だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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二章 桃色は爛漫の恋をする

桃色は爛漫の恋をする 十一話

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 事件の翌日。
 リズはエリスの部屋で、エリスが刺繍するのを見ながらごろごろしていた。時刻は間もなく正午だ。

 リズは事情を聞いた家族から「花実かじつ祭りが終わるまでゆっくり休みなさい」と言われている。

(一週間近くも休みだなんて。どうしよう)

 こんなに長い休日は初めてで、正直言って持て余している。
 昨日は、とりあえずエリスに誘われて泊まったが。

(そろそろお暇した方がいいかしら。家に帰って仕事を……父さんたちは働いたら駄目だって言ってたけど、ちょっとくらいなら……)

 つらつら考えていると、コンコンと扉が叩かれた。エリスが入室を許可する。

「リズ、ちょっといいかな?」

 入って来たのはエリスの姉のラリアと、その夫のイジスだった。二人ともリズにとっても親しい相手だ。

 二人は、事件がどうなったか説明しに来てくれたのだった。

 何故二人が?リズが問いかける前に、ラリアが淡々と話しだした。

「ベリラは平民用の牢屋に入れられた。花実かじつ祭りの後で裁判を受けるけど、まず間違いなく死刑か終身刑になると思う」

「死刑!?終身刑!?」

 確かに大変な事件を起こした。血も流れた。だが、死刑に相当するような罪だろうか。
 リズの無言の問に応えたのは、イジスだった。

「ベリラは平民だ。父親のジェラス準男爵は、金で爵位を買った一代貴族でしかないからな。その平民が、白昼の往来で男爵と準男爵を脅迫して怪我を負わせた。まだ若年だし金もあるから多少は減刑されるかもしれないが、生半可な罰で誤魔化されることはない。しかも、余罪もたっぷりある」

 ベリラが厳密には平民なのは知っていたが、それ以外は知らないことばかりだ。

「アイバーの婚約者は男爵だ。宮廷で文官として務めている。アイバーも先日、様々な硝子技術の普及に貢献したとして準男爵位を授爵した」

「そうだったんですね」

 イジスが気まずそうに目を伏せた。

「ああ。……だから、アイバーはこんな騒ぎを起こしてしまったんだ」

 イジスは口を閉じ、痛ましいものを見る目でリズを見つめた。ラリアも同じような眼差しでリズを見つめている。

「私は大丈夫……じゃないかもしれませんが、教えて下さい」

 ラリアとイジスは顔を見合わせ、重い口を開いた。

「君も知っていると思うけど、アイバーはベリラとの縁談に悩まされていた。アイバーが二十歳、ベリラが十歳の頃から四年間もだ」

 ベリラが香水瓶を納入しに来たアイバーに一目惚れし、父親にねだったのが始まりだという。
 ベリラは当時から評判の悪い娘だった。気性が荒く、周囲を見下し、親の金で頬を叩くような真似ばかりする。
 暴力沙汰も一度や二度ではない。金目当ての取り巻きすら逃げる有様だ。

 ラリアは吐き捨てるように言った。

「最悪なことに、ジェラス準男爵は親バカで娘を甘やかした。しかも金と影響力があったせいで、身体や心に傷を負わされたのに泣き寝入りした人がたくさんいる。さっき言った余罪はこの人たちのことだよ。私の知り合いにも何人かいる」

(暴力を振るわれていたのは、私だけじゃなかったんだ……)

 改めてとんでもない女だ。リズはゾッとした。
 だからアイバーもその家族も、初めから縁談を断っていた。
 だというのに、ベリラは何度も縁談の打診をし、つきまとい、アイバーの周囲に女性がいれば嫌がらせした。
 その度に対処したが、曲がりにもベリラの父親は準男爵で金と権力があり、対するアイバーたちは平民だ。
 また、ジェラス準男爵が経営する【妖精の香水屋】は、香水瓶の大口顧客でもある。強く拒絶することは出来なかった。
 アイバーは精神的に追い詰められていったが、腐らず努力し解決策を模索した。

「そして一年前。アイバーは二つの幸運を手にした」

 イジスはリズに微笑んだ。

「一つは、新しい硝子技術を活かせたことと、君というデザイナーを見出せたことだ」

「私が……?」

 ラリアがにっこりと微笑む。

「ああ、そうだよ。リズはすごい」

 熱と衝撃に強い硝子と、それを活かした金属の蓋つきの硝子瓶は、それまでのフリジア王国にはなかった技術だ。この技術、そして硝子製品そのものの更なる普及こそアイバーたちの悲願だった。
 だがしかし、優れた技術も製品も客に『買いたい』と思わせない限り普及しない。

 つまり付加価値。リズの母が言ったような『ちょっとした特別感』が必要なのだ。

「リズのジャムを硝子に入れて売るという発想とデザイン。そして王都一のジャム屋【小人のお気に入り屋】との提携がそれを叶えたんだ」

 その為、アイバーたちは【妖精の香水屋】以上の大口顧客を増やすことに成功した。

 さらに技術を独占せず同業に広めたため、功績が高く評価される。
 これによって、工房長である兄と共に授爵されるに至った。
 イジスは言いにくそうに続けた。

「アイバーのもう一つの幸運は、かつての想い人と再会できたことだ」

 アイバーのかつての想い人は、アイバーのことを想っていてくれていた。想い人の名はレイチェル・ピュリア。現在の身分はピュリア男爵だ。
 レイチェルは子爵家の次女として産まれ、親同士が決めた婚約者がいた。学園卒業後に結婚することが決まっていたが、婚約者の素行と性格があまりに悪かったため破談となる。

「複数人との浮気に始まり、レイチェル嬢を使用人のように扱った。当時のレイチェル嬢の髪がピンク色だったのは、命令されて染めたからだ。元婚約者の趣味だったそうだ」

 その後、王宮に文官として務めると共に、実家が所有していた男爵位を継いだ。
 もちろん髪も元の色に戻したし、髪型や服装も思い切って変えた。家名も違うこともあり、学園時代の知り合いに会っても気づかれないほど様変わりしていたという。

 一目で気づいたのは、偶然再会したアイバーだけだった。

 再会した二人は想いを確かめあって結ばれ、半月前のアイバーの授爵を待って正式に婚約した。

 アイバーはもちろん、婚約する前に改めてベリラとの縁談を断った。

 とうに諦めていたジェラス準男爵は無反応だったが、ベリラは信じない。都合のいい妄想を押し付け続けた。

「そして君にまで危害を加えてると知って、アイバーは怒り狂った」

「……私?」

 イジスとラリアは優しい微笑みを浮かべ、リズに頷く。

「アイバーは君を妹のように、本当に大切に思っていたから。だから、アイバーは決心した。ベリラを叩き潰すと」

 アイバーと婚約者は、わざとベリラに仲睦まじさを見せつけた。気性の激しいベリラは、まんまと煽られて往来で醜態をさらし、挙句の果てに男爵と準男爵に襲いかかり傷つけるという罪を犯した。

 ここまでは、アイバーとレイチェルの計画通りだった。しかし。

「居ないはずの君がいて巻き込んでしまった。……おまけに君の心を傷つけてしまって、アイバーは落ち込んでる」

「リズに会って謝りたいと言っているけど……。無理はしなくていいからね」

 リズはしっかりと顔を上げて、自分の意思を伝えた。

「わかりました。お会いします」


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