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六章 秋薔薇は復讐の真紅

秋薔薇は復讐の真紅 五話

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 時は流れ十一月、ティリアは夕暮れ時に王城に入った。
 長い階段を登り、内部に足を踏み入れる。

 魔道具仕立てのシャンデリアの光、毛足の長い絨毯の感触、壁と天井の隅々に至るまで施された装飾。
 そして、優美な仕草と言葉で歓迎してくれる官吏たち。あまりの煌びやかさに目眩がしそうだ。

(王城に入るのは十年ぶりね。しかも、正面から客人としてだなんて)

 ティリアは気をくれしつつ、エスコート役の【おじ様】の腕を掴む。付け焼き刃のマナーが見咎みとがめられないか冷や冷やだ。

「そんなに緊張するなよ。似合ってるぞ。ジェド色のドレス……いてっ!足を踏むな馬鹿!」

「【おじ様】が余計なことを言うからよ!これは夕焼け色!」

 ティリアは真っ赤になって否定した。
 今日のティリアは、黒髪を夕焼け色の赤髪に花染はなそめて編み込みのアップにし、ペリドットと金の髪飾りでまとめている。
 目は新緑色のままだ。フリジア王国の王侯貴族は、髪も目も華やかな色彩を持つ者が多いので違和感がない。
 そしてドレスの色は、赤みの強いオレンジから黄色味の強いオレンジのグラデーションだ。
 形はオフショルダーで、腰から下のスカート部分がふんわりと広がる。デコルテを飾る大粒のペリドットのネックレス、生地に散らばる硝子のカットビーズが星のようにきらめいていた。

「そうかそうか。ドレスのデザインも色も、自分で好きなのを選んだんだよな。夕焼け色が好きなんだなあ」

【おじ様】はティリアの装いをじろじろと見て、鼻で笑った。

「不思議だなあ。夕焼け色はジェドの赤髪そのままだし、装飾に使われている金はジェドの目の色に良く似ているよなあ?……あと【お父様】だ。認識阻害魔法は発動させてるが注意しろ。ティリア……じゃない、我が娘リリアーヌ・イーグルアイよ。わかったか?」

 くすんだ灰色の髪を艶やかな銀髪に、灰色の目をティリアと同じ新緑色に変えた【おじ様】……今はアッシュ・イーグルアイ子爵がメガネの奥でニヤニヤと笑う。
 見た目と所作は理知的で気品があるのに、口をひらけば台無しだ。

「うるさ……。ええ、わかりましたわ。お父様もお口にはお気をつけあそばせ。誰とでもすぐ舌戦を交わそうとするので、リリアーヌは心配です」

「へいへい。注意しますよ」

 やがて会場にたどり着いた。指示に従い待機し、順番に中に入る。入る順は下級貴族からだ。

 会場は王城で最も大きな広間だ。広間の奥には演壇があり、楽団が控え目に演奏している。今宵の宴の趣旨は、食事と様々な芸事で主賓たちを持て成すことだという。

 演壇の手前には、長テーブルと椅子が整然と並んでいる。テーブルの上に並べられた食器類と、飾られた花と果実がシャンデリアの光に艶めいていた。

(壮観だわ。こんな時でなければ、もっと楽しめたのだけど)

 ティリアと【おじ様】が下座に座ると、すかさずスパークリングワインが満たされたグラスがサーブされた。
 やがて演奏が止まり、主催者であるフリジア王国王家と本日の主賓たちの入場が告げられた。
 全員がグラスを持って起立し、儀礼的な挨拶と祝辞を聞く。

「……乾杯!」

 ティリアが着座する際、上座に座る主催者と主賓たちの姿が見えた。溜息を飲み込む。

(【踊り子】様は『後で呼びに行くけど、それまでは宴を楽しんでいてね。緊張しなくて大丈夫』と、仰っていたけど……無理だわ)

 主催者は、フリジア王国王家だ。両陛下と王太子はもとより、王家の諜報組織【香雪蘭フリージア劇団】の【姫さま】である第一王女グラディスら王女王子の全員がいる。

 主賓は、血生臭い逸話が絶えないギース帝国使節団だ。間もなく帝位に着くとされる皇弟の嫡男を中心に構成されている。

 表向き【フリジア王国に来たのは両国の友好と交流のため】と、されている。その実は、皇弟がギース帝国を完全掌握しつつあることを示すなど様々な意図があるという。

 とはいえ、ギース帝国とフリジア王国は同盟を結んでいる友好国だ。ましてや宴の最中に危険なことがあるはずはないのだが……ティリアの心は穏やかではない。

(フリジア王国王家はともかく、あのギース帝国皇弟一派と同じ空間にいるだなんて)

 彼らはティリアと【おじ様】の故郷であるルディア王国を侵略し、魔道具と染魔せんまの一族を独占しようとしている勢力だ。
 もし、ティリアたちが染魔の一族と知られれば無事では済まないだろう。

(今すぐ逃げたい。【姫さま】たちは、なぜ私を呼んだの?おまけに、【おじ様】まで心配してついてきてしまったし……)

 悩んでいると、【おじ様】が小声で囁いた。

「遠目だからわかりにくいが、あの金髪の大男が皇弟の嫡男ルギウス・ガイルス・ギースだ」

 ティリアもそれなりに国内外の王侯貴族の情報はしっている。
 ルギウス・ガイルス・ギースは戦好きの女好き。頭は悪くないが軽薄で残酷。内政と外交手腕は今一つとの評だ。

「その手前の大剣を帯びた禿げた爺は、皇弟の腹心のセネカ公爵だ」

 セネカ公爵は、莫大な富を持つ高位貴族だ。皇弟軍の半数を担う大将軍でもある。武勇伝に事欠かないと同時に、内政と外交手腕でもそれなりに評価されている。ルギウスでは心許ないから出張ったのだろう。
 他にもギース帝国の貴族や官僚が並んでいるが、目立つのはこの二人だ。

 ルギウスは、大柄で身振り手振りの大きい男だ。対面に座る【姫さま】ことグラディスにさかんに話しかけ、欲望に満ちた視線を送っている。あからさますぎる。
 ルギウスの次に体格がいいセネカ公爵はというと、ルギウスを諌めることなく平然としている。

「ひょっとして今回ルギウス殿下がいらしたのは……」

 ティリアは嫌な予感に眉をひそめた。



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