上 下
20 / 31

リリの現在と過去 現在 リリの愛しい人

しおりを挟む
 時は戻って現在。
 ゴールドバンデッド公爵閣下の執務室にて。

 執務室には、私とゴールドバンデッド公爵閣下と侍従しかいない。
 かしこまってひざまずいたと同時に、重々しい声が響く。

「リリ・ブランカ。お前は我が強すぎる。間諜としては欠陥品だ。だが、人心を操り謀叛むほんを早めた手腕は認めてやろう。あの場で婚約破棄をさせたのも、お前の筋書きなのだろう?」

 どうやらお褒め頂いているらしい。

「やはり、ご存知の上で私を放置されていたのですね」

「ふん。……無駄に責任感の強いアレを、さっさと解放させてやりたかったからな」

 相変わらず娘思いで微笑ましい。
 公爵閣下がさっきから殺意を込めて私をにらんでいるのは、シルビアお姉様が心配だからだ。

「女同士というのは気に食わんが、アレの連れ合いとしては及第点だ」

 やはりそれもご存知でしたか。それとも、先程のお茶会でのやり取りを【影】を通して知ったのかな。
 シルビアお姉様が、ゴールドバンデッド公爵閣下を説得した時に告白したのかもしれないけど。

「アレはどうしようもなく甘い。恋敵を徹底的に破滅させたお前と違ってな」

 その通り。私は口角を上げて同意する。
 シルビアお姉様は誠実で優し過ぎる。あんな馬鹿な王子……いえ、廃王子クリスティアンのために真剣に向き合ってしまうほどに。
 だからこそ、クリスティアンは無意識のうちに好意を抱いたのだろう。それに気づいたから、国王陛下はシルビアお姉様をクリスティアンの婚約者にしたのだ。

「お二人が結婚するような事態が起こらぬよう、わずかな可能性も潰したかったのです」

 クリスティアンが改心していたら、シルビアお姉様は本当に結婚させられていたかもしれない。
 シルビアお姉様は『血が近過ぎるからあり得ない』と言っていたけど、それは甘い考えだと思う。

 国王陛下はお優しい。特に親としては甘いと言って差し支えない。けど、為政者として非道な判断を出来る方だ。

 国王陛下はクリスティアンに仰った。『貴様の成長次第では、王太子に指名するのもやぶさかではなかった』と。あの言葉は本気だった。
 万が一、クリスティアンがレオナリアン王太子殿下よりも有能に育っていたら。
 国王陛下はクリスティアンを王太子に指名し、シルビアお姉様とは子を作らないよう、白い結婚を命じたのではないか。
 優秀なシルビアお姉様を、王家に取り込むためにも。

 だけどそれはもう不可能。いかに廃嫡されたとはいえ、クリスティアンは間違いなく王族だった。

【王族に婚約破棄された者は、永遠に王族と婚姻することは出来ない】

 エデンローズ王国の法律だ。
 人前で恥をかかされるシルビアお姉様には申し訳なかったが、婚約破棄するよう誘導したのはこの法律があったから。

 ゴールドバンデッド公爵の顔が皮肉に歪む。

「自覚のない恋敵など敵ではないだろうに」

「ええ。元第二王子殿下が愚かで助かりました」

 クリスティアンのシルビアお姉様への過剰な暴言は、自分に感情を向けて欲しいから。

 令嬢を侍らせていたのも嫉妬されたかったから。

 公務を押し付け勉強から逃げたのは、自分に構って欲しいから。

 醜いとののしり婚約者に相応しくないと言いながら婚約解消を言い出さなかったのも、シルビアお姉様を愛していたから。

 本当に下らない。馬鹿な男だ。
 しかもあのクリスティアンは、あの茶番劇で婚約破棄をした上で、シルビアお姉様を側妃にするつもりだったのだ。謀叛が成功すれば法律を変えるのも容易いと言って。

『あの女に己の立場をわからせた上で、これからも公務をさせるためだ!』

 とか言っていたけれど、結局はシルビアお姉様に執着し、恋焦がれていたからだ。

 この半年間。私はクリスティアンが自覚したり、シルビアお姉様が気づかないよう立ち回った。そして、シルビアお姉様のクリスティアンへの嫉妬と怒りと嫌悪をあおった。

 クリスティアンといい、インディーア王国のアジュナ王太子殿下といい、シルビアお姉様に群がる虫のなんて多いこと!
 シルビアお姉様は私の愛おしい人。
 白百合のようなあの方に恋をしていいのは私だけ。

 私は誰にも奪われないよう、これからもありとあらゆる手段を使うだろう。

「嫉妬深いことだ。アレもお前のどこがいいのか……」

「それは私も不思議です」

 素直な本音だ。シルビアお姉様は私のどこがいいのかな?あんな素晴らしい方と想いが同じだなんて、今でも信じられないの。

「知るか。精々アレに愛想を尽かされないよう励むことだ」

「お言葉を胸に刻み精進いたします」

 その代わり、シルビアお姉様は二度と貴方の元に返しませんけどね。

 無言の誓いが伝わったのか。ゴールドバンデッド公爵閣下は、最後まで鋭い眼差しで私を睨んでいた。




 ◆◆◆◆◆◆




 シルビアお姉様の自室に戻る頃には、もう夕方になっていた。

「シルビアーナ様、リリです。入室してよろしいですか」

「どうぞ」

 中に入りドアを閉めた瞬間、シルビアお姉様が抱きついてきた。

「リリ!」

 たおやかな腕が私を包む。頬を銀糸の髪が撫でる。
 花より甘く芳しい香りが私の身体に火をつけた。

「シルビアお姉様」

 少し身体を離して目を合わせる。
 そしてどちらともなく唇を合わせた。

 初めての口付け。シルビアお姉様の唇は柔らかく、唾液は蜜より甘い。互いの唇を夢中で味わいながら、ソファにもつれこんだ。

 晩餐に呼ばれるまでの短い間。私たちは夢中で口付けあい、舌を絡めて互いの唾液を味わい吐息を吸ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...