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中編

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「そもそも! 私たちはこんな余計な仕事なんてしたくなかった! 上から目線で仕事を決めて! 肝心な苦労は作業担当の私たちばっかり! 」

 怒鳴ったのが効いたのか、ノーマンはハッとした顔でメグに向き直った。

「すまない。メグ、疲れてどうかしていた。思ったことすらない事を言ってしま……」

「嘘つき! さっきのが本音でしょ?ノーマンって昔からそうだよね! なんでもできるから人の苦労も気持ちもわからない! アンドロイドみたい! ノーマンなんて大っ嫌い! 」

 メグはすがりつくノーマンの手を払い、食品生産工場からこの店に逃げ込んだのだった。

「ノーマンが悪いのは変わらないけどさ、私も言い過ぎた。どれだけ必死にやっていたかも、文句は言うけど私たちの意見を優先してくれてたのもわかっていたのに」

 ノーマンたちの部署が本気を出せば、メグたちに強制的に作業を進めさせる事もできた。しかしそうはならなかったし、交代で作業の応援にも来ていてくれた。

「いつもそう。私って余計な事しか言わない。酷い。人の気持ちも苦労もわからないアンドロイドなんて、お前は人でなしって言ってるようなものじゃん」

 メグはか細い声で呟きながらバーカウンターに突っ伏した。涙を隠しているのだろう。しばらく鼻を鳴らす音がした。その間にマスターの作業は終わった。

 これでいつ予約客が来ても大丈夫だ。

 余裕が出来たので、泣き虫の為に合成甘味料と塩で味付けした白湯を用意してやる。
 本来ならメグが好きなテキーラか何かを入れたいが、今そんな物を与えたら寝てしまうだろう。それでは台無しだ。

 無言で温かなグラスを置くと、メグは顔を上げて微笑んだ。マスターの恋人の面影が濃い表情。
 メグは礼を言ってグラスをちびちびと傾けた。

「さっきの話なんだけどね。私、悪口にしたって変なこと言った。アンドロイドなんて見たことないのに」

 おかしそうにクスクスと笑いながら続ける。

「生き残った人類のため、この地下都市を管理し続けるアンドロイドたち。滅多に表に出てこない『影の管理人』。本当にいるなら助けてくれないかな。こっちは毎日仕事も人間関係も大変なんだよ。……ねえ、マスターはアンドロイド見たことある? 」

「ええ」

 もちろんある。よく知っている。
 メグが何か言いかけたが、ドアが開く音と足音に口を閉じた。
 誰が入ってきたのか、足音と気配だけでわかるのだろう。メグはそういう繊細さを持ち合わせていた。

「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」

「……はい」

 ノーマンは、大きな鞄を肩から下ろしながらカウンターに近づく。軽く頭を下げ、メグの隣に座った。鞄は、メグの反対側の隣の席に置く。
 一見していつも通りだが、目線を正面に向けたまま固まっている。メグもまた、グラスに目を落としたまま沈黙を保っていた。
 二人とも、恋人と喧嘩して気まずいというよりも、悪戯を叱られた子供のような顔だった。

 自分と恋人も、喧嘩した時はこんな顔だったのだろうか。

 マスターはしばし感傷を味わい、口を開いた。少しだけからかいと励ましを込めた声色で。

「ご予約頂きありがとうございます。ご注文はお決まりですね?」

 やっと、ノーマンとはっきりと目が合った。ノーマンは少しだけ狼狽えたが、隣に置いた鞄からある物を取り出した。

「はい。お願いします。これを使って下さい」

 鮮やかな濃い緑色、やや楕円の球体。見るだけで口中に爽やかな香気の記憶が蘇る。

「ああ、懐かしい」

 メグが目を見張ったが、何も言わない。それでいい。大事な話は一杯のカクテルの後でも遅くないのだ。
 軽く洗い、まな板の上で半分に切る。記憶より鮮烈な香りと滴る果汁。

「いいライムだ。これなら作れるでしょう」

 絞り機でライムジュースを作り、絞った後の皮でカクテルグラスの縁を濡らし、塩をつける。
 分量に気をつけつつ、ライムジュース、テキーラ、ホワイトキュラソーをシェイカーの中に入れてシェイクし、先程のグラスに注ぐ。

「綺麗……」

 思わずといった様子で呟いたメグ。マスターは微笑み、最大限に気取った仕草でメグにグラスを差し出した。

「どうぞ。あちらのお客様からです」

 無言で混乱するメグ。しばし視線をさまよわせていたが、恐る恐るグラスに手を伸ばして口をつけた。

「しょっぱ……? あ、美味しい」

 パァッと表情が移り変わる。驚き、当惑し、そして未知の美味に対する感動。

「これがあの実の味なんだ。しょっぱいとも違う、口がキュッとなる味。それにこの鼻に刺さるのに嫌じゃない香り……ああでも、別の味もする。テキーラはわかる、もう一つはもっと甘い風味……塩がそれを強調してる」

 メグは目をキラキラさせながら味わい、感想を呟いた。

「色んな香りと味が一つになって新しい味になってる。凄い。カクテルって凄いんだね! ……あ」

 メグは力一杯の称賛と喜びを二人に浴びせ、我に返ったのか、また気まずげに顔を曇らせグラスを置いた。
 ノーマンは真剣な顔で、グラスを置いたメグの手に手を重ねる。

「君のその顔が見たかった」

「え? 」

「ここに初めて来た日のことを覚えてる? 」

 メグは当たり前だと頷く。

「僕らは初めての酒と、配給でも実験でもない食事に驚いた。この決まりきった物ばかりの地下都市で、あんなに驚いたのは初めてだった。特に君はくるくると表情を変えて……それで、僕は、そ、そ、その……お、おさ、幼馴染じゃや、やで、それ、で……」

 話しながら、ノーマンの顔がどんどん赤く、言葉がしどろもどろになる。目で助けを求めてきたが無視する。
 マスターは今から自分用のカクテルを作るので忙しい。

「その、あ、ああ、あの、ま、前に話した、か、カクテル言葉….覚えて、る?だ、だ、だから、つ、つまり、た、たんまつ、だ、だす……」

「ノーマン」

 ノーマンの動きがピタリと止まる。メグはもう片方の手をノーマンの手に重ねた。

「どこかの誰かじゃない、君の言葉が聞きたい。聞かせて」

 言葉は魔法のようにノーマンに染み込み、落ち着きを与えた。ノーマンは一番伝えたかった言葉を口にする。

「僕は君を愛しています。一生側にいてください」

 単純で飾り気のない言葉だが、メグの心には響いたのだった。



 プロポーズの後は種明かしの時間だった。
ノーマンはこの店でマスターと酒に出会い、カクテルに興味を抱いた。結果、この回りくどいプロポーズを思いついたのだ。
 なんとこの男、今まではっきりと愛を伝えたことがなかったのだという。最低だ。
 マスターは散々相談に乗ってやった。指導もしてやった。だというのに無駄だったのだ。流石に強めに叱りつける。

「僕はメグと違って口が上手くないし、い、言おうと、と、す、すると、ほ、ほら、こここんな」

「私は別にいいよ。照れ屋なのは知ってたし。なんか納得したというか。ノーマンってかなり格好つけてたんだね。まあ、私はノーマンの格好いいところより、可愛いところとか、真面目なところが好きだけど」

 メグは嬉しそうにグラスを傾けるが、マスターとしては納得出来ない。黙っていても愛を伝えてくれるメグに甘えていただけだろう。

「う、うん、だから、こ、このカクテル、君に飲ませて、つたえ、たかった」

 だからといって恋人を初めてとした周囲を巻き込み、その仕事を増やすのはどうかと思う。

「嬉しいし、美味しいから許す」

 なんというか、現金だ。その変わり身の早さに恋人を思い出し、マスターは遠い目になる。

「でもさ、なんでこのカクテルなの? 」

 また真っ赤になって口籠るノーマン。話が進まない。
 マスターは仕方なく端末を操作した。現れた画像と文章にメグの頬が薔薇色に染まる。

「マルガリータ、ああ、私、の名前」

 そう。メグは愛称だ。本名はマーガレット。マルガリータはマーガレットの別言語での呼び方であり、このカクテルの名前。

 そしてカクテル言葉は『無言の愛』口下手にはこれ以上ない告白。

「きみの、す、好きな、て、テキーラもつかっ、てる、から、ぴったり、だし……め、メグ? 」

 メグはまた音を立ててグラスを置き、大きく手を振り……。

「やっぱり回りくど過ぎ! 五年も待たせるな馬鹿! 」

 ノーマンの背中に照れ隠しかつ正当な苦情が炸裂した。
 いい気味だ。マスターはちょっと悪い笑みを浮かべた。



 閉店後、マスターは店の床下収蔵庫を介して地下道に降りた。地下道を歩けるのは自分のような『影の管理者』たちだけだが、周囲の警戒は怠らない。

 誰にも知られるわけにはいかないのだ。



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