上 下
24 / 31

番外編一 元第二側妃ティアーレの過去と末路 前編

しおりを挟む
前後編です。かなり残酷なシーンが多いので、ご注意下さい。
次の番外編はほのぼのイチャイチャです

◆◆◆◆◆


「ギャアアアアア!グアアアアアア!」

 拷問部屋からガーデニア公爵の絶叫が響く。振動で天井から汚い雫が落ち、ティアーレの髪を汚した。
 ここは、エデンローズ王国王城の地下牢だ。三面は石造りの壁で、残り一面は鉄格子と鉄の扉で構成されている。
 周囲も似たような牢屋が並び、ガーデニア公爵とティアーレの【大義の協力者たち】が、収容されていた。

「話す!話すからやめ……ぎえええええ!」

 拷問部屋は石造りの壁の向こうだ。さっきからティアーレの父であるガーデニア公爵の絶叫と、周囲の啜り泣きが響く。
 ここに入れられてどれだけ経っただろうか?ティアーレの離宮に騎士たちが押し入り、ティアーレを叛逆の首謀者の一人と罵り、護衛たちが斬り伏せられたのはいつだ?

(どうしてこうなったの?私はただ国王陛下……ライゼリアン様をお救いしたかっただけよ!
 叛逆だってそう!
 そして私の愛と献身で!ライゼリアン様を癒して、あの女から解放して差し上げるはずだったのに!)

 ティアーレは、この後に及んで何も理解していなかった。
 本気で【国王ライゼリアンと自分は真実の愛で結ばれた夫婦】だと信じている。いや、むしろそれ以外の全てを信じずに今まで生きてきた。

 ライゼリアンに一目で恋に落ちたその日から、ティアーレはずっとそうだった。


 ◆◆◆◆◆



 今から二十五年前。ガーデニア公爵令嬢だったティアーレは十三歳、第一王子であったライゼリアンは十四歳だった。
 デビュタント前の貴族令息令嬢を集めた茶会。ティアーレは眩い金髪の第一王子と出会い、一目で恋に落ちた。

(ああ!この方こそ私の運命!真実の愛のお方に違いないわ!)

 ティアーレは甘ったるい恋愛話が好きな令嬢だった。自分の気に入りの物語に、自分とライゼリアンを重ねて同化するまで一瞬だった。

 

 そんな、砂糖菓子や蜂蜜より甘い発想でライゼリアンに付きまとった。

『ライゼリアン様!私のテーブルにいらして下さいませ。私、もっとライゼリアン様とお話しとうございます』

 だが、ライゼリアンの反応は冷ややかだった。

『断る。ガーデニア公爵令嬢。君に私の名を呼ぶ許可は与えていない。即刻止めるように』

『え?でも私はライゼリアン様の……』

 聞き分けないティアーレに、ライゼリアンの声がさらに冷ややかになる。

『デビュタント前とはいえ、君は令嬢としてこの場にいる。家名と責任を背負っている事を理解しているのか?』

『そんな。大袈裟ですわ。今日は楽しいお茶会ではありませんか』

『……話にならないな。帰りなさい。ここは、君のような最低限の礼儀も知らない子供が来る場所ではない』

 けんもほろろ。取り付くしまもない。ティアーレは涙ぐみながら退出するしかなかった。

 帰りの馬車の中。ティアーレは『どうしてライゼリアン様は意地悪を仰ったのだろう?』と落ち込んだが、すぐに『ライゼリアン様は照れていらしたのよ。きっとそうに違いないわ!』と、気を取り直してしまった。
 しかも、その妄言をガーデニア公爵夫妻も信じてしまった。

『可愛い娘の恋だ!しかも相手は次期国王、正にティアーレに相応しい人物ではないか!お父様に任せなさい。きっと、殿下と婚約させてやるからな』

『ええ、私も助力を惜しみませんわ』

 侍女たちや取り巻きたちも、ティアーレをおだててけしかけた。夢みがちで我儘な御令嬢のご機嫌を取るのも仕事のうちだし、ティアーレが王妃になれば与えられる恩恵は計り知れないからだ。
 その可能性は充分にある。なんといっても、ティアーレは財務大臣を父にもつ公爵令嬢なのだから。それに。

『ティアーレ様は素晴らしい美貌をお持ちです。第一王子殿下がお気に召さないはずはありません』

『そうですわ。国一番の美姫ですもの』

 周囲が言う通り、ティアーレは同世代の令嬢の中で最も美しかった。

 豊かなピンクブロンドは艶々と輝き、空色の瞳はぱっちりと大きい。ミルクにほんの少し薔薇色を加えたような肌も、愛らしく整った顔立ちも、豊かに実りつつある身体も、溜息がこぼれるほど美しかった。

『これで、お勉強が出来て我儘を言わなければ完璧なのに』と、囁かれてはいたが。

 ともかく、ティアーレはガーデニア公爵の協力のもと行動した。
 適当な用事を作って王城に通い、ライゼリアンを見かければ付きまとって話しかける。会えなかった日は、思いの丈をこめた恋文を書いて送った。
 しかしライゼリアンは、決してティアーレとは二人きりにならず会話もしなかった。それどころか、姿を見れば明らかに顔をしかめる。
 恋文もほとんど読まずに返された。たまに返事が届くが、例外なく迷惑行為への抗議だ。

 ティアーレは『女性に慣れていないから、恥ずかしがっていらっしゃるのね』と、妄想した。

『照れ屋さんなライゼリアン様のため、私から歩み寄らなければ』

 ティアーレは本気でそう信じて、自分が正しいと思う言動を繰り返していったのだ。




 ◆◆◆◆◆


 

(そうよ!私はいつだって正しかった!)

 己の過去を振り返ったティアーレは、そう確信した。しかし、ティアーレはライゼリアンの婚約者に選ばれなかった。

(おかしいじゃない!至高の存在であるあの方に相応しいのは、ガーデニア公爵令嬢だったこの私だけだった!
 あの凛々しいライゼリアン様に愛されていいのは私だけなのに!
 なのにあの方と婚約したのは、インディーアの王妹と男爵令嬢だった!)

 ティアーレにとって王妹はまだよかった。他国人とはいえ王族だ。身の程を弁えて、国王の真実の愛であるティアーレに仕えるなら許してやれた。

(私の意を汲んだのか、輿入れ前に流行病で死んだのだから殊勝よね。まさか、何年も経ってから妹が王妃になるとは思わなかったけど。まあ、王妃は分を弁えているのか石女なのか、子を産まないでいるから許してあげましょう)

 おかしなところしかない理屈だが、ティアーレは本気でそう思っていた。むしろ子の無い若き王妃へは、優越感と歪んだ庇護欲すら抱いている。しかし。

(あの下賎の女だけは許さない)

 第一側妃エスタリリーへは、ひたすら憎悪をたぎらせていた。

 今から二十二年前。エスタリリーが、ライゼリアンの婚約者に選ばれた。ティアーレにとって正に悪夢であり、未だに生々しい怒りの原点である。



◆◆◆◆◆



 二十二年前。
 ティアーレが何度も会いに行き、父を通して求婚してもライゼリアンはなびかなかった。だというのに、エスタリリーはあっさりと婚約者の一人となった。
 エスタリリーは伯爵令嬢ではあったが生家は男爵家だ。おまけに、寄親はなにかと目障りなゴールドバンデッド公爵家である。
 気位の高いティアーレにとって屈辱の極みだった。

『賤しい男爵令嬢がライゼリアン様を誑かしたに違いないわ!』

 ティアーレは怒り狂った。
 実際には、エスタリリーの有能さと王家の事情ゆえの政略だったのだが。

『あの女!低級貴族の出の分際で!私より先にライゼリアン様の婚約者になるだなんて何様よ!不敬極まりないわ!』

 怒りのままエスタリリーに嫌がらせする。

『男爵令嬢ごときがライゼリアン様に近づかないで!』

 流石に暗殺者を差し向けるようなことはしなかったが、取り巻きと共にエスタリリーを脅迫したり、養子先の伯爵家や生家に圧力をかけたりした。
 賤しい男爵令嬢ごとき、少し脅せば婚約を辞退すると思ったからだ。

 だが、エスタリリーとその周囲にあっさりやり返された上に、嫌がらせはライゼリアンの知るところとなってしまった。

『ガーデニア公爵令嬢。私は貴様を軽蔑する。私が貴様に好意を抱くことは永遠にない』

 秘密裏に行われた断罪で、ティアーレはライゼリアンに拒絶された。
 罪状はあくまで嫌がらせのみ。ガーデニア公爵家の権勢もあって、表向きは病気療養と称して領地での謹慎だけですんだ。
 だが、ライゼリアンの憎悪に満ちた眼差しこそが、ティアーレにとって一番の罰だった。

(こんなのは間違いよ!悪いのはあの女なのに!ああ、だけどライゼリアン様はあの女に誑かされてしまわれた。説得は難しそうだわ。今はこの間違いを正せない。私は罪もないのに罰を受けるしかないのね……なんて可哀想な私!)

 ティアーレは己が身に降り注いだ悲劇に涙し、酔いしれた。

(いいわ。今は甘んじて間違った罰を受け入れましょう。いつかライゼリアン様をお救いするために……)

 狂気に満ちた誓いを胸に、ティアーレは領地にて雌伏の時を過ごした。二人が結婚したと聞いても大人しく耐えた。
 娘を王妃にする夢を諦めきれないガーデニア公爵たちと共に、情報と手管を集めながら時を待ち……。

 断罪されて二年後、その時が来てしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...