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クリスティアンの罪と罰

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「ロージー!なんだその姿は!私を騙していたのか!?」

「あはは!本当に間抜けで馬鹿だねえ!元王子様!」

「なんだと貴様ぁ!国王である父上はともかく!たかが男爵令嬢がこの私をなんと言った!」

「間抜けで馬鹿って言ったに決まってるじゃない!アンタは猶予ゆうよを与えられていたのに、全部自分で台無しにした大馬鹿者だよ。そうだよねえ?国王陛下」

「うむ」

 国王は頷き、再びあの厳然げんぜんたる覇気をまとった。

「四年前。貴様を廃嫡はいちゃくし、増長ぞうちょうが過ぎる元第二側妃とガーデニア公爵一族を始末するはずだった。だが決め手にかけた。
貴様の廃嫡は、王族の数が少ないために諸侯から反対され果たせなかった。元第二側妃とガーデニア公爵の罪は、その時点では貴様の教育に失敗しただけだ。粛正するには弱かった。
第一側妃エスタリリーへの度重なる不敬は目に余ったがな」

(当たり前だ!)

 クリスティアンは顔をしかめた。銀髪金眼の第一側妃エスタリリーは、ゴールドバンデッド侯爵家を寄親とする男爵家の出身だ。
 下位貴族の産まれにも関わらず、国王の寵愛をティアーレから奪い第一側妃に収まった悪女だ。クリスティアンはそう教えられながら育った。
 だから四年前の夜会でも、エスタリリーの子であるレオナリアンを公然と侮辱ぶじょくしたのだ。

(農業政策だの治水だの交通整備だの!土臭い功績しかない下賎の女だ!)

 クリスティアンは本気でそう思っていた。シルビアーナや教師たちから『第一側妃の功績がいかにエデンローズ王国を栄えさせ、どれだけ重要か』何度も何度も説明された。が、その度に鼻で笑って無視した。
 たかがいやしい男爵令嬢よと見下していたのだ。

 先ほどまで最愛と呼び、婚約者にしようとしたローズメロウも男爵令嬢なのだが、クリスティアンは矛盾に気づかない。どこまでも自分本位な考えしか持っていないのだ。

「加えて貴様は幼かった。だから四年の猶予と教育を与えた。その一環として結ばれたのが、シルビアーナ嬢との婚約だ。
エスタリリーとの縁戚であり、見目も似ているシルビアーナ嬢をどうあつかうか。王命による婚約者を重んじるか否か。また、シルビアーナ嬢と教師たちからの教育でどう成長するか。
貴様の成長次第では、王太子に指名するのもやぶさかではなかった。
だがこの四年の間、貴様がしたことと言えば、元第二側妃と共に国庫を貪り駄々をこねた。それだけだ」

 その通り。クリスティアンと元第二側妃は怒り狂い、シルビアーナを蔑ろにし、あげくの果てに公の場で婚約破棄することにした。
 さらに元第二側妃は『これ以上、男爵令嬢の下位に甘んじる屈辱には耐えられない』と言ってガーデニア公爵に泣きつき、今回の謀叛むほんを企てさせたのだった。

「貴様たちのような愚物ぐぶつは生かしておけぬ。計画を把握した時点で、貴様の廃嫡が決まった。
王命に逆らい謀叛を企てた叛逆者はんぎゃくしゃよ。貴様と元第二側妃らガーデニア公爵一族は、一人残らず刑に処す。どのような刑になるかは議会で決定するが覚悟するのだな」

「しょ、処刑……そんな……嫌だああ!死にたくない!嫌だ!あんまりですぅ!どうかお慈悲を!」

 クリスティアンは、恐怖で涙と鼻水を垂れ流して哀願した。だが、国王は冷ややかに見下ろすばかりだ。

「貴様に与える慈悲か。それは、この四年で尽きた」

「ひっ!ひいい!嫌だ!」

 クリスティアンは必死に暴れるが、あっさりと騎士たちに押さえられてしまう。それでも、なんとか助かろうと暴れ、頭を働かせる。

(誰か私を助けろ!父上は駄目だ。母上も公爵も使えない!ローズメロウは裏切り者だ!誰か!誰かいないか?)

 そして、自分を助けられるのはただ一人だと気づく。
 献身的に尽くしてくれた婚約者だけだと。

「シルビアーナ!私を助けろ!私を愛しているのだろう!助けろ!結婚してやるから!私と結婚できるのだぞ!嬉しいだろう!」

「お断りします」


「そうだ!私を助け……な、なんと言った?」

「お断りしますと申し上げました」

 シルビアーナはクリスティアンを見つめて繰り返した。眼差しも声も冷たくもないが温かくもない、路傍の石を見るがごとく何の感情も温度もなかった。

「私に課せられた王命はここまででございます」

「王命……だと?」

「ええ。要約すると、【クリスティアン殿下との婚約が継続する限り、クリスティアン殿下に対し教養と良識を教育する】ことが私に課せられた王命でした。殿下が婚約破棄を宣言した時点で終了です。
それに、私が貴方を愛したことは一度もございません」

「なっ!そ、そんなはずはない!貴様は私を愛しているだろう!」

「どうしてそう思われたのですか?」

「どうしてだと?あんなにも私に尽くしていたじゃないか!」

「いいえ。愛ではなく王命だったからです」

「いいや違う!私が何を言っても怒らなかった!それどころか表情すら変えずに尽くし続けたではないか!愛がなければ不可能だ!」

 クリスティアンは笑ってそう言ったが、シルビアーナの眉がピクリと動き、端正な美貌に怒りがにじむ。

「私はずっと怒っていました。表情には出さないようにしていましたので、鈍い貴方では気づけなかったのでしょう」

「なっ?!そ、そんなはず……」

 否定しようとしてクリスティアンは思い出した。

(そういえばこの表情を見たことがある。シルビアーナの専属侍女を殴った時だったか)

 一年ほど前の出来事だ。クリスティアンはシルビアーナに手を上げてしまった。
 専属侍女が庇ったのでシルビアーナは無傷だった。だが、代わりに専属侍女が怪我を負ってしまったのだ。

『なんてことをなさるのですか!』

 あの時、初めてシルビアーナが声を荒げた。

『たかが侍女が怪我をしただけだろう』

 クリスティアンは吐き捨てて、その場から離れた。涙を含んだ声が聞こえる。

『リリ、リリ、ああ可哀想に。お医者様のところに連れて行ってあげるからね』

(あんな声を出せるのか?私は聞いたことないぞ!)

 苛立ちのまま振り返ると、目が合った。

『ヒッ!?』

 今のシルビアーナと同じ、凄まじい怒りに燃え上がる黄金色の瞳と。

 クリスティアンは回想を振り切る。

(だ、だがそれでも!シルビアーナは私を愛しているはずだ!そうであるべきだ!)

「シルビアーナ!いいかげん素直になれ!君はローズメロウが私に近づく度に嫉妬していたじゃないか!
君の献身に気づくのが遅れたが、これからは私も愛してやる。だから私を助け……ひぇっ?!」

「この私が」

 黄金色の瞳が剣の切先の鋭さでクリスティアンを睨む。クリスティアンはすくみ上がった。

「この私が貴方を愛している?どんなにいさめても言動を改めない、事あるごとに私を侮辱する無礼者を?
私の大切な方を傷つけた幼稚な愚か者を?
しかも貴方を愛しているから嫉妬したですって?
うふふ。ご冗談でしょう?」

 侮蔑を込めた眼差しと声。クリスティアンのふくれ上がった自尊心を切り裂いていく。

「確かに嫉妬はしましたが、貴方を愛していたからではありません。
私の愛する方は貴方ではありませんし、これから先も貴方なんて愛しません。
貴方が私の婚約者だったなんて吐き気がしますわ」

「そんな……シルビアーナ……」

「話は済んだな。クリスティアンを【北の塔】に連れて行け」

 クリスティアンは頭から麻袋を被せられて連行された。


◆◆◆◆◆


「な、なんだここは?」

 クリスティアンが気づいた時には、石造りの部屋の中にいた。カビ臭く薄暗い。簡素な寝台、トイレ代わりの汚物箱しかない。
 明かり取り用の小さな窓には鉄格子が嵌り、唯一の出入り口は鉄の扉だ。
 その扉に刻まれている文字を見て戦慄する。

【罪深き汝。かつての王の子よ。己が罪を見つめ裁きを待て】

 不勉強なクリスティアンでも知っている。
 王都郊外にある、罪を犯した王族を収容する塔の扉に刻まれる文言だと。
 この塔に入って、公開処刑される以外で出られた王族はいない。

「嫌だ死にたくない!」

 クリスティアンは鉄の扉を叩きながら叫んだ。

「ここから出せ!出せー!私は王子だぞ!シルビアーナ!シルビアーナ!私を愛しているだろう!助けろ!私を助けてくれー!」
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