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五章 追憶と誓いの紫
追憶と誓いの紫 六話
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ジェドは、ティリアと二人きりの野営を楽しく過ごしていた。だが同時に、じわじわと不安になっていく。
(もう三日も経ったのに、親父が帰ってこない。【魔法の伝書鳥】すら来ない)
グインの身に何かあったかもしれない。
この辺りは国境に近く街道も整備されている。森の恵みも豊かだ。
銀ランク以上の冒険者たちの数が足りないということもないだろう。
なのに帰って来ないということは、正体不明の魔獣がよほど厄介なのかもしれない。
『ジェドくん』
気づけばティリアが寄り添い、ジェドの手にそっと触れていた。今は夜で、やはり馬車の中で魔法植物と薬草の仕分け中だった。
『ごめん。ぼーっとしてた』
『……私に出来ることは少ないと思うけど、手伝えることがあったら言ってね』
ティリアは少しだけ寂しそうな顔で微笑む。
(ティリアを不安にさせないために黙っているつもりだったけど……黙っていた方が心配をかけそうだ)
『ティリアには沢山出来ることがあるし、手伝ってもらっているよ。……ごめん。クソ親父の戻りが遅いのが気になってただけなんだ。何もないとは思うんだけど……』
『そっか。家族だから心配なんだね』
『違っ……』
心配なんかしていないと言おうとして口をつぐむ。ティリアはとても切ない顔で何処か遠くを見ていた。
『ひいお婆様も、本当の家族は大事に思いあうものだって言ってた。私にはいなかったけど……いいなあ……』
『ティリア……。君のひいお婆様は、君を大切に思ってたよ。旅立つ前、俺たちを呼び出して声をかけてくれたんだ。『あの子をお願いします。やっと助けることが出来た大切なひ孫なんです』って』
ティリアの目に輝きが戻った。
『ひいお婆様……』
『それに、ティリアにはこれからがある!新しい家族も友達もいくらでも作れるよ!』
新緑色の輝きがさらに増した。
(俺も、その中の一人になりたい)
ジェドの心は固まりつつあった。
◆◆◆◆◆
このまま穏やかに過ごせることを祈っていた。
しかし翌朝。異変が起きた。
『ギギギ……ギイィ……』
外からの音に、馬車の中で寝ていたジェドは飛び起きた。
(何だ?何の音だ?小さいけど確かに聞こえる。それにこの気配は……)
ジェドは剣を握り、馬車から出た。馬たちも怯えている。慎重に気配と音をたどった。
(気配が強くなっていく。重くて不快だ。魔獣や魔物から受ける威圧感に近いな。音は小さいが、こっちも深いだ。ギリギリと何かを引っ掻くか引き裂いているような……)
木立に隠れながら移動した。もう少しいけば街道がある場所まで来た。結界と外界との際だ。そして。
それを見た瞬間。ジェドの心臓が嫌な音を立て、一気に血の気が引く。
『ヒッ!?』
結界の向こうに黒いモヤが広がっていた。禍々しく揺らぎ、威圧感を漂わせている。
本能的な恐怖に、身体が勝手に逃げそうになる。ジェドは歯を食いしばってその場に留まった。
(落ち着け!ちゃんと観察しろ!逃げるのは後だ!)
震えながら状況を観察する。空中には、黒いモヤと奇妙なひび割れがあった。
(あれは……結界が!)
本来なら不可視の結界が壊れかかっているのだ。信じられない思いで見ていると、またあの『ギギギ……』という不快な音がした。
(この音は結界が攻撃されている音だったか。あの黒いモヤがやっているのか?魔物か?いや、今は朝だ。しかも晴れている。魔物が活発に活動できる環境じゃない。だが……)
黒いモヤの正体を見抜こうと目を凝らす。よく見ると、黒いモヤの中に狼に似た獣がいた。
(漆黒色……あんな獣、初めて見た。ともかく、あの【漆黒の獣】が本体だろう。結界を攻撃できるほどの強さを持つ魔獣か魔物だ)
しかも、それだけではない。
(結界の外の木や草が枯れて、干からびた鳥の死体も転がっている……あの【漆黒の獣】がやったのか?)
見ている内に、無事だった木に【漆黒の獣】の鼻先が触れた。大きな木があっという間に枯れていく。
また、小動物や鳥が黒いモヤに絡め取られて運ばれてくる。すでに死んでいるのか抵抗はない。【漆黒の獣】が触れた瞬間、やはり干からびていった。
(養分と魔力を吸い上げているのか?こんな魔獣も魔物も知らないぞ!)
観察している間も結界の軋む音が酷くなっていく。
(そうだ。【結界結晶】も万能じゃない。魔獣や魔物の強さや数によっては破られる。しかし、正体はなんだ?……まさか、親父たちが討伐に行った『正体不明の魔獣』と同じか?……っ!)
『ギイイィッ!』
考えに至った瞬間、今までより大きな音が響いた。結界が破られるのは時間の問題だ。
(考えるのは後だ!結界が完全に破られる前に逃げる!あの馬車じゃ身を守れない!街道には出れないから森の奥に行くしかない!)
ジェドは急いで馬車に引き返した。ティリアも起きていたらしく、馬車から出ようとしていた。
『ジェドくん、おはよう。さっきから変な音が……』
『ティリア!逃げるよ!』
『え?……ひゃあっ!?』
ジェドは、ティリアと背嚢を担いだ。
一瞬、馬に乗ろうかと考えたが、森の中で騎乗できる腕はない。馬が逃げれるよう綱を切って、走った。
ジェドとティリアが去った後。黒いモヤをまとった【漆黒の獣】は結界を壊し、動植物の命を奪いながら進みだした。
『ヒヒィーン!』
『ヒィ……。……』
逃がされた馬たちも黒いモヤに絡め取られて抵抗を無くし、【漆黒の獣】に触れられて死んでいった。
【漆黒の獣】は進む。
じわじわと森を侵食するように。
そして、ジェドとティリアの跡を追うように。
(もう三日も経ったのに、親父が帰ってこない。【魔法の伝書鳥】すら来ない)
グインの身に何かあったかもしれない。
この辺りは国境に近く街道も整備されている。森の恵みも豊かだ。
銀ランク以上の冒険者たちの数が足りないということもないだろう。
なのに帰って来ないということは、正体不明の魔獣がよほど厄介なのかもしれない。
『ジェドくん』
気づけばティリアが寄り添い、ジェドの手にそっと触れていた。今は夜で、やはり馬車の中で魔法植物と薬草の仕分け中だった。
『ごめん。ぼーっとしてた』
『……私に出来ることは少ないと思うけど、手伝えることがあったら言ってね』
ティリアは少しだけ寂しそうな顔で微笑む。
(ティリアを不安にさせないために黙っているつもりだったけど……黙っていた方が心配をかけそうだ)
『ティリアには沢山出来ることがあるし、手伝ってもらっているよ。……ごめん。クソ親父の戻りが遅いのが気になってただけなんだ。何もないとは思うんだけど……』
『そっか。家族だから心配なんだね』
『違っ……』
心配なんかしていないと言おうとして口をつぐむ。ティリアはとても切ない顔で何処か遠くを見ていた。
『ひいお婆様も、本当の家族は大事に思いあうものだって言ってた。私にはいなかったけど……いいなあ……』
『ティリア……。君のひいお婆様は、君を大切に思ってたよ。旅立つ前、俺たちを呼び出して声をかけてくれたんだ。『あの子をお願いします。やっと助けることが出来た大切なひ孫なんです』って』
ティリアの目に輝きが戻った。
『ひいお婆様……』
『それに、ティリアにはこれからがある!新しい家族も友達もいくらでも作れるよ!』
新緑色の輝きがさらに増した。
(俺も、その中の一人になりたい)
ジェドの心は固まりつつあった。
◆◆◆◆◆
このまま穏やかに過ごせることを祈っていた。
しかし翌朝。異変が起きた。
『ギギギ……ギイィ……』
外からの音に、馬車の中で寝ていたジェドは飛び起きた。
(何だ?何の音だ?小さいけど確かに聞こえる。それにこの気配は……)
ジェドは剣を握り、馬車から出た。馬たちも怯えている。慎重に気配と音をたどった。
(気配が強くなっていく。重くて不快だ。魔獣や魔物から受ける威圧感に近いな。音は小さいが、こっちも深いだ。ギリギリと何かを引っ掻くか引き裂いているような……)
木立に隠れながら移動した。もう少しいけば街道がある場所まで来た。結界と外界との際だ。そして。
それを見た瞬間。ジェドの心臓が嫌な音を立て、一気に血の気が引く。
『ヒッ!?』
結界の向こうに黒いモヤが広がっていた。禍々しく揺らぎ、威圧感を漂わせている。
本能的な恐怖に、身体が勝手に逃げそうになる。ジェドは歯を食いしばってその場に留まった。
(落ち着け!ちゃんと観察しろ!逃げるのは後だ!)
震えながら状況を観察する。空中には、黒いモヤと奇妙なひび割れがあった。
(あれは……結界が!)
本来なら不可視の結界が壊れかかっているのだ。信じられない思いで見ていると、またあの『ギギギ……』という不快な音がした。
(この音は結界が攻撃されている音だったか。あの黒いモヤがやっているのか?魔物か?いや、今は朝だ。しかも晴れている。魔物が活発に活動できる環境じゃない。だが……)
黒いモヤの正体を見抜こうと目を凝らす。よく見ると、黒いモヤの中に狼に似た獣がいた。
(漆黒色……あんな獣、初めて見た。ともかく、あの【漆黒の獣】が本体だろう。結界を攻撃できるほどの強さを持つ魔獣か魔物だ)
しかも、それだけではない。
(結界の外の木や草が枯れて、干からびた鳥の死体も転がっている……あの【漆黒の獣】がやったのか?)
見ている内に、無事だった木に【漆黒の獣】の鼻先が触れた。大きな木があっという間に枯れていく。
また、小動物や鳥が黒いモヤに絡め取られて運ばれてくる。すでに死んでいるのか抵抗はない。【漆黒の獣】が触れた瞬間、やはり干からびていった。
(養分と魔力を吸い上げているのか?こんな魔獣も魔物も知らないぞ!)
観察している間も結界の軋む音が酷くなっていく。
(そうだ。【結界結晶】も万能じゃない。魔獣や魔物の強さや数によっては破られる。しかし、正体はなんだ?……まさか、親父たちが討伐に行った『正体不明の魔獣』と同じか?……っ!)
『ギイイィッ!』
考えに至った瞬間、今までより大きな音が響いた。結界が破られるのは時間の問題だ。
(考えるのは後だ!結界が完全に破られる前に逃げる!あの馬車じゃ身を守れない!街道には出れないから森の奥に行くしかない!)
ジェドは急いで馬車に引き返した。ティリアも起きていたらしく、馬車から出ようとしていた。
『ジェドくん、おはよう。さっきから変な音が……』
『ティリア!逃げるよ!』
『え?……ひゃあっ!?』
ジェドは、ティリアと背嚢を担いだ。
一瞬、馬に乗ろうかと考えたが、森の中で騎乗できる腕はない。馬が逃げれるよう綱を切って、走った。
ジェドとティリアが去った後。黒いモヤをまとった【漆黒の獣】は結界を壊し、動植物の命を奪いながら進みだした。
『ヒヒィーン!』
『ヒィ……。……』
逃がされた馬たちも黒いモヤに絡め取られて抵抗を無くし、【漆黒の獣】に触れられて死んでいった。
【漆黒の獣】は進む。
じわじわと森を侵食するように。
そして、ジェドとティリアの跡を追うように。
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