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三章 怠け者の翠風

怠け者の翠風 四話

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 メンダーとミンディと出会った次の日の夕方、カイは【古道具の迷宮】に来た。
 メンダーも一緒だ。冒険者ギルドで審査と登録を済ませたところ。

『その長槍は手入れと【染魔せんま】をし直した方がいいね。当てがあるから着いてきて』

 と、言われて案内されたのだ。

(長槍の手入れはともかく【染魔せんま】し直す?何言ってんだコイツ)

 カイは不信感を抱いたが、とりあえず着いていった。

(俺が何も知らないと思って、騙す気か?)

 魔法使いではないカイだが、基本的な知識はある。
 かつてと違い、人間の魔法は弱くなってしまった。その魔法を補強するためには魔道具が必要だ。
 魔道具さえあれば、魔法使いでなくてもある程度は魔法を使える。そしてその魔道具には【染魔せんま】という、魔法植物の持つ魔法の力を染める必要がある。
 ただし、この【染魔せんま】が出来るのはルディア王国にいる【染魔せんまの一族】あるいは【真の魔法使い】と呼ばれる魔法使いたちだけである。

(ルディア王国が引きこもってから、魔道具を【染魔せんま】し直すのは王侯貴族でも難しいはずだ)

 現に、まだ使える魔道具は古魔道具でも高額で取引されている。

『今から行く所で話すことは内緒にしてね。カイさんを信用して案内するんだから』

『そりゃどうも』

(俺を信用してるだと?会ったばかりで何言ってんだこいつ)

 カイは呆れたが、いざとなったら逃げればいいだけだと切り替える。

『そんなに警戒しなくてもいいのにー。あ、あそこだよ』

 メンダーは、まるでカイの心を読んだかのように笑った。

(変な奴だ)

 たどり着いた場所は古道具屋だった。意外にも、古魔道具専門店でも武具の工房でもない。
 メンダーは勝手知ったるといった様子で中に入っていく。

『おっさん、見て。使える?今日冒険者になったばかりなのに、青銅ブロンズランク認定が降りた実力者だよ。おっさんの目で見ても問題ないなら、手入れ他諸々よろしく』

『挨拶も出来ねえのかクソガキ』

 カウンターに座る店主は思い切り顔をしかめた。
 眼鏡をかけた四十代くらいの男だ。白髪混じりの灰色の髪と、似たような色の目をしている。店主はギロリとカイと、カイが持つ長槍をにらんだ。腹の底まで探るような目だ。

(面倒くせえ目だ)

 カイは少し身を引き、長槍を握り直した。ややあって、店主の眼差しが僅かに緩み、何かを納得した様子で頷いた。

『まあいいだろう。おい、長槍を寄越せ』

 カイは素直に渡した。店主はまず刃の革鞘を外し、刃の切先から石突までじっくりと眺め、形を確かめるように触れた。

『風属性の魔道具だな。魔道具として使われたのは十六年前が最後、それからお前さんが手に入れて武具として使っていた。お前さん自身が魔法を放ったことはない。違うか?』

『は?なんでわかった?』

『その程度のことは見ればわかる。傷みはひどいが魔道具としては問題ない。【染魔せんま】し直せば充分使えるだろう』

 店主は長槍をカイに渡し、そのままカイに向かって手をかざした。

『おっ。魔力量もそれなりにあるな。無茶な使い方さえしなきゃ死なねえだろう』

『おっさんが言うなら間違いない』

 メンダーはニヤッと笑ってカイを見た。カイは首を傾げるばかりだ。

『なあ、あんたは魔法使いか?その髪色と、【染魔せんま】できるっていうとルディア人か?』

『【染魔せんま】するのは俺じゃない』

『うん。この近くの【静寂の森】にいるよ』

 質問を微妙にはぐらかされた。追求しようとも思ったが『面倒くせえ』ことになる気がしてやめる。

『うんうん。カイさんのそう言う面倒くさがりというか、余計なことを考えないというか、勘のいい所が気に入ったんだよね。都合がいいから。おっさん、こう言う人だし静寂の森に案内していいよね?』

『まあ良いだろう。この長槍と相性のいい魔法植物の名前を書き出してやるから、後は勝手にしろ』

『はいはい』

 店主は幾つかの魔法植物の名前を書きつけ、メンダーに渡す。

『この中だと【風切ウィンディ矢車菊コーンフラワー】が一番楽に採取できるよ。近くの丘とか草原にいくらでも生えてる。魔獣への警戒は必要だけど』

 【風切ウィンディ矢車菊コーンフラワー】は、風属性の魔法植物だ。
 鮮やかなエメラルドグリーンで、矢車菊に似てるからこの名前がつく。名前の通り風を巻き起こし、風属性の魔獣が食べるとその力を補強する。
 また、日当たりのいい丘や草原によく生えるので、風属性以外の魔獣や動物からも好まれている。

『なんでそれを採取しなきゃならねえんだ?面倒くせえな』

『カイさんにもちゃんと説明するね』

 メンダーはなぜ魔法植物の採取が必要なのか、そして【静寂の森】に住む【花染はなそめ屋】と、【染魔せんま】の対価について説明した。

『【花染はなそめ屋】は、霧に閉ざされた静寂の森に暮らす【染魔せんま】ができる魔法使いのことだよ』

 メンダーいわく、【染魔せんま】を依頼するためには、魔法植物の花が二輪と、客がなぜ依頼をするに至ったか物語るのが必要なのだという。

 胡散臭い話だが、とりあえず言う通りにすることにした。

(どうせ、他にやることもねえしな。面倒くせえが。ああ、そうだ)

 カイは首飾りを外し、店主に見せた。

『あんた、この首飾りの台座に何がはまっていたかわかるか?』

 店主は空っぽの台座を少しだけ観察し、カイに返した。

『この台座には、何も嵌ったことはない』

『……それは確かか?』

『ああ、そもそも何かを嵌めていれば、台座に跡がつくはずだ。多少の傷みはあるが、台座の爪をいじった様子も、何かを接着した様子もない。新品だな』

 そんなはずはない。言いかけて、カイはやめた。なんとなく、店主は嘘をついていないという確信があった。
 カイは店を出て、メンダーと別れて宿に戻った。食べる気がしなくて、寝台に座って首飾りをいじった。

『なにも嵌ったことはない?そんなことがあるか?』

 この首飾りは母親の形見だった。
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