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二章 桃色は爛漫の恋をする

桃色は爛漫の恋をする 十二話

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 ラリアと共に応接室に入った。想像よりも落ち込んだ顔で、アイバーが立ちすくんでいた。

「リズさん。この度は、誠に申し訳ございませんで……」

「はい。許します」

 気づけば言葉が出ていた。アイバーは、中途半端に頭を下げたまま固まっている。

「アイバーさん、顔を上げて下さい」

 ゆっくり顔が上がる。あの時と同じ、悲しみをこらえている水色の目。リズの好きな……好きだった、優しい目。

「ベリラとのこと、大変でしたね。私も物心ついた頃から、あの子に嫌がらせされていました。話が通じないし、暴力をふるうから怖かったです」

 暗に、嫌がらせされていたのはアイバーのせいではないと告げる。事実だ。昔からベリラはリズを目の敵にしていた。だからこれ以上、アイバーが気に病むことはない。

 きっと、アイバーもとても怖くて傷ついていたのだから。

「もう、あんな人のことは忘れましょう」

 アイバーと自分の人生に、ベリラは要らない。関係ない。父親のジェラス準男爵も爵位を返上し店を畳む予定だという。各方面への慰謝料の支払いで破産するのも時間の問題だろう。
 彼らの全ては終わった。
 リズとアイバーは違う。未来がある。

「アイバーさん、これからも一緒にいい仕事をしましょう。ジャムの試食も頼みます。アイバーさんの感想、とっても役に立ってるんですから」

「……はい、リズさん」

 アイバーは顔をくしゃくしゃにして頷いた。





 ◆◆◆◆◆





 翌朝。リズはエリスと一緒に花実かじつ祭りに行くことにした。
 花実祭りの朝は、花売りが各家を回って扉を叩く。エリスはここぞとばかりに色取り取りの花を買い、自分とリズを飾り立てた。

「私に任せて。とびっきりお洒落にしてあげる」

 まず服だが、ラリアの少女時代のお古である白いワンピースにした。リズに似合いそうだからと譲ってくれたのだ。
 可憐なレースと小花の刺繍が散っていて愛らしい。本当はリボンもついていたが、子供っぽくなるので取った。代わりにエリスが刺繍を足してくれている。
 そして淡いピンク色の髪は、緩やかに編み込んでハーフアップにした。編み込みに、髪の色に合う白と淡い黄色の花を差し込む。

「うん!可愛いし子どもっぽ過ぎない!私ってば天才!」

 リズは姿見で自分の姿を見て頷く。とても素敵だ。

「ありがとう。髪までこんなに綺麗にしてもらって嬉しい」

「でしょう?お礼はジャムか仕事の手伝いでいいわよ」

「そこはタダにしてよ」

 キャッキャと戯れていたが、エリスの表情が沈む。

「髪の色、本当に戻さなくていいの?」

「うん。花染はなそめ屋さんも、いつでも元に戻せるし別の色に染め直してもいいって、言ってくれてた。けど……」

 姿見に映る自分の姿を見つめる。
 淡いピンク色の髪は、やっぱりリズのオリーブ色の目に良く合ってる。顔も明るく見えるし、不思議と派手すぎず馴染んでいる。
 失恋の痛みはすでに感じなくなっていた。ただ心が浮き立つ。
 あの日、花染め屋と楽しくおしゃべりしながら染めた記憶が、鏡で見た時の高揚がよみがえるばかり。

「この髪の色、気にいってるの。しばらくはこのままでいいよ」

「そっか。リズがいいなら、それでいいと思う。似合ってるし」

「ありがとう。ただ、アイバーさんが気にするかもしれないけど……」

 それだけが気がかりだが、エリスは鼻で笑った。

「ほっときなさい。過去の男なんて雑に扱えばいいの。それに、これからの仕事の交渉で有利に働くかもしれないし。あ?それが狙い?やるわねリズ」

「ええ。なにそれ嫌だよ。やっぱり元に戻してもらおうかな……」

(まあ、今すぐじゃなくていいや)

 しばらくはこのままにしよう。
 お洒落には興味がなかったけど、やってみたら楽しい。髪の色に合わせて、色々と挑戦するのもいいかもしれない。
 少なくとも花実祭りの間は仕事をしないのだから、どんな髪型と服装でも大丈夫だ。
 祭りが終わったらこれまで通りジャムを煮て、硝子小物や刺繍のデザインをして、前より少しだけ大きな声で話そう。

(そして新作のジャムが煮えたら、花染め屋さんに差し入れに行こう)

 髪を綺麗に染めてもらったお礼と、失恋の話をするのだ。面白おかしく、楽しく明るく。

「リズの準備も終わったし、行くわよ。まずはパレードを見て、その次は屋台巡りね」

「うん。珍しい屋台が出てるといいな。楽しみ」

 リズは花染め屋と再会する日を楽しみにしつつ、花実祭りに繰り出したのだった。

 この後。リズは新しい恋と出会うのだが、それはまた別の話。
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