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リリの現在と過去 5年前の出会い

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 馬鹿こと廃王子クリスティアンの茶番劇から三日が経った。

 シルビアお姉様とのお茶会の後、私はシルビアお姉様のお父上であるゴールドバンデッド公爵閣下に呼び出された。
 シルビアお姉様は残念そうに。

「もっとリリと二人でいたかったのに」

 と、拗ねていたけど仕方ない。もちろん私も残念よ!

 でも、公爵閣下はシルビアお姉様の次に尊いお方だから仕方がない。
 このお二人がいなければ、私と母は死ぬか死ぬより悲惨な目にあっていた。

 私は過去を思い出す。


 はじまりは五年前。私がまだ十二歳だったある日のこと。



 ◆◆◆◆◆



 五年前のある日。
 私ことリリ・ブランカとその母は、ゴールドバンデッド公爵家の侍女見習いと侍女として雇われた。
 ゴールドバンデッド公爵は宰相の一人。王都の一等地にあるお屋敷は、城のように大きく美しい。

 あてがわれた使用人用の二人部屋も、清潔でちゃんとした家具がある。母は泣きながら私を抱きしめた。

「リリ!貴女が救われてよかった!」


 私たちはゴールドバンデッド公爵家の寄子の一つ、ブランカ男爵の愛妾とその娘だ。
 母は没落貴族の生まれで、無理矢理ブランカ男爵の愛妾にされた過去を持つ。

「私のかわいいリリ。貴女だけは幸せになって欲しかったのに。私が弱いばかりにごめんなさい」

 それが母の口癖だったけど、母は私を守ってくれていた。
 悪いのは、守られてばかりの私と、父であるブランカ男爵と、その本妻ブランカ男爵夫人だ。

 私たちは一応、貴族の愛妾と令嬢として衣食住と教育を与えられてはいた。
 しかし、ブランカ男爵夫人はことあるごとに離れに来て私たちをいたぶったり、使用人として働かせていた。

「賤しい娼婦風情が!図々しくも我が家に寄生して!恥を知りなさい!」

 罵ったり、物を奪ったり、無理な仕事を押し付けたりは当たり前。ひどい時は乗馬鞭で失神するまで叩いたり、何日も食事を抜いたり、腐ったものを食べさせられた。
 ブランカ男爵と私の腹違いの兄弟たちはというと、夫人の悋気りんきを恐れて見て見ぬふり。
 兄弟たちはまだいい。助けてくれないかわりに手も口も出さない。

 酷いのはブランカ男爵だ。助けてくれない上に、手も口も出す。
 私をかばってボロボロになった母を治療するどころか、傷の心配すらしない。
 なのに、母に『愛している』と囁き、無理矢理寝台に引きずりこむ。
 私をねっとりした目線で見ては『そろそろ売り時か』だとか、『将来のためにちゃんと教育は受けておきなさい』だとか言う。

 あんな男は父じゃない。

 とにかく、あのままでは私も母も死んでいたか、変態の金持ちにでも売られていた。

 私が大きくなったら、金目のものを奪って母を連れて逃げよう。それが無理なら相打ちでもいい。ブランカ男爵夫人をこの手で始末してやる。

 暗い決意を抱いていた頃、私は人生最大の幸福に出会った。



 その日は、『大切なお客様がいらっしゃるから、離れの敷地から出ないように』と、ブランカ男爵夫人に言われていた。

 大人しく離れに引き込もって、二階の窓から庭を見下ろしていた。
 すると、何だかキラキラした光が庭に入り込んで来たのだ。

 光は、私と同じ年頃の女の子の長い髪。

(白い蝶々みたいな女の子)

 白銀に輝く長い髪、同じくらい白い肌、キラキラ輝く黄金色の瞳、柔らかな紫色のワンピース。

(私と同じ銀髪に黄金色の瞳だ。ブランカ男爵家と同じ家系?高価そうなワンピースだし、男爵家より上の貴族令嬢かな?
こんなところで何をしてるんだろう?)

 女の子の目線の先には、ワンピースと同じ色の帽子が木に引っかかっている。どうやら、女の子のものらしい。

(取ろうとしてるけど、手が届かないんだ。周りには誰もいないみたいだし……離れの敷地内だからいいよね?)

 私は庭に出て、ほうきの柄を使って帽子を取ってあげた。
 そして。

「ありがとう!お気に入りの帽子なの!」

 私はまばゆい笑顔にせられた。

 ひょんなことから出会ったのは、まだ十三歳のゴールドバンデッド公爵令嬢シルビアーナ様だった。

 それから、私とシルビアーナ様が一緒にいるのを見たブランカ男爵夫人が怒って私を叩き、シルビアーナ様がさらに激怒して……私たち親子を引き取ることを決めてくれた。

 シルビアーナ様と出会って半月かからない内に、ブランカ男爵家から出ることが決まった。

 旅立ちの日。ゴールドバンデッド公爵家の馬車が迎えに来て下さった。恐縮する私たちを、親切な執事様と御者が迎え入れてくれる。
 ブランカ男爵夫妻が何か言っていたけど無視して馬車が走り、あっという間にゴールドバンデッド公爵家に着いた。

 シルビアーナ様は、わざわざ私たちを出迎えて下さった。

「ブランカの名と籍は残しておいたわ。リリとリリのお母様にとってはお嫌でしょうけど、当家の侍女になるのに都合がいいの。
もちろん、ブランカ男爵家が貴女たちに近づくことは二度と出来ないし、侍女としての実績を立てた後は完全に籍を抜くこともできるわ。
契約書も交わしているから安心してね」

 シルビアーナ様の慈悲と思慮深さ!ひたすら感動して感謝した。
 そして、私と母は与えられた部屋で抱き合い、シルビアーナ様の慈悲に感謝して泣いていたのだった。



 泣き止んだ母は、真剣な顔で私と向き合った。

「リリ。私と貴女は、命をかけてお二人に報いなければなりません」

「お母様、それはもちろんです」

 ご自分の個人資産で私たちの身柄と将来を買い取り、侍女と侍女見習いとして雇うようゴールドバンデッド公爵閣下に進言したシルビアーナ様。
 そして、渋い顔をしながらも受け入れて下さったゴールドバンデッド公爵閣下。

 お二人は私たちの命と尊厳の恩人だ。

 私と母は、シルビアーナ様とゴールドバンデッド公爵に深く感謝し、忠誠を誓った。

 もっとも、私のシルビアーナ様に対する感情は、それだけでは無くて……。
 この頃には、すでに自覚していたけれど。

「私の全てでお二人を……シルビアーナ様をお守りします」




 ◆◆◆◆◆




 ゴールドバンデッド公爵家の侍女見習いとなって数ヶ月。私は充実した毎日を送っていた。
 シルビアーナ様の専属侍女となった母と共に、シルビアーナ様の身の回りを整え、お世話をしながら……恋心をときめかせていた。

 主君に対して何たる不敬。でも仕方ないと思うの。

(だってシルビアーナ様ったら!お美しい上に淑女としても完璧で賢くて!しかもとっても可愛らしいのよ!
華やかで厳しそうな見た目に反し、下々にもお優しくて真面目で努力家!でも朝起きるのが苦手で、何もせずぼんやりするのが好き!
この落差がたまらない!)

 誰にともなく言い訳をしながら、母と共にシルビアーナ様の寝室に向かう。
 朝、シルビアーナ様を起こすのは私の役目。
 寝台の天蓋から垂れる幕を引いて、声をかけるの。

「シルビアーナ様、朝でございます」

「ん……もう……?」

 たっぷりとした銀のまつ毛が震えて黄金色の瞳が現れる。その度に私は幸福に浸る。
 同時に、誰にもこの役目を譲りたく無いと思う。

「……んん……ねむ……」

 シルビアーナ様はむにゃむにゃと言いながら、また目を閉じる。身体をよじって起きたく無いとぐずる。

「二度寝されては後がお辛いですよ。それに、今朝のお食事はシルビアーナ様がお好きな葡萄とパンケーキです。冷めてしまいますよ」

「う~……食べたいけどねむいの……」

 何度も声をかけて、やっと目を覚まして下さる。

「……おはよう……リリ」

「はい、おはようございます。シルビアーナ様」

 くしゃくしゃの顔としょぼしょぼした顔と言ったら!
 しかも何故か私に気を許してくださっているし、甘えて下さるの!
 今だってそう。完全に目覚めたシルビアーナ様はねた顔で命じる。

「リリ。今は二人きりなのに、シルビアーナ様だなんて呼ばないで。話し方も他人行儀で嫌」

「シルビアーナ様……ですが、私は臣下の身です。わきまえなくてはなりません」

「私が頼んでいるからいいの。……リリは嫌?」

「うっ……嫌じゃないわ。シルビアお姉様」

「ふふふ。やっぱりその呼び名と話し方の方が嬉しいわね」

 シルビアーナ様、いえシルビアお姉様には敵わない。
 こんな風に私にだけ小悪魔で、親しく話すことを許して下さるの。
 しかも、それだけじゃない。

「リリ、一緒にお茶を頂きましょう」

 私と二人だけのお茶会をしてくださったり。

「ねえ、あの男の人はどなた?ずいぶん親しいようだったけれど……」

 私が男と少し話しただけで嫉妬して下さったり。

「雷が怖いの。リリ、一緒に寝て。リリじゃなきゃやだ」

 ああー!シルビアお姉様可愛い!大好き!ずっとお側にいたいいい!
 きっと、シルビアーナ様も同じ想いだ。

 けれど、それが難しいことはわかっている。
 シルビアお姉様はゴールドバンデッド公爵家のご令嬢。いつかは政略結婚でこの家からお嫁に出てしまう。
 運良く婚家まで付いていけたとしても、専属侍女になれるかはわからない。
 なれたとしても、今のような距離感では過ごせないだろう。
 シルビアお姉様と呼ぶ事だって……。

 それでも私は、出来るだけシルビアお姉様のお側にいたい。

 だから私は努力する。まずは専属侍女にならなければ!

 母もどこか諦めた様子で。

「そうね。リリの幸せはあのお方にしか叶えられないものね……応援しているわ」

 と、言ってくれているし!



◆◆◆◆◆



 引き取られて一年後。
 私は侍女見習いから侍女に繰り上がり、シルビアお姉様の専属侍女なった。今後もお側にいれるよう、更に技能を磨くことになった。
 将来有望だと褒められて嬉しかったけど、その過程で間諜としての才能を見出されたのは予想外だったな。
 間諜としての教育は厳しかったけれど、シルビアお姉様と幸せに暮らしていた。
 けれど、穏やかで幸せな日々は長続きしない。

 シルビアお姉様の婚約が決まってしまった。

 しかも、まともな婚約じゃない。
 同い年の馬鹿王子を、シルビアお姉様が教育するための婚約だ。

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