だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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三章 怠け者の翠風

怠け者の翠風 六話

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 翌日、【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】の採取に向かった。
 『ついでに魔獣が獲れたらそれもよろしく!』とは、メンダーのリクエストだ。
 どうも、あの薄荷はっか頭のお喋りの言いなりになっているが、今のところ損はしてないのでよしとする。

(面倒くせぇが、さっさとやるか)

 カイは辻馬車を拾って、王都から西にある小高い丘陵地帯に向かった。着く頃には昼過ぎになっていた。
 空は曇りがちで日差しが柔らかい。やや強い風が、夏草を撫ぜる音が心地いい。

(ああ~。昼寝でもしてえなあ。面倒くせえなあ)

 カイはそう思いながらも、地図を片手に慎重に観察しながら歩く。【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】が目撃された地点に近づいて来たが、足を止めて身を低めた。

(こっから先に居るな)

 周りより一段高くなったあたりに、澄んだ緑色の輝きがチラついている。目をこらすと、花の形をしているのが確認出来た。
 あれが【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】だろう。
 だが、その花を好む魔獣たちもいる。
 カイは地面に耳をつけて音を聞いたり、目を細めて観察した。

(独特の足音と、チラッと見えた毛色……。情報通り、【地震アースシェイクラビット】の群れか。数が多いな。三十……いや、もっといる)

 【地震アースシェイクラビット】(アースシェイクラビット)は、ふわふわの薄茶色の毛皮を持つ愛らしい魔獣だ。
 名前の通り、兎に似ている。土属性の魔獣だが、風属性の【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】を好む。
 地面を揺らす魔法と、石粒に魔力を込めて射出する魔法が使える。一羽、二羽では弱い魔獣で、青銅ブロンズランクの冒険者がよく討伐している。
 だが、十羽以上の群れになると厄介だ。
 名前の通り地震、地割れを起こし、力を合わせて土石流で敵を飲み込み、石壁で防御するのだ。こうなると、シルバーランク以上の冒険者でなければ討伐できない。

(しかも【地震アースシェイクラビット】だけじゃねえ。それに、【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】の風魔法もある。
まあ、風魔法は致命傷になるほど強くはないらしいし、他にも弱点がある。そこまでの脅威じゃねえが……花を傷つけず根っこから取らねえといけねえ。傭兵時代の荒っぽいやり方じゃあ駄目だな。ああ、面倒くせえ!)

 カイはうなった。

(同じような丘はいくらでもある。他を探すか?いや、それも面倒くせえなあ。あったとしても、そこも【地震アースシェイクラビット】か、他の魔獣の縄張りだろうしなぁ。さて、どうするか)

 ふと、父親が『魔獣討伐でも素材採取でも、よく周囲を観察しながら行動しろ』と口を酸っぱくして言っていたことを思い出す。

『カイ、お前は人とは違う。周りに馴染むことは出来ねえだろう。だから冒険者になれるよう仕込んでやる。いつでもどこでも、よく周りを見てから行動しろ。常に周囲の気配や音に気を配れ』

 父親はいつも陽気な男だったが、冒険者としての心得を叩き込み、生きる術を伝える時だけは違った。
 紫の目も温かな声も厳しかった。カイは面倒くせえと思いつつも、素直に吸収したものだ。

(いや、冒険者になんざならねえし)

 カイは一気にやる気を無くした。その場に伏せたまま目を閉じる。
 耳で聞きながら、周囲の気配を感じながら、思いを巡らせまた目を開けた。

(俺が一番面倒くさくねえやり方で、一気にやる)

 カイは観察を続けた。


 夕方になり、少し離れた場所にある小屋に引き返すことにした。小屋は無人で、訪れた者が自由に使えるようになっている。
 この世界における夜は危険だ。夜行性の魔獣はもちろん、魔物や幽霊ゴーストの力が強まる。野営は厳重な警戒が必要となる。
 しかし、魔物や幽霊が入れない密封性の高い馬車やテントをもっていたり、結界を張れる者ばかりではない。
 その為、街道や街に近い野山には、こういった小屋か宿があるのだ。
 カイは床に座り込み、携帯食料を背嚢はいのうから出した。

(しっかり食って寝て、明日からにそなえねえとな)

 カイは時を待つ。待つだけの『楽ができる心当たり』を、さっき耳で聞き、目で見ていたからだ。



 翌朝、カイはあの丘に戻り、身を低くして観察を続けた。

 じっと目で見、耳で聞く内に【地震アースシェイクラビット】の生態もわかる。
 彼らは【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】が生える丘に巣穴を掘っていて、朝日と共に出てきて草を食んだり、遊んだりしている。
 ふわっふわの薄茶色の兎たちが戯れる様は愛らしいが、カイは和んだりしない。【地震アースシェイクラビット】が可憐なのは見た目だけだ。
 ザシュッ!風が空を切る音がした。
 【風切ウェンディ矢車菊コーンフラワー】が、己を食べる【地震アースシェイクラビット】に風魔法を放ったのだ。
 人間なら流血しただろうが、丈夫な毛皮はビクともしない。

(おっかねえ。流石は防具に使われるだけあるな)

 それに、【地震アースシェイクラビット】は警戒心が強い。数羽で連れ立って移動したりもするが、丘から十羽以上が離れることはまず無く、日が沈む少し前に巣穴に戻る。
 彼らはとにかく、静かで気配が薄い。天敵から身を隠しているのだ。

(早く来い)

 カイは、長槍と空っぽの首飾りを握りながら時を待った。

 三日目。しとしとと小雨が降る朝。その時が来た。

 【地震アースシェイクラビット】の天敵の一つ、【雷光サンダーライトフォックス】の襲撃だ。

『キー!キー!』

 【地震アースシェイクラビット】たちの警戒音が空気を切り裂く。
 カイは細い雨にけぶる光景に目をこらす。

『ピキイイィッ!……!』

 ゴキンッ!【地震アースシェイクラビット】の大半が小さな巣穴に逃げ込んだが、逃げ遅れた一羽が【雷光サンダーライトフォックス】の牙に首を折られた。
 仲間を殺され悲痛に鳴く【地震アースシェイクラビット】たち。
 ダン!ダン!ダン!後ろ脚で地面を叩く。地震地割れを起こしたり、石粒を飛ばそうとしているのだろう。
 しかし、【雷光サンダーライトフォックス】が空を見上げる方が速い。

(来る!)

 カイは急いで耳に古布で作った耳栓を入れる。

『イーィーイイイーーーンンン!……ドォン!バリバリバリ!』

 甲高く耳障りな鳴き声と共に雷が何本も落ちる。
 これこそが、雷属性の【雷光サンダーライトフォックス】の必殺の魔法だ。雲に魔法をかけることで、対象に雷を落とす。
 凄まじい威力と精度のため、【雷光サンダーライトフォックス】は一匹でも銀ランク冒険者が討伐するのが望ましいとされる。

(やっぱり、雲が増えるまで待っていたか)

 逃げ遅れた【地震アースシェイクラビット】は全滅した。
 カイは身を屈めたまま、素早く近づく。出来るだけ音を立てないよう、気配を出さないようにして。
 【雷光サンダーライトフォックス】は、その場でゆうゆうと食事しだした。まだ若い。己の力を誇示し、酔いしれ、油断しているのが良くわかる。
 それだけ、カイは【雷光サンダーライトフォックス】に接近していた。

(今だ!)

 カイは伏せたまま、渾身の力で長槍を投げた。
 ブォン!と、音を鳴らして長槍が飛ぶ。痩せ細ったカイの見た目からは想像つかない速さと鋭さ。
 ドシュッ!【雷光サンダーライトフォックス】はつらぬかれた。
 丁度首をつらぬいたため、【雷光サンダーライトフォックス】は声を上げることも出来ずその場に倒れ……。

(いや、まだ生きてる!)
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