68 / 68
六章 秋薔薇は復讐の真紅
秋薔薇は復讐の真紅 十一話(六章最終話)
しおりを挟む
グラディスは【踊り子】の無表情を見て『いつもの余裕のある表情よりも好ましいな』と、内心で呟いた。
「あれは父親じゃないわ」
「そうか。では、訂正しよう。復讐相手であるセネカ公爵に会う気はないか?これを逃すと、恨み言をぶつける機会はなくなるぞ」
(最も、これ以上のない形で復讐を果たせたのだろうが)
セネカ公爵は、城内にある貴族牢に収監された。皇弟との交渉はまだだが、恐らくギース帝国に移送されて裁かれることになる。
そうなれば、失脚だけでは済まない。誓約書には『誓いを破った場合、命を持って償う』と書いてあったのだから。
おまけに友好国での大き過ぎる失態だ。皇弟の怒りはどれほどになるか。
(ティリアたちの前では言わなかったが、処刑されるか自害を強要されるのは間違いない。大事になりすぎたな)
グラディスらフリジア王国王家としては、ここまでの大きな失態を犯させるつもりはなかった。
そうさせたのは、セネカ公爵と因縁がある【踊り子】だ。
二十年以上前の話だ。
皇弟の腹心セネカ公爵はフリジア王国の侯爵令嬢を見初め、かなり強引に娶った。
セネカ公爵なりに妻子を慈しみ、妻子もそれなりに情をいだいていたらしいのだが……。
(まさか、夫を襲う魔獣を倒したせいで放逐されるとはな)
それは、セネカ公爵が妻子と共に自領に向かっていた時に起こった。
馬車で山道を進んでいたのだが、魔獣の群れに遭遇してしまったのだ。
ギース帝国はフリジア王国ほど魔獣が多くない。セネカ公爵も護衛騎士たちも魔獣相手の戦いに不慣れだった。あっという間に劣勢となり追い込まれてしまう。
その時、妻が魔獣たちを炎で一掃したのだ。
フリジア王国なら、妻の勇姿を讃えるところだが……。
(魔獣を一掃するほどの火属性魔法を見たセネカ公爵は『妻と娘は精霊の末裔に違いない!化け物だ!』と、思い込んで山道に捨てた。ギース帝国民には精霊嫌いが多いが、それを踏まえても救いようのない愚か者だ。
そもそも、彼女が強力な火属性魔法を使えたのは魔道具【真紅の腕】のお陰だというのに)
妻も説明した。しかし、セネカ公爵は信じず妻子を山道に放置したのだ。
行方不明となった妻子だが、フリジア王国が秘密裏に保護した。保護されて帰国するまでに紆余曲折はあったそうだが。ともかく、これが【踊り子】とその母親の顛末である。
二人とも存命とはいえ、恨み言もたまっているだろう。グラディスはそう考えたのだが。
「うふふふ。アタシに恨みなんてありませんよ。今回のことも本当に予想外でした。まあ、少し揶揄ってやろうとは思いましたがね」
「ほう。どう揶揄ったんだ?変装上手の【踊り子】が、変装をしなかったのもその為か?」
【踊り子】は赤葡萄酒を味わいつつ同意した。
「流石は【姫さま】。鋭いですねえ。ええ、母そっくりのこの姿で、母から譲り受けた【真紅の腕】で炎を操る。それだけであの臆病者は動揺するだろうと踏んだんですよ。相変わらず武器を手放せないみたいでしたしね」
「あのセネカ公爵が臆病者?武人としての誇り故、愛剣を手ばなせないのでは無かったのか?」
「あはは!違いますよう。あの爺はね、大きな武器を持ってないと怖くて泣いちゃうんです」
「はあ?それはまた、気の毒というか何というか。まさか、お前たちを精霊の末裔だと決めつけて放逐したのも……」
「精霊嫌いというよりアタシらが怖かったんでしょうね。慣れない魔獣相手の戦いで震え上がってましたし。まあ、ビビりながらもアタシらを守ろうと奮闘してました。
……だから母も、あの爺を助けるために戦ったんですけどね……」
憂いを帯びた表情に、グラディスにある考えが浮かぶ。
(【踊り子】は、本当に復讐する気はなかったのかもな。セネカ公爵に自分たちの生存を伝えたかったのか、あるいは自分たちへの情が残っているか確かめたかったのか……)
グラディスはあえて聞かなかった。そこまで【踊り子】の内面に踏み込む気はない。
(何事も明らかにすれば良いというものでも無いのだ。
それはそうとして)
グラディスはグラスを【踊り子】に突きつけて言った。
「お前、そんな美味しい情報を隠すんじゃないよ。報酬から引いておくからな」
「ええ~!隠してませんよう!黙ってただけです!報酬減らさないで下さい!」
「それだけじゃない。色々とやり過ぎだ。下手をすればもっと悲惨な結果になっていた」
事実、【踊り子】はセネカ公爵に襲われたのだ。【踊り子】は確かに手練れだが、不必要に危険な目に合わせる気はない。
しかし、危険な目にあった本人は納得いかないようだ。ソファにしどけなく身を任せ、流し目で抗議する。
「【姫さま】のケチ。いいじゃないですかぁ。ルギウスとの縁談もぶち壊せたんですし」
「どうせまた言い寄ってくるさ。何度でも断るがな」
「ですよね。【姫さま】の婚約者は、ルディア王国の王太子殿下だけですもの」
「……【踊り子】」
悪戯に輝く真紅の目を睨む。
真紅はゆっくりと細められた。獲物を狙う猫の眼差し。
「おお怖い。そろそろお暇しましょう。また呼んでくださいね。【踊り子】は、【姫さま】のためならいくらでも踊ります」
【踊り子】はさっとソファから身を起こし、部屋から出て行った。
グラディスはそれを見送り、己のグラスに残った赤葡萄酒を飲み干した。絹のように滑らかな喉越しの蜜のように甘い美酒のはずだが、妙に喉に絡んで苦い。
(そういえば、彼は赤葡萄酒が苦手だったな。苦くて渋いと言っていたっけ)
今もなお生死不明の青年を脳裏に浮かべる。
(もうすぐだ。やっと、君に会いに行ける)
グラディスは苦い酒の余韻に浸った。
六章完結。七章に続く。
◆◆◆◆◆
閲覧頂きありがとうございます。七章の更新までしばらくお待ち下さいませ。
「あれは父親じゃないわ」
「そうか。では、訂正しよう。復讐相手であるセネカ公爵に会う気はないか?これを逃すと、恨み言をぶつける機会はなくなるぞ」
(最も、これ以上のない形で復讐を果たせたのだろうが)
セネカ公爵は、城内にある貴族牢に収監された。皇弟との交渉はまだだが、恐らくギース帝国に移送されて裁かれることになる。
そうなれば、失脚だけでは済まない。誓約書には『誓いを破った場合、命を持って償う』と書いてあったのだから。
おまけに友好国での大き過ぎる失態だ。皇弟の怒りはどれほどになるか。
(ティリアたちの前では言わなかったが、処刑されるか自害を強要されるのは間違いない。大事になりすぎたな)
グラディスらフリジア王国王家としては、ここまでの大きな失態を犯させるつもりはなかった。
そうさせたのは、セネカ公爵と因縁がある【踊り子】だ。
二十年以上前の話だ。
皇弟の腹心セネカ公爵はフリジア王国の侯爵令嬢を見初め、かなり強引に娶った。
セネカ公爵なりに妻子を慈しみ、妻子もそれなりに情をいだいていたらしいのだが……。
(まさか、夫を襲う魔獣を倒したせいで放逐されるとはな)
それは、セネカ公爵が妻子と共に自領に向かっていた時に起こった。
馬車で山道を進んでいたのだが、魔獣の群れに遭遇してしまったのだ。
ギース帝国はフリジア王国ほど魔獣が多くない。セネカ公爵も護衛騎士たちも魔獣相手の戦いに不慣れだった。あっという間に劣勢となり追い込まれてしまう。
その時、妻が魔獣たちを炎で一掃したのだ。
フリジア王国なら、妻の勇姿を讃えるところだが……。
(魔獣を一掃するほどの火属性魔法を見たセネカ公爵は『妻と娘は精霊の末裔に違いない!化け物だ!』と、思い込んで山道に捨てた。ギース帝国民には精霊嫌いが多いが、それを踏まえても救いようのない愚か者だ。
そもそも、彼女が強力な火属性魔法を使えたのは魔道具【真紅の腕】のお陰だというのに)
妻も説明した。しかし、セネカ公爵は信じず妻子を山道に放置したのだ。
行方不明となった妻子だが、フリジア王国が秘密裏に保護した。保護されて帰国するまでに紆余曲折はあったそうだが。ともかく、これが【踊り子】とその母親の顛末である。
二人とも存命とはいえ、恨み言もたまっているだろう。グラディスはそう考えたのだが。
「うふふふ。アタシに恨みなんてありませんよ。今回のことも本当に予想外でした。まあ、少し揶揄ってやろうとは思いましたがね」
「ほう。どう揶揄ったんだ?変装上手の【踊り子】が、変装をしなかったのもその為か?」
【踊り子】は赤葡萄酒を味わいつつ同意した。
「流石は【姫さま】。鋭いですねえ。ええ、母そっくりのこの姿で、母から譲り受けた【真紅の腕】で炎を操る。それだけであの臆病者は動揺するだろうと踏んだんですよ。相変わらず武器を手放せないみたいでしたしね」
「あのセネカ公爵が臆病者?武人としての誇り故、愛剣を手ばなせないのでは無かったのか?」
「あはは!違いますよう。あの爺はね、大きな武器を持ってないと怖くて泣いちゃうんです」
「はあ?それはまた、気の毒というか何というか。まさか、お前たちを精霊の末裔だと決めつけて放逐したのも……」
「精霊嫌いというよりアタシらが怖かったんでしょうね。慣れない魔獣相手の戦いで震え上がってましたし。まあ、ビビりながらもアタシらを守ろうと奮闘してました。
……だから母も、あの爺を助けるために戦ったんですけどね……」
憂いを帯びた表情に、グラディスにある考えが浮かぶ。
(【踊り子】は、本当に復讐する気はなかったのかもな。セネカ公爵に自分たちの生存を伝えたかったのか、あるいは自分たちへの情が残っているか確かめたかったのか……)
グラディスはあえて聞かなかった。そこまで【踊り子】の内面に踏み込む気はない。
(何事も明らかにすれば良いというものでも無いのだ。
それはそうとして)
グラディスはグラスを【踊り子】に突きつけて言った。
「お前、そんな美味しい情報を隠すんじゃないよ。報酬から引いておくからな」
「ええ~!隠してませんよう!黙ってただけです!報酬減らさないで下さい!」
「それだけじゃない。色々とやり過ぎだ。下手をすればもっと悲惨な結果になっていた」
事実、【踊り子】はセネカ公爵に襲われたのだ。【踊り子】は確かに手練れだが、不必要に危険な目に合わせる気はない。
しかし、危険な目にあった本人は納得いかないようだ。ソファにしどけなく身を任せ、流し目で抗議する。
「【姫さま】のケチ。いいじゃないですかぁ。ルギウスとの縁談もぶち壊せたんですし」
「どうせまた言い寄ってくるさ。何度でも断るがな」
「ですよね。【姫さま】の婚約者は、ルディア王国の王太子殿下だけですもの」
「……【踊り子】」
悪戯に輝く真紅の目を睨む。
真紅はゆっくりと細められた。獲物を狙う猫の眼差し。
「おお怖い。そろそろお暇しましょう。また呼んでくださいね。【踊り子】は、【姫さま】のためならいくらでも踊ります」
【踊り子】はさっとソファから身を起こし、部屋から出て行った。
グラディスはそれを見送り、己のグラスに残った赤葡萄酒を飲み干した。絹のように滑らかな喉越しの蜜のように甘い美酒のはずだが、妙に喉に絡んで苦い。
(そういえば、彼は赤葡萄酒が苦手だったな。苦くて渋いと言っていたっけ)
今もなお生死不明の青年を脳裏に浮かべる。
(もうすぐだ。やっと、君に会いに行ける)
グラディスは苦い酒の余韻に浸った。
六章完結。七章に続く。
◆◆◆◆◆
閲覧頂きありがとうございます。七章の更新までしばらくお待ち下さいませ。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる