だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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四章 天上の青、地上の雫

天上の青、地上の雫 九話

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 夕飯を終えて、セレスティアは眠りについた。

(ふかふかのベッド、いい気分)

 ティリアの工房兼自宅には、空き部屋が幾つかあった。
 セレスティアとジェドは一部屋づつあてがわれたのだが、何故かジェドは『俺は外で寝る!野営で充分だよ!』と主張した。ティリアは許さなかったが。

(ジェド様、生殺しがどうとか言ってたけどなんだろう?まあいいか。それより……)

 セレスティアは、先ほどのジェドとの会話を思い出した。
 セレスティアは明日、王都で旅の準備してルディア王国に戻りたいと言った。
 ジェドは渋った。行きよりも帰りの方が困難だという。

『ルディアの結界は、出るよりも入る方が難しくなっているはずだ』

 確かにそうだが、セレスティアには魔力の流れが見える【魔眼】がある。多少の時間はかかるかもしれないが、焦らずに見定めれば入れるはずだ。
 他にも理由がある。

(理由を他国人のジェドさんに言うべきではないけど、現政権は信用ならない。父様たちも力さえあれば反旗を翻す気だった。なによりもルディアとフリジアが対立した場合、辺境軍に頼られているジェドさんが巻き込まれる可能性は高い)

 セレスティアは、現政権への不信感もふくめて全てを話すことにした。

『ジェドさんには返しきれない恩があります。結界について、私が知っていることをお教えします。情報と私の見立てが確かなら、結界は不安定なまま安定することはありません。
むしろ、さらに不安定になるでしょう』

『っ!それは何故だい?』

 セレスティアは顔を曇らせた。セレスティアの父が収集した話は酷いものだったから。

『あの結界は、大量の魔道具と魔法使いが維持しているのです』

 魔道具と魔法使いたちは、国境沿いの塔に分けて入れられて働かされている。魔法使いたちは、魔道具の補強があるとはいえ、強力で巨大な結界を張れる優秀な光属性魔法の使い手たちだ。

『本来なら丁重に扱われるべきですが……彼らは虐げられていて、次々と命を落としているそうです。そして、その度に新しい魔法使いを追加しているのですが、だんだんと数も減って実力も下がっている。結界が不安定なのも当たり前ですね』

 彼らは、現政権とは意見が異なる魔法使いたちだ。信じられない暴挙である。

『酷い話です。現政権は、彼らを闇属性魔法の【最上級洗脳】で従わせているらしいです』

『……そうか。噂は本当なんだな』

 ジェドの琥珀色の目が強く光り、厳しい顔になった。

『セレスティア、教えてくれてありがとう』

 その後は、明日何を買うかの相談になった。セレスティアにとっては、結界の中に入ってからの方が心配だ。ジェドはついて来れないのだから。

『食料と服とゴースト避けの護符は必要ですね。まあ、護符に関しては要らないかもしれませんが、念のため』

 セレスティアはゴーストを闇俗世魔法の【忘却】で祓える。
 ジェドは祓えないが、霊感があるので物や人に取り憑いた霊も見ることができる。
 それにセレスティアは、一度倒れてから霊を全く見てない。国境から王都までの道のりでも、一体も見なかった。

「この辺りでも、大規模なゴースト討伐をしたのでしょうか?こんなにゴーストに絡まれないし見かけないのは初めてです」
 
 一瞬、ジェドは複雑な顔になった。

『ああ、そうかもな。俺も戻ったばかりだから知らないけど。……それより、ティリアが君に古着を贈りたいと言っていたよ』

『え!助かります!お二人には、何から何までお世話になりました。いずれご恩返しをさせて下さい』

『とんでもない!ティリアの働きはともかく、俺のやった事なんて大した事ないよ。そんなことより、君が教えてくれた情報の借りは絶対に返すからね』

『そんな大袈裟な』

『いいや。当然の対価だ。君に心残りがないようにすると誓うよ』

 ジェドの真剣な顔と共に話し合いはお開きになった。

 色々と違和感が多い会話だった。その正体は掴めそうで掴めない。まだ考えていたかったが、明日も早いのだから寝なければならない。

(【ガニュメデスの水瓶】を、送り届けなきゃいけないんだから。それまで、私は……)

 セレスティアは青空色の目を閉じ、眠りに落ちた。



 ◆◆◆◆◆



 翌日。朝食の後、ティリアから服を渡された。
 とても綺麗な刺繍が施された、青空色のフード付きローブだ。なんと、古着を天上釣鐘セレストブルーベル花染はなそめてくれたのだと言う。

「わあ綺麗!本当に頂いてよろしいのですか!?」

 しかも、美しいだけではない。しっかり水属性魔法の力で染まっているので、魔道具として使える。

「もちろんです。私にはこんなことしか出来ませんが……」

「とんでもないです!宝物にします!」

 ティリアは眩しそうに目を細め、羽織るようにすすめてくれた。セレスティアはローブを羽織り、外に出た。
 朝の光の中でくるくる回る。ローブの裾が広がる。青い蝶が戯れているかのようだ。

「セレスティア!よく似合っているよ!」

「本当に。姿見でご覧になりますか?」

「いいえ!鏡なら自分で用意できます!」

(【ガニュメデスの水瓶】が無くても、このローブならきっと出来る)

 セレスティアは動きを止めて集中した。

「水面よ水面、磨かれよ。水面よ水面、全てを映せ。水面よ、水面、まことを写す鏡となれ【水鏡】」

 セレスティアの周りを螺旋状に水流が巡り、正面で楕円形にまとまっていく。

(やった!こんなに水属性魔法が上手くいったのはじめて)

 水の楕円は大きく縦長く薄くなり、くすみのない鏡となっていき……。

「……え?」

 写った己の姿に、セレスティアは固まった。

「え?だ……誰?」

 髪と目は青空色だが、顔立ちも背丈も違った。手で触って、その手の形や大きさも己のものとは違うと気づく。

「これは私の身体じゃない」
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