なく。アンジュール卿は尊敬に値する人物ですので、見ていて偲びなかったのです」
とはいえ、指摘は外れていない。ファルロはどうしてもラズワートを手元に置きたかった。他の者の手に、あまつさえ宮殿の奥に囲われるなど看過出来ない。明らかに執着していた。
(たかが二度殺し合い、まともに話したのは一度だけの相手に……私も酔狂ですね。だがあの方を私は……)
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