だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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五章 追憶と誓いの紫

追憶と誓いの紫 一話

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 柔らかな木漏れ日が夕焼け色の髪に落ちる。森の木漏れ日を追うように、琥珀色の目が頭上を見た。

「もう秋だな」

 琥珀色の目の持ち主、ジェドは木に実る紫色の果実に気づいた。
 クリームの実という楕円形の果実だ。地味な色味で子供の拳程度の大きさ。枝葉に紛れるので見つけにくい。
 ジェドは早速、飛び上がって幾つかもいだ。しっかりとした皮には黒褐色の斑点がびっしり浮いてる。食べごろの証だ。
 ナイフで横に切ると独特の甘い芳香が広がった。
 薔薇やジャスミンのような主張の強い類ではない。他の草木の匂いと調和し、ほんの少し鼻をくすぐる。控え目な、それでいて良い香りだ。

(なんだか、誰かを思い出すな)

 丸くて大きい種をほじれば、クリーム色のトロリとした果肉だけになった。
 ジェドは慎重に握りつぶし、果肉を押し出して食べる。香りと味が口の中に広がる。
 甘い。街中で食べられる葡萄のような、蜂蜜のごときはっきりとした甘さではない。どちらかというとぼやけていて、ほんの少し苦味も混じっている。
 けれど、森を歩き疲れた中で食べると舌に馴染み、染み渡るように美味い。

(ティリア。そうか。ティリアに似てるんだ)

 ジェドは大切な人を思い浮かべる。
 彼女は輝くばかりの美しさと稀有けうな能力を持つ魔法使いだ。
 意志も強いが、押し付けがましくない。巨万の富を手に入れるだけの能力を持っているが、慎ましやかな暮らしを愛している控えめな人だ。

(ティリアにも食べさせてあげたいなあ。無理だけど)

 クリームの実は、秋の初めの一時しか採れない。果実は木に成った状態でしか熟さないし、完熟しないと食べられない。
 しかも完熟したら三日と保たないし、冷やすと極端に味が落ちてしまう。
 魔道具である【魔法の保存箱】で【老化停止】すれば保つだろうが、ジェドの手持ちはとっくの昔に魔法の力を失っている。今も背嚢はいのうの中にあるが、ただの箱としてしか使ってない。
 【魔法の保存箱】は、魔道具の中でも高価だ。【染魔せんま】もとい【花染はなそめ】が難しい上に、使う魔法植物がかなり希少なせいだ。
 ジェドはかつてそれを採取し、ティリアに【花染はなそめ】てもらったことがある。

(あの花も紫色だったな。もっと鮮やかだったけど)

 【長老紫苑エルダーアスター
 名前の通り、紫色の紫苑アスターに似た魔法植物だ。魔法属性は時間属性。光、闇と同じ特殊属性で、非常に数が少ない。
 洞窟の中に生え、自らの時を止めて何百年も咲き続ける。ほんのりと光る姿は可憐な野の花の風情だが、触れると鉱物を削って作ったかのように固い。
 この魔法植物の魔法の力で【花染め】なければ、【魔法の保存箱】は使えない。
 また、【花染め】の際には膨大な魔力を必要とする上に、魔法が薄れやすい。頻繁ひんぱんな染め直しが必要だ。

(今や王族しか所有していない最高級品だ)

 十年前までは、ジェドのようなゴールドランク冒険者や大商人なら必ず所持していたというのに。
 とはいえ、ジェドの魔法の保存箱を染め直すのは簡単だ。【長老紫苑エルダーアスター】を採取し、ティリアに頼めばいい。
 本人からも『いつでもあの箱を染め直しますよ』と言われている。そうすれば、ジェドの依頼効率も上がるだろう。

 だが、それはできない。悪目立ちする可能性が高いからだ。

 ジェドは基本的に単独で冒険者活動をしているが、他人と組まない訳でもないし、金ランクとあって注目されている。妙な憶測や下衆の勘繰りは避けたい。

『そうですか……仕方ありませんね』

 説明して断った時、ティリアはとても残念そうだった。

(それもこれも、ルディア王国が国交を制限したせいだ)

 足元に目をやった。熟れ過ぎて落ちたクリームの実が転がっている。
 皮は茶色くしわしわになっている。それでも、ある程度の衝撃を耐えれるので、中身はこぼれてない。
 だが、中身は間違いなく腐っている。食べられないし、踏み潰せば悪臭が出るだろう。

(こっちはルディア王国みたいだな。国を囲む結界という皮は立派だが、中身は腐っている所が。ああ、皮も傷んでいるんだったか)

 ジェドは顔を歪めた。普段の気さくで人の良い『金ランク冒険者ジェド』ではない、荒んだ顔だ。

(とっとと滅んでくれ。ティリアとセレスティアの故郷だけど、要らない)

 ルディア王国によって苦しめられた二人を浮かべる。特に、ティリアを苦しめたことへの怒りは強い。
 この十年間、ジェドは怒り続けていたのだから。

(ティリアはあの国のせいで……もっと、人と関わりたいはずなのに)

 ジェドは、ティリアとの出会いを思い出した。





 ◆◆◆◆◆




 十年前の春。四月に入ってすぐのことだった。
 十四歳のジェドは、冒険者の父親に連れられてルディア王国に入国した。
 国境からの移動は乗合馬車だった。ここから馬車で三日ほど移動して乗り換えてさらに進む。往復には、最低でも半月はかかるらしい。

(ケッ!面倒くせえな)

 ジェドは無言で馬車の壁に背を預け、隣にいる父親とのやり取りを思い出す。
 それは、この馬車に乗り込む直前だった。
 ジェドによく似た顔立ちの父親、グインが淡々とここまで来た目的を話した。

『【若様】からのご命令だ。ある子供を我が国に送り届ける』

 グインの言葉にジェドは鼻白んだ。ジェドは生来ほがらかな性格だが、この頃はやさぐれていた。
 グイン以外の周りは反抗期だと微笑ましく思っていたし、ジェドも否定しなかった。

 だが、実際はもっと深刻な理由からだった。

(何が【若様】だ。親父の飼い主じゃないか)

 【若様】とは、フリジア王国の王弟のことだ。現在は『姫さま』こと第一王女が務めているが、十年前は王弟が【香雪蘭フリージア劇団】の雇用主であった。
 雇用主の呼び名は伝統的に【若様】か【姫様】またはそれに準じる呼び名だ。
 【香雪蘭フリージア劇団】とは、【劇団員】こと王家の密命を受け活動する者たちを管理する機関だ。
 例えばグインのような冒険者であったり、宮廷に勤める文官であったり、農民であったり、ギルドの職員であったり、踊り子であったりと、多岐に渡る。
 最も、グインですら全貌はわかっていない。劇団員同士の交流も薄いという。

(クソ親父め。ふざけやがって)

 ジェドは、半月前までグインの裏の顔を知らなかった。



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