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二章 桃色は爛漫の恋をする

桃色は爛漫の恋をする 十三話(二章最終話)

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「リズ!屋台は後!先にパレードだってば!」

「ごめん。この花飴だけ買って行く。ほら、ここが一番花の色も形も綺麗なの。おじさん、もう一本買うから作るところを見せて下さい」

「もー!仕事馬鹿なんだから!仕方ないなあ」

 花実かじつ祭りを楽しむリズたち。その横を、赤い髪にオレンジ色の花を飾った女性が通り過ぎる。

 女性はリズたちの明るい顔を見て、こっそり微笑んだ。

(初恋は実らなかったようですが、楽しそうでよかった)

 女性は、髪と目を赤く染めた花染はなそめ屋ことティリアだった。
 彼女もまた明るい顔だ。いつもとは違う色で髪と目を染めたことで、気分が変わって楽しい。

 それにこの色は、ある人を意識している。

(ジェドさん、冒険者ギルドにいるかな)

 夕焼け色の髪と琥珀色の目の、ティリアの大切な人を思い浮かべる。
 今日の服装、赤に近いオレンジ色のワンピースも彼を意識したものだ。

(しばらくは遠くに行かないはずと言っていたから大丈夫よね?祭りの間は、一緒に過ごせたらいいな)

 家にはいなかったが、冒険者ギルドには居るはずだ。浮き浮きと向かったのだが。

「ジェドさんにご用ですか?遠方の任務でしばらく戻って来れないと思います」

「そうそう。残念だけど二ヶ月くらいは帰ってこれないよ」

 双子の少年たちが済まなさそうに眉を下げた。薄荷はっか色の髪がさらりとゆれる。
 彼らは若いが有能なギルド職員で、王都を活動拠点にする冒険者の能力、実力、動向、魔獣の発生状況のほとんどを把握している。

 つまり、ほぼ確実に二ヶ月もの間ジェドと会えないのが確定した。

(そ、そんな……)

 立ちつくすティリアに、気の毒そうな声が説明する。

「ルディアとの国境近くで、魔獣とゴーストの被害が増えてるんです」

(ルディアで……)

 その国の名前に、一瞬だけティリアの顔が強張った。すぐに取り繕ったが。

「現れる魔獣と霊は強力で数が多い。辺境騎士団は非常事態だと言って、ゴールドランクとシルバーランク冒険者に指名依頼をかけたんです」

 フリジア王国は花と果実の恵みにあふれた国であると同時に、魔獣と霊の数も多い。
 そのため、フリジア王国辺境騎士団は国境の警戒と大規模な魔獣討伐が務めだ。時に国中を駆け回るために慢性的に人手不足で、冒険者や傭兵を指名して戦力に組み込むことがある。

「辺境騎士団からの指名依頼ではしかたないですね……」

 しかし二ヶ月は長い。それに急だ。

(ジェドさん、前もって言ってくれればいいのに)

「三日前に辺境騎士団長がいきなり来てさらって行ったんだよ!権限振りかざしてさあ!ジェドたちの意思は無視だよ!手紙とか言伝を出す余裕もないんじゃないかな!」

 まるでティリアの拗ねた気持ちを読んだかのような言葉に、ハッとする。

(ティリア、恥を知りなさい。大変な討伐に挑んでいるジェドさんに甘えすぎよ)

「わかりました。教えて頂きありがとうございま……」

「大変だ!」

 反省して冒険者ギルドを出ようとした。その時、カウンターの奥から別の職員が現れ、依頼書を頭上にかかげながら声を張った。

迦楼羅ガルーダの討伐依頼が正式に発行された!場所はイースタリア山だ!依頼を受ける者はいないか!」

 冒険者ギルド内が大きなざわめきに包まれる。
 迦楼羅ガルーダは火属性の魔獣だ。人を襲うことはないが、貴重な素材が大量に採れる。彼らは群れで人里離れた高山に棲みつくが、稀に人が踏み入れれる山地まで飛来するのだ。
 などとティリアが記憶を引っ張り出している間に、カウンターに冒険者たちが殺到した。

「あちゃあ。目撃情報裏取れたんだ。ジェドたちがいればなあ……。アンタらは万年アイアンランクだろ!いくらパーティ組んでも無理!許可は出せない!」

迦楼羅ガルーダ討伐には銀ランク以上が妥当です。コッパーランクでも、討伐できるだけの能力や装備があれば許可を出しますが、貴方は無理です」

 ティリアはカウンターから離れ、外に向かう。

(今日はお祭りを楽しんで、明日からしばらく【静寂の森】から出ないようにしましょう。
予感がするわ)

 迦楼羅ガルーダ討伐のため、花染はなそめ屋を頼る客が来る気がする。

 根拠のない予感を抱きつつ、ティリアは祭りで盛り上がる外に戻ったのだった。
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