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三章 怠け者の翠風
怠け者の翠風 七話
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倒れた【雷光狐】は、血を吐きながら天を仰ぐ。無言の悲鳴に呼応し、雷鳴が轟いた。
『ドオオオーン!!!』
カイのいた地面が雷でえぐれ草が焦げた。勢いを増した雨が炎を消すが、カイの姿は無い。それもそのはずだ。
『あっぶねえ……やばかったな』
カイは素早く横様に飛んで避け、そのまま丘の下の方まで転がっていた。あちこち擦り傷や打ち身で痛いが、どうやら大きな傷はないようだ。身体についた草や虫の死骸を払いながら、【雷光狐】の様子を伺う。
『今度こそ死んだな。仕留め損なったのはまずかった』
近づいて確認したが、長槍は喉をつらぬいており、ほぼ首の皮一枚で繋がっていた。
人間や、ただの動物なら即死だっただろう。
(やっぱり魔獣は人間と勝手が違うな)
魔獣は魔物や霊よりは倒しやすいと言われる。魔法だけではなく、物理攻撃も効くからだ。
(だけど、魔法での攻撃の方が効果がある)
メンダーたちの言う通り長槍を染魔し直さなければ、【雷光狐】より強い魔獣とされる【迦楼羅】を討伐出来ないだろう。
(まあ、この長槍で風魔法が使えた時でさえ、親父は討伐出来なかったがな)
カイは頭を振って切り替え、本命の【風切矢車菊】の採取にかかった。
ぐずぐずしていると、また【地震兎】どもが出てくる。手早くやらなければならない。
『やれやれ。面倒くせえ』
カイは愚痴りながらも、無事な【風切矢車菊】を探し出して採取し、状態のいい魔獣の死骸と共に持ち帰った。
◆◆◆◆◆
カイはその日のうちに王都に帰った。
すでに日が落ちていたが冒険者ギルドは開いている。カウンターにいたメンダーは、ミント色の髪をゆらして駆け寄ってきた。
『うわ!いっぱい背負ってる!すげえ!見せて見せて!』
『うお!まとわりつくな!犬かお前は!』
『メンダー!落ち着け!……カイさんすみません。ここではなんですから、こちらにどうぞ』
ミンディが疲れた顔で別室に案内してくれた。そして、メンダーとミンディはカイの成果に嬉しい悲鳴を上げる。
当然だ。本命の【風切矢車菊】二輪はもとより、ある程度傷んでいるが【雷光狐】一匹と【地震兎】数羽が手に入ったからだ。
『おっしゃー!カイさんをスカウトした俺たちの目が確か過ぎる!特別支給もらったあああ!』
『ありがとうございます!次は【迦楼羅】討伐ですね!期待していますよ!』
なるほど。やたら親切というか冒険者にさせたがっていたのは、優秀な人材をスカウトすることで恩恵があるかららしい。
カイは、情だの善意だのでなくて安心した。
(まあ、【迦楼羅】討伐をすませて冒険者を辞めるまでの付き合いだ。どうでもいい)
『カイさん!これからも頼むよ!怠け者のカイさんには面倒くさいだろうけどさ!冒険者ギルドはちゃんと報酬は払うし、支援も惜しまないから!辞めないでね!』
『……』
(こいつ、本当に俺の心を読んでるみてえだな。妙な奴だ。まあ、魔物でもないのにそんな訳はないか)
それに、手放しで褒められて悪い気はしない。
(いや、変に馴染む前に早く討伐しないと駄目だ。今日はゆっくり寝て、明日の昼過ぎ辺りに例の【花染め屋】のところに行こう)
カイはそう考え、二人に話した。
『だからよお。明日、お前らのどっちかが、その【静寂の森】の入り口まで案内するか、地図を……お前ら、どうした?』
メンダーとミンディは黄色い目を釣り上げた。双子なだけあって、同じ表情だと見分けがつかないなと、カイは現実逃避した。
それくらい、二人は凄まじい形相でまくしたてた。
『は?まさかとおもうけど、その泥と草の汁と虫の死骸まみれの服と革鎧で行く気?正気?洗うか古着を買うかするよね?あと、風呂にも入るよね?前から臭くて汚かったけど今日は酷すぎ。
は?洗わないし買わないし入らない?何考えてんの?獣みたいな討伐の仕方したせいで、脳みそまで獣並みになったの?
大体さあ、この三日間ろくな飯を食べてないだろ?それなのに、明日染魔したその脚で【迦楼羅】討伐に行くつもり?本当に何考えてんの?何も考えてないの?』
『一仕事終えたのですから休息を取るのは当然です。僕の見立てですが、丸三日は休んだ方がいいでしょう。
は?今は平気?そう思っていても、後から疲労が出るのは良くあることですよ。すぐ近くに公衆浴場があるので、とりあえず入って下さい。着替えも用意しますから、その服と革鎧は洗濯屋に渡して下さい。
は?風呂も着替えも洗濯も金がかかる?確かにタダじゃないですが、ケチるほどの値段でもないです。そもそも最低限の身嗜みと装備の手入れは基本でしょう。
それでは、風呂から上がったらまたギルドに来てください。医療班の診察を受けてもらいます。ギルドに所属していれば診察はタダ、治療も格安なんですから絶対来てくださいよ』
『お……おう。わかった……』
(おしゃべりのメンダーはともかく、堅物のミンディまで面倒くせえことになった)
カイは二人の勢いに押され、しっかり休まされることになった。丸一日ぐっすり寝てから、たっぷり食べる。
食べながら思うのは、やはり【迦楼羅】と首飾りのことだった。
(【迦楼羅】を討伐したら、何かわかるかもしれねえ)
カイの空っぽの心に、ほんの少し期待が生まれた。
『ドオオオーン!!!』
カイのいた地面が雷でえぐれ草が焦げた。勢いを増した雨が炎を消すが、カイの姿は無い。それもそのはずだ。
『あっぶねえ……やばかったな』
カイは素早く横様に飛んで避け、そのまま丘の下の方まで転がっていた。あちこち擦り傷や打ち身で痛いが、どうやら大きな傷はないようだ。身体についた草や虫の死骸を払いながら、【雷光狐】の様子を伺う。
『今度こそ死んだな。仕留め損なったのはまずかった』
近づいて確認したが、長槍は喉をつらぬいており、ほぼ首の皮一枚で繋がっていた。
人間や、ただの動物なら即死だっただろう。
(やっぱり魔獣は人間と勝手が違うな)
魔獣は魔物や霊よりは倒しやすいと言われる。魔法だけではなく、物理攻撃も効くからだ。
(だけど、魔法での攻撃の方が効果がある)
メンダーたちの言う通り長槍を染魔し直さなければ、【雷光狐】より強い魔獣とされる【迦楼羅】を討伐出来ないだろう。
(まあ、この長槍で風魔法が使えた時でさえ、親父は討伐出来なかったがな)
カイは頭を振って切り替え、本命の【風切矢車菊】の採取にかかった。
ぐずぐずしていると、また【地震兎】どもが出てくる。手早くやらなければならない。
『やれやれ。面倒くせえ』
カイは愚痴りながらも、無事な【風切矢車菊】を探し出して採取し、状態のいい魔獣の死骸と共に持ち帰った。
◆◆◆◆◆
カイはその日のうちに王都に帰った。
すでに日が落ちていたが冒険者ギルドは開いている。カウンターにいたメンダーは、ミント色の髪をゆらして駆け寄ってきた。
『うわ!いっぱい背負ってる!すげえ!見せて見せて!』
『うお!まとわりつくな!犬かお前は!』
『メンダー!落ち着け!……カイさんすみません。ここではなんですから、こちらにどうぞ』
ミンディが疲れた顔で別室に案内してくれた。そして、メンダーとミンディはカイの成果に嬉しい悲鳴を上げる。
当然だ。本命の【風切矢車菊】二輪はもとより、ある程度傷んでいるが【雷光狐】一匹と【地震兎】数羽が手に入ったからだ。
『おっしゃー!カイさんをスカウトした俺たちの目が確か過ぎる!特別支給もらったあああ!』
『ありがとうございます!次は【迦楼羅】討伐ですね!期待していますよ!』
なるほど。やたら親切というか冒険者にさせたがっていたのは、優秀な人材をスカウトすることで恩恵があるかららしい。
カイは、情だの善意だのでなくて安心した。
(まあ、【迦楼羅】討伐をすませて冒険者を辞めるまでの付き合いだ。どうでもいい)
『カイさん!これからも頼むよ!怠け者のカイさんには面倒くさいだろうけどさ!冒険者ギルドはちゃんと報酬は払うし、支援も惜しまないから!辞めないでね!』
『……』
(こいつ、本当に俺の心を読んでるみてえだな。妙な奴だ。まあ、魔物でもないのにそんな訳はないか)
それに、手放しで褒められて悪い気はしない。
(いや、変に馴染む前に早く討伐しないと駄目だ。今日はゆっくり寝て、明日の昼過ぎ辺りに例の【花染め屋】のところに行こう)
カイはそう考え、二人に話した。
『だからよお。明日、お前らのどっちかが、その【静寂の森】の入り口まで案内するか、地図を……お前ら、どうした?』
メンダーとミンディは黄色い目を釣り上げた。双子なだけあって、同じ表情だと見分けがつかないなと、カイは現実逃避した。
それくらい、二人は凄まじい形相でまくしたてた。
『は?まさかとおもうけど、その泥と草の汁と虫の死骸まみれの服と革鎧で行く気?正気?洗うか古着を買うかするよね?あと、風呂にも入るよね?前から臭くて汚かったけど今日は酷すぎ。
は?洗わないし買わないし入らない?何考えてんの?獣みたいな討伐の仕方したせいで、脳みそまで獣並みになったの?
大体さあ、この三日間ろくな飯を食べてないだろ?それなのに、明日染魔したその脚で【迦楼羅】討伐に行くつもり?本当に何考えてんの?何も考えてないの?』
『一仕事終えたのですから休息を取るのは当然です。僕の見立てですが、丸三日は休んだ方がいいでしょう。
は?今は平気?そう思っていても、後から疲労が出るのは良くあることですよ。すぐ近くに公衆浴場があるので、とりあえず入って下さい。着替えも用意しますから、その服と革鎧は洗濯屋に渡して下さい。
は?風呂も着替えも洗濯も金がかかる?確かにタダじゃないですが、ケチるほどの値段でもないです。そもそも最低限の身嗜みと装備の手入れは基本でしょう。
それでは、風呂から上がったらまたギルドに来てください。医療班の診察を受けてもらいます。ギルドに所属していれば診察はタダ、治療も格安なんですから絶対来てくださいよ』
『お……おう。わかった……』
(おしゃべりのメンダーはともかく、堅物のミンディまで面倒くせえことになった)
カイは二人の勢いに押され、しっかり休まされることになった。丸一日ぐっすり寝てから、たっぷり食べる。
食べながら思うのは、やはり【迦楼羅】と首飾りのことだった。
(【迦楼羅】を討伐したら、何かわかるかもしれねえ)
カイの空っぽの心に、ほんの少し期待が生まれた。
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