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三章 怠け者の翠風
怠け者の翠風 九話
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長槍を花染め屋に染魔してもらってから七日が経った。
あれからカイは、新しくなった長槍を思うまま扱えるまで練習した。元から愛用していたこともあり、身に馴染むのは早かった。
そして今。カイは山の中に居る。
ここは、王都から東へ馬車で一日の距離にあるイースタリア山だ。【迦楼羅】の好物である蛇型の魔獣が多数生息しているため、数年から十数年おきに群れが飛来するのだという。
カイは山に身を浸すように過ごし、【迦楼羅】を探し出した。山頂に近い崖を仮の縄張りにしているらしく、十羽前後の赤い鳥影が確認出来た。
血気盛んな冒険者、己の武勇を示したがる者なら、飛び立つ瞬間を長槍で射落とそうとするだろう。だが、カイは違った。
(俺は親父と違う。親父が【迦楼羅】を仕留めれなかった理由は、実力不足もあるだろうが……一番はそれだ)
鮮やかな紫色の目を輝かせ、冒険者稼業をこなしていた父親の姿を浮かべる。
カイの父親は、他人に助力を乞わず、罠も策もなく、ただひたすら【迦楼羅】へ向けて長槍を振るった。
他の獲物に対しては柔軟に出来ていたのに、【迦楼羅】にだけはそう出来なかった。
男としての意地か、槍の腕に覚えがあったゆえの矜持だったのか?カイは知らない。
(知ったことか)
カイは、父親と同じ轍を踏む気はない。
カイは元傭兵だ。【黄金鷲団】は比較的良心的な傭兵団だったが、夜襲に罠に掠奪に裏切りはお手のものだった。
(【迦楼羅】討伐だって同じだ。俺が一番面倒くさくねえやり方で、一気にやる)
カイは【迦楼羅】の群れから目を逸らし、山の奥深くへ向かった。
三日後、カイは山の中腹に当たる場所にいた。
巨木が立ち並び、足元は枯葉と低木と苔で埋もれている。そこで身を潜めた。
時刻は昼前だ。木漏れ日が差し込みはするが、鬱蒼とした山の中は薄暗い。カイは茂みの隙間から、巨木のウロをじっと見ていた。
小屋ぐらいなら収まりそうなほどの大きさのそこは、【水大蛇】の巣だ。この蛇に似た魔獣は、強力な水魔法を使う。
捕食者として動物や魔獣を喰らうが、【迦楼羅】にとっては良い餌だ。
(そろそろだな……)
木のウロから【水大蛇】が出てきた。青黒い鱗が、わずかな木漏れ日を反射して青く光る。
【水大蛇】は、のっそりと動く。水場である湖の方向へ。
カイも着いていく。音を極力立てないよう、気配を殺して。
【水大蛇】は茂みをかき分け木々の合間を縫うようにして進み、湖に着いた。
青空から燦々と初夏の日の光が降り注ぐ。湖面は静かで深い青緑色に輝いていた。
この【水大蛇】は、毎朝ここに水を飲みに来る。他の魔獣や動物たちもいるので、多くの生き物たちの水場になっているのだろう。
しかも。
(珍しい。今日はもう一匹【水大蛇】がいる。これは期待できる)
水を飲んで一息ついたのか、【水大蛇】同士で鎌首をもたげて会話のようなものをしている。
穏やかな時が流れ……突如その平穏が破られた。
「ゴオオオオッ!」
風が鳴る。赤い閃光が青空を切り裂き、【水大蛇】たちを襲う。
「フシュルルルッ!」
【水大蛇】たちは水魔法で壁を作り、赤い閃光……【迦楼羅】の炎の攻撃を防いだ。
(来た!【迦楼羅】だ!やっと来た!)
珍しくカイは興奮した。
【水大蛇】たちと【迦楼羅】は激しい戦いを繰り広げる。【水大蛇】たちは水を刃のようにして【迦楼羅】を攻撃し、【迦楼羅】は炎を吐いて迎え打つ。
周りの魔獣や動物は逃げ、辺りの木々が荒らされていく。
(二対一だ。おまけに【水大蛇】に優位な湖だが……【迦楼羅】の方が優勢だな)
【水大蛇】の魔法で湖の水が盛り上がり、【迦楼羅】を飲み込み丸まった。
しかし、【迦楼羅】は高温の炎をまとい、その水の檻から飛び出す。
ドシュッ!ドシュッ!
【迦楼羅】は炎を矢のごとく飛ばし、片方の【水大蛇】を仕留めた。
「シュー!シュウウウッ!」
もう一匹が再び水の檻を作ろうとするが、【迦楼羅】は高速で飛び、炎を纏わせた翼で首を切り落とした。
「ティルルル!リルルル!」
勝鬨だろうか。【迦楼羅】は美しい鳴き声を湖上に響かせてから、獲物を脚で掴んだ。
恐らく、群れに戻ってから食べる気だろう。
(悪いな。そうはさせねえよ)
観察しているうちにわかった。【迦楼羅】の群れは、それぞれ役割が決まっている。主に仔供を育てる個体、住処を守る個体、巣材を探す個体、狩りに出る個体というように。
カイは、狩りに出る個体が来て力を使うのを待っていた。
「槍よ。我が槍よ。風をまといて空を駆けよ。空を駆けて我が敵をつらぬけ。槍よ。我が槍よ……」
カイは長槍を構えて静かに詠唱し、絶好の瞬間を待つ。
【迦楼羅】の身体が浮き上がった。
「今だ!【疾風の槍】!」
カイが長槍を投げた次の瞬間。全てが終わっていた。長槍は風をまとい凄まじい速さで飛び、【迦楼羅】の首と翼の間に突き刺さったのだ。
「リィッ!……ギッ……ッ……!」
【迦楼羅】はその場にうずくまった。カイは駆け寄って獲物の状態を確かめた。
(刃が突き刺さるどころか、柄の半ばまで入り込んでやがる)
カイは長槍の威力に舌を巻いた。雷光狐の時とは違い、【迦楼羅】は完全に息の根が止まっている。
長槍を引き抜くと、力が抜けて尻餅をついた。
「本当に【迦楼羅】を仕留めちまった……」
呆然と呟き、血を流す【迦楼羅】を眺める。美しい金の嘴、脚、赤い羽毛、そして……。
「これは、まさか」
翼の、風切り羽根だけが赤くない。鮮やかな紫色だった。
かつて良く見た。カイの父親の目と同じ色。
「まさか、親父が執着した理由はこれか?」
装飾品に興味の無いカイでも知っている。
首飾りの台座に嵌められるのは、石だけでは無い。
美しい羽根もまたその役割を果たすことを。
あれからカイは、新しくなった長槍を思うまま扱えるまで練習した。元から愛用していたこともあり、身に馴染むのは早かった。
そして今。カイは山の中に居る。
ここは、王都から東へ馬車で一日の距離にあるイースタリア山だ。【迦楼羅】の好物である蛇型の魔獣が多数生息しているため、数年から十数年おきに群れが飛来するのだという。
カイは山に身を浸すように過ごし、【迦楼羅】を探し出した。山頂に近い崖を仮の縄張りにしているらしく、十羽前後の赤い鳥影が確認出来た。
血気盛んな冒険者、己の武勇を示したがる者なら、飛び立つ瞬間を長槍で射落とそうとするだろう。だが、カイは違った。
(俺は親父と違う。親父が【迦楼羅】を仕留めれなかった理由は、実力不足もあるだろうが……一番はそれだ)
鮮やかな紫色の目を輝かせ、冒険者稼業をこなしていた父親の姿を浮かべる。
カイの父親は、他人に助力を乞わず、罠も策もなく、ただひたすら【迦楼羅】へ向けて長槍を振るった。
他の獲物に対しては柔軟に出来ていたのに、【迦楼羅】にだけはそう出来なかった。
男としての意地か、槍の腕に覚えがあったゆえの矜持だったのか?カイは知らない。
(知ったことか)
カイは、父親と同じ轍を踏む気はない。
カイは元傭兵だ。【黄金鷲団】は比較的良心的な傭兵団だったが、夜襲に罠に掠奪に裏切りはお手のものだった。
(【迦楼羅】討伐だって同じだ。俺が一番面倒くさくねえやり方で、一気にやる)
カイは【迦楼羅】の群れから目を逸らし、山の奥深くへ向かった。
三日後、カイは山の中腹に当たる場所にいた。
巨木が立ち並び、足元は枯葉と低木と苔で埋もれている。そこで身を潜めた。
時刻は昼前だ。木漏れ日が差し込みはするが、鬱蒼とした山の中は薄暗い。カイは茂みの隙間から、巨木のウロをじっと見ていた。
小屋ぐらいなら収まりそうなほどの大きさのそこは、【水大蛇】の巣だ。この蛇に似た魔獣は、強力な水魔法を使う。
捕食者として動物や魔獣を喰らうが、【迦楼羅】にとっては良い餌だ。
(そろそろだな……)
木のウロから【水大蛇】が出てきた。青黒い鱗が、わずかな木漏れ日を反射して青く光る。
【水大蛇】は、のっそりと動く。水場である湖の方向へ。
カイも着いていく。音を極力立てないよう、気配を殺して。
【水大蛇】は茂みをかき分け木々の合間を縫うようにして進み、湖に着いた。
青空から燦々と初夏の日の光が降り注ぐ。湖面は静かで深い青緑色に輝いていた。
この【水大蛇】は、毎朝ここに水を飲みに来る。他の魔獣や動物たちもいるので、多くの生き物たちの水場になっているのだろう。
しかも。
(珍しい。今日はもう一匹【水大蛇】がいる。これは期待できる)
水を飲んで一息ついたのか、【水大蛇】同士で鎌首をもたげて会話のようなものをしている。
穏やかな時が流れ……突如その平穏が破られた。
「ゴオオオオッ!」
風が鳴る。赤い閃光が青空を切り裂き、【水大蛇】たちを襲う。
「フシュルルルッ!」
【水大蛇】たちは水魔法で壁を作り、赤い閃光……【迦楼羅】の炎の攻撃を防いだ。
(来た!【迦楼羅】だ!やっと来た!)
珍しくカイは興奮した。
【水大蛇】たちと【迦楼羅】は激しい戦いを繰り広げる。【水大蛇】たちは水を刃のようにして【迦楼羅】を攻撃し、【迦楼羅】は炎を吐いて迎え打つ。
周りの魔獣や動物は逃げ、辺りの木々が荒らされていく。
(二対一だ。おまけに【水大蛇】に優位な湖だが……【迦楼羅】の方が優勢だな)
【水大蛇】の魔法で湖の水が盛り上がり、【迦楼羅】を飲み込み丸まった。
しかし、【迦楼羅】は高温の炎をまとい、その水の檻から飛び出す。
ドシュッ!ドシュッ!
【迦楼羅】は炎を矢のごとく飛ばし、片方の【水大蛇】を仕留めた。
「シュー!シュウウウッ!」
もう一匹が再び水の檻を作ろうとするが、【迦楼羅】は高速で飛び、炎を纏わせた翼で首を切り落とした。
「ティルルル!リルルル!」
勝鬨だろうか。【迦楼羅】は美しい鳴き声を湖上に響かせてから、獲物を脚で掴んだ。
恐らく、群れに戻ってから食べる気だろう。
(悪いな。そうはさせねえよ)
観察しているうちにわかった。【迦楼羅】の群れは、それぞれ役割が決まっている。主に仔供を育てる個体、住処を守る個体、巣材を探す個体、狩りに出る個体というように。
カイは、狩りに出る個体が来て力を使うのを待っていた。
「槍よ。我が槍よ。風をまといて空を駆けよ。空を駆けて我が敵をつらぬけ。槍よ。我が槍よ……」
カイは長槍を構えて静かに詠唱し、絶好の瞬間を待つ。
【迦楼羅】の身体が浮き上がった。
「今だ!【疾風の槍】!」
カイが長槍を投げた次の瞬間。全てが終わっていた。長槍は風をまとい凄まじい速さで飛び、【迦楼羅】の首と翼の間に突き刺さったのだ。
「リィッ!……ギッ……ッ……!」
【迦楼羅】はその場にうずくまった。カイは駆け寄って獲物の状態を確かめた。
(刃が突き刺さるどころか、柄の半ばまで入り込んでやがる)
カイは長槍の威力に舌を巻いた。雷光狐の時とは違い、【迦楼羅】は完全に息の根が止まっている。
長槍を引き抜くと、力が抜けて尻餅をついた。
「本当に【迦楼羅】を仕留めちまった……」
呆然と呟き、血を流す【迦楼羅】を眺める。美しい金の嘴、脚、赤い羽毛、そして……。
「これは、まさか」
翼の、風切り羽根だけが赤くない。鮮やかな紫色だった。
かつて良く見た。カイの父親の目と同じ色。
「まさか、親父が執着した理由はこれか?」
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首飾りの台座に嵌められるのは、石だけでは無い。
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