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六章 秋薔薇は復讐の真紅
秋薔薇は復讐の真紅 八話
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案内人に従い、ティリアと【おじ様】は王城の中を歩いた。
(静かだわ。それに、衛兵以外はほとんど見かけない)
広間の混乱はまだ伝わってないのか、それとも案内人が人気のない廊下や階段を選んでいるのか。
ティリアは案内人の背中をじっと見つめる。深緑を基調とした貴族礼服を着て、姿勢良く歩いている。
(良くお似合いだわ。貴族の貴公子様のよう。それにしても、まさかもう戻っているなんて……)
考えている内に、応接室らしき部屋の前まで来た。案内人がかしこまった声を出す。
「アッシュ・イーグルアイ子爵、リリアーヌ・イーグルアイ子爵令嬢をお連れしました」
「入れ」
若い女性の声だ。案内人に促され、ティリアと【おじ様】は入室した。
部屋は明るく、二人の人物の姿がよく見えた。扉の側に立つ一人、奥のソファに腰掛けこちらを見る一人だ。
予想通りの面々に、ティリアは少し安心した。
「この度はフリジアの銀の花に拝謁を賜り……」
【おじ様】は貴族らしく挨拶しようとしたが、ソファに腰掛ける人物に制される。
「第一王女グラディスの名において、ここからは面倒な挨拶も礼儀もいらん。下手くそな演技も結構だ。楽に話せ」
フリジア王国第一王女グラディス・アーシャ・フリジア……魔法局局長であり、王家お抱えの諜報組織【香雪蘭劇団】の首領【姫さま】であり、白銀の魔法姫とも呼ばれる銀髪銀目の美女がニヤリと笑った。
広間で見たドレス姿のままだが、清楚で嫋やかな表情と仕草は消え失せている。足を組んでソファにふんぞり返り、嘲笑にも見える勝気な笑みを浮かべている。
扉の側に立つ人物……副官のシールダーが眉をひそめ、何かを諦めるように目を伏せた。
(直接お会いするのは十年ぶりかしら。相変わらず凛々しく自信に満ちたお方。シールダー様は気苦労されてそうだけど……)
そんな副官の思いなど知らぬとばかりに、グラディスは上機嫌に話しかける。
「グレイ、ティリア、よく来てくれた。立ってないで座れ。ああ、ジェドもだ。案内ご苦労であった」
貴族礼服姿の案内人……ジェドはかしこまった仕草をやめて言葉を受けた。
「勿体ないお言葉です。まあ、グレイのおっさんはともかく、ティリアを他の奴に任せたくなかったので」
「おいコラ。俺はともかくって何だクソガキ」
「話が進まないからやめろ。さっさと座れ」
「そうよぉ。アンタたちって面倒くさいんだから」
ここにいないはずの声に、ハッと顔を上げる。部屋の奥から【踊り子】が歩み寄り、グラディスの隣に座った。広間にいた時のままの姿だ。
「【踊り子】様!ご無事でしたか!」
【踊り子】は真紅色の目を細めた。
「当たり前じゃない。あんな騒動になるのは予想外だったけど、かえって都合よかったわ」
「確かに良い結果を得られた。まあ、我ら王家としては【踊り子】に言いたいこともあるがな」
(やはり、全ては殿下の計略だということかしら?だとしたら目的は?そして、広間では何が起きたの?)
ティリアたちは対面のソファに座り、話をうながした。
「ああ、ティリアを呼びだした理由にも関わる。説明しよう。
まず、今回の目的は【皇弟嫡男ルギウスか皇弟の腹心セネカ公爵に失態を犯させる事】だった。
先ほどの宴でセネカ公爵が【踊り子】に襲いかかったことで、これは成功した」
セネカ公爵は、あの大剣で【踊り子】に斬りかかったという。幸い、近衛騎士が取り押さえたので無傷だそうだ。
「近衛騎士が優秀で助かったわ。アタシが反撃するのは不味かったから」
「反撃するのは不味い。ですか?」
「ええ。今回のアタシは非力でか弱い【踊り子】だもの。女好きのルギウスの閨に呼ばれて騒動を起こすつもりだったのに、まさかセネカ公爵があんなことをするなんて……」
あの場には、フリジア王国とギース帝国の王侯貴族がいたし、第三国の外交官もいた。
おまけにセネカ公爵は大剣を持ち込むため、【いかなる場合も剣を抜かない】などと書かれた誓約書まで用意していたという。
そこまでして、他国の王城でこの騒ぎを起こしたのだ。失脚は免れない。
「はっ!どうだか!この結末はお前の狙い通りじゃないか?【踊り子】よ。お前はあの老人に思うところがあるだろうからな」
グラディスの言葉に笑みを深める【踊り子】。ティリアの中である仮説が生まれた。
(先程【おじ様】から聞いた醜聞。五年前【踊り子】様から聞いた過去。ギース帝国の貴族に放逐されたのは【踊り子】様とそのお母様なのでは?セネカ公爵が失態を犯した理由はわからないけれど……)
仮説が正しいか確かめたい。しかし、この場で聞くのは違う気がした。
(それよりも、何故【皇弟嫡男ルギウスか皇弟の腹心セネカ公爵に失態を犯させる事】が必要だったのかしら?)
その理由はグラディスによって説明された。
「どちらかがフリジア王国王城で大きな失態を犯せば、皇弟は失態した方を切り捨てざるを得ないからだ」
「あのギース帝国皇弟がですか?武力を盾にもみ消すのでは?腹心のセネカ公爵を失えば皇位が遠ざかります」
ジェドの疑問は最もだ。しかしグラディスの考えは違うらしい。
(静かだわ。それに、衛兵以外はほとんど見かけない)
広間の混乱はまだ伝わってないのか、それとも案内人が人気のない廊下や階段を選んでいるのか。
ティリアは案内人の背中をじっと見つめる。深緑を基調とした貴族礼服を着て、姿勢良く歩いている。
(良くお似合いだわ。貴族の貴公子様のよう。それにしても、まさかもう戻っているなんて……)
考えている内に、応接室らしき部屋の前まで来た。案内人がかしこまった声を出す。
「アッシュ・イーグルアイ子爵、リリアーヌ・イーグルアイ子爵令嬢をお連れしました」
「入れ」
若い女性の声だ。案内人に促され、ティリアと【おじ様】は入室した。
部屋は明るく、二人の人物の姿がよく見えた。扉の側に立つ一人、奥のソファに腰掛けこちらを見る一人だ。
予想通りの面々に、ティリアは少し安心した。
「この度はフリジアの銀の花に拝謁を賜り……」
【おじ様】は貴族らしく挨拶しようとしたが、ソファに腰掛ける人物に制される。
「第一王女グラディスの名において、ここからは面倒な挨拶も礼儀もいらん。下手くそな演技も結構だ。楽に話せ」
フリジア王国第一王女グラディス・アーシャ・フリジア……魔法局局長であり、王家お抱えの諜報組織【香雪蘭劇団】の首領【姫さま】であり、白銀の魔法姫とも呼ばれる銀髪銀目の美女がニヤリと笑った。
広間で見たドレス姿のままだが、清楚で嫋やかな表情と仕草は消え失せている。足を組んでソファにふんぞり返り、嘲笑にも見える勝気な笑みを浮かべている。
扉の側に立つ人物……副官のシールダーが眉をひそめ、何かを諦めるように目を伏せた。
(直接お会いするのは十年ぶりかしら。相変わらず凛々しく自信に満ちたお方。シールダー様は気苦労されてそうだけど……)
そんな副官の思いなど知らぬとばかりに、グラディスは上機嫌に話しかける。
「グレイ、ティリア、よく来てくれた。立ってないで座れ。ああ、ジェドもだ。案内ご苦労であった」
貴族礼服姿の案内人……ジェドはかしこまった仕草をやめて言葉を受けた。
「勿体ないお言葉です。まあ、グレイのおっさんはともかく、ティリアを他の奴に任せたくなかったので」
「おいコラ。俺はともかくって何だクソガキ」
「話が進まないからやめろ。さっさと座れ」
「そうよぉ。アンタたちって面倒くさいんだから」
ここにいないはずの声に、ハッと顔を上げる。部屋の奥から【踊り子】が歩み寄り、グラディスの隣に座った。広間にいた時のままの姿だ。
「【踊り子】様!ご無事でしたか!」
【踊り子】は真紅色の目を細めた。
「当たり前じゃない。あんな騒動になるのは予想外だったけど、かえって都合よかったわ」
「確かに良い結果を得られた。まあ、我ら王家としては【踊り子】に言いたいこともあるがな」
(やはり、全ては殿下の計略だということかしら?だとしたら目的は?そして、広間では何が起きたの?)
ティリアたちは対面のソファに座り、話をうながした。
「ああ、ティリアを呼びだした理由にも関わる。説明しよう。
まず、今回の目的は【皇弟嫡男ルギウスか皇弟の腹心セネカ公爵に失態を犯させる事】だった。
先ほどの宴でセネカ公爵が【踊り子】に襲いかかったことで、これは成功した」
セネカ公爵は、あの大剣で【踊り子】に斬りかかったという。幸い、近衛騎士が取り押さえたので無傷だそうだ。
「近衛騎士が優秀で助かったわ。アタシが反撃するのは不味かったから」
「反撃するのは不味い。ですか?」
「ええ。今回のアタシは非力でか弱い【踊り子】だもの。女好きのルギウスの閨に呼ばれて騒動を起こすつもりだったのに、まさかセネカ公爵があんなことをするなんて……」
あの場には、フリジア王国とギース帝国の王侯貴族がいたし、第三国の外交官もいた。
おまけにセネカ公爵は大剣を持ち込むため、【いかなる場合も剣を抜かない】などと書かれた誓約書まで用意していたという。
そこまでして、他国の王城でこの騒ぎを起こしたのだ。失脚は免れない。
「はっ!どうだか!この結末はお前の狙い通りじゃないか?【踊り子】よ。お前はあの老人に思うところがあるだろうからな」
グラディスの言葉に笑みを深める【踊り子】。ティリアの中である仮説が生まれた。
(先程【おじ様】から聞いた醜聞。五年前【踊り子】様から聞いた過去。ギース帝国の貴族に放逐されたのは【踊り子】様とそのお母様なのでは?セネカ公爵が失態を犯した理由はわからないけれど……)
仮説が正しいか確かめたい。しかし、この場で聞くのは違う気がした。
(それよりも、何故【皇弟嫡男ルギウスか皇弟の腹心セネカ公爵に失態を犯させる事】が必要だったのかしら?)
その理由はグラディスによって説明された。
「どちらかがフリジア王国王城で大きな失態を犯せば、皇弟は失態した方を切り捨てざるを得ないからだ」
「あのギース帝国皇弟がですか?武力を盾にもみ消すのでは?腹心のセネカ公爵を失えば皇位が遠ざかります」
ジェドの疑問は最もだ。しかしグラディスの考えは違うらしい。
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