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五章 追憶と誓いの紫

追憶と誓いの紫 四話

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 翌朝。ジェドは最悪の気分で馬車に揺られていた。

(ったく。親父の奴、余計なことしか言えねえのか)

 ジェドがどんなに悩んでも、馬車に揺られて旅は続く。
 街道を早過ぎず遅すぎない速度で行く。時に村や宿場町を通り過ぎたり、休憩や買い物などのため立ち寄ったりもする。

(そういえば、ルディア王国に来たのは初めてだったな)

 悩みから逃避するかのように、ジェドは周囲を観察することにした。もちろん、アンティリリア改めティリアと一緒にだ。

『わあ!綺麗ですね!ジェドさん!』

『ああ、そうだな』

 花盛りの四月。ルディア王国は美しかった。
 最も、花に関しては種類も量もフリジア王国には及ばない。しかし代わりに、建物ははるかに立派で町は整備されており、あちこちに様々な魔道具があふれていた。

『流石は魔法大国ルディアだ』

『他の国は違うんですか?』

 ティリアが首をかしげる。

『うん。フリジア王国うちでも魔道具は珍しくないけど、ここまでは使われてはないよ。クソ親父は『ルディアは魔道具依存だ』とか言ってたな』

 ティリアと話している間は悩みを忘れた。
 その後も、休憩や昼食を挟みつつ話したり、ただ馬車から見える景色を眺めた。
 しだいに日は傾き、馬車は街道からそれて森の中に入りこんでいく。
 御者台のグインが声を張る。

『ジェド、ティリア、今日はここで野営だ』

『おう。わかった』

『はい!』

 馬車を降りた三人は、軽く相談してから動き出した。
 グインは周囲を見回りに、ジェドとティリアは馬の世話と火の準備だ。
 今日は、ティリアに火のおこし方を教えることになった。

『こうやって、乾いていて燃えやすい葉っぱや小枝を置くんだ。それから火打石を使う。無ければ使える石を探す。火燐石かりんいしが一番いいけれど、扱いを間違えると火傷するから気をつけてね』

『今日は魔法も魔道具も使わないのですか?』

 当然の反応だ。
 人間の魔法が弱まった時代とはいえ、この世には便利な魔道具であふれているのだから。
 ジェドだって火属性の魔法が得意だ。火種程度なら魔道具なしでも出せるし、魔道具を使えば火力調整も思いのままだ。正直言って火打石を使う方が時間がかかる。

『今日は魔法を使わない日なんだ。クソ親父の方針なんだよ。『魔法や魔道具が使えなくなる場合もある。無くても出来るようになっておけ』って。そんな場合、あるわけないのにな』

 火種程度なら消費する魔力はわずかで済む。魔道具だって、使えなくなる前に買い直すか染魔し直せばいいだけだ。

『この程度の火力の魔道具なら、染魔せんまだって安く済むのにな。クソ親父も偏屈へんくつだよ』

 ティリアも頷く。

『……確かにそうですよね。でも、なんだか大切なことのような気がします』

 ティリアは真剣に取り組んだ。その横顔からジェドは目が離せなくなった。

(ティリア。この子はとても賢くて、真面目で、優しくて、芯の強い子だ)

 グインも言っていた。『あの子は立派だ。酷い境遇だったのに、自ら学び行動する意欲を失っていない』と。

(俺はティリアの力になりたい。ずっと側にいたい。けど、王家の犬になるのは嫌だ。だけど……)

 考えながら指導して小一時間。ティリアはとうとう火おこしを成功させた。

『ジェドさん!火がつきました!』

『凄い!やったねティリア!』

 嬉しくて抱き合う。ジェドは、ティリアの背中の華奢さと花のような香りにドキリとした。

『よ、よかったね。これで夕食を作ろう!』

 ジェドはさっと身体を離す。顔が熱くて心臓がうるさい。ティリアの様子をうかがうと、彼女もまた顔を真っ赤にしていた。

(き、気まずい!)

 ジェドはなんとか空気を変えようと、前から気になっていた事を口にした。

『ね、ねえティリア』

『は、はい。ジェドさん』

『その……さん付けと敬語なんだけど止めた方がいいと思う。俺たち歳が近いし、親戚のふりをしてるんだから』

『えっと……敬語を使わない……ですか』

 なんと、ティリアは敬語以外を使ったことがないらしい。

『じゃあ、俺で練習すればいい』

『はい。ジェドくん、よろしくね。……こうですか?あの、ジェドくん?』

 ジェドはさらに真っ赤になって固まったのだった。



 ◆◆◆◆◆



 ティリアと共に旅に出て半月後、とうとう国境を通過した。
 ルディア王国側の関所では出国審査を、フリジア王国側では入国審査を受ける。拍子抜けするほど問題なく通過できた。
 ティリアは、関所を抜けてしばらくしてからジェドにきいた。

『びっくりするくらい簡単に出入り出来るんだね。それとも、ジェドくんたちが冒険者だから?』

『どちらかというと、ルディア王国とフリジア王国うちが長年の友好国だからだと思うよ』

『そうなの?』

『うん。フリジアうちの第一王女グラディス王女殿下が、ルディアの王太子殿下と婚約してるくらいだからね。お二人も仲が良くて、来年には結婚するんだって』

『そうなんだ!素敵だなあ』

 馬車は街道を進む。夕方、魔獣の少ない森にさしかかったので、今日はこの森で野営することになった。
 三人で軽口を叩きながら野営の準備をする。グインが表情を和らげた。

『ひとまずは安心だ。明日か明後日には宿で寝れるぞ』

『はあ、やっとか』

 思わずため息をつくジェド。その頭をグインがぐしゃぐしゃと撫でる。

『チビのくせに良く頑張ってるなぁ~。偉いぞ。ジェド』

『やめろクソ親父!』

『へいへい。……ん?』

 青い小鳥がグインの側まで飛んで来た。そして、グインが差し出した手に止まった瞬間、一枚の手紙になった。
 魔道具【魔法の伝書鳥レターバード】だ。

『クソ親父の飼い主からか?』

『いや、近くの冒険者ギルドからの緊急依頼だ』

 納得した。国境で冒険者資格証を提示したので、グインが近くにいるのがわかったのだろう。
 手紙を読むグインの顔が険しくなっていく。

『……ジェド、ティリア、俺は野暮用が出来た。ここから北で正体不明の魔獣が暴れているらしい。「シルバーランク以上の冒険者は討伐に向かえ」だそうだ』

 一大事だ。ジェドは思わず愛剣の柄を握った。

『二人は野営の準備をして待機していてくれ。ジェド、俺が飛んだら発動させろ』

 グインは懐から魔道具の詰まった袋を取り出し、ジェドに投げ渡した。
 眩い宝石のような魔道具たちは、【結界結晶バリアライト】だ。
 光属性の魔道具で、大量の魔力が込められている。発動させれば一定範囲内に結界を張る。
 グインの持つ【結界結晶バリアライト】は、一番いいものでも姿や音を隠せない。が、魔獣や人などの実体はもとより魔物やゴーストのような実体の無いものも防げる。
 この旅の道中でも何度か使っていたが。

『【結界結晶バリアライト】は数回で使えなくなる。よほどの難所か戦力不足な場合以外では使わない。そう言ったのは親父だよな?俺じゃティリアを守るには力不足ってことか?』

 グインは鼻で笑った。初めて向けられた表情にジェドは息を呑む。

『ああ、力不足だ。お前はまだまだ経験が浅いクソガキでしかない。現に俺に勝てなかっただろう?』

『っ!』

 カッとジェドの頭に血が上る。
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