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二章 桃色は爛漫の恋をする
桃色は爛漫の恋をする 九話
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「ちょっと!見てないでその女を取り押さえなさいよ!早くして!」
「し、しかしベリラお嬢様、それはあまりにも……」
「ああもう!使えないわねえ!」
案の定、叫んでいたのはベリラだ。ピンク色の髪を振り乱し、派手なピンク色の目を充血させて若い男女を睨みつけている。リズは息を飲んだ。
(何が起こっているの?)
「アイバー!私のそばに来なさい!そんな売女に近寄らないで!」
怒鳴られ、にらみつけられてる男女はアイバーと、知らない金髪の女性だった。
(綺麗な人……)
凛としたたたずまいの美しい人だった。
歳はアイバーと同じく二十代前半だろう。金色の髪を編み込んで一つにまとめ、品のある水色のワンピースで身を包んでいる。そしてオレンジ色の目は理知の光に輝き、わめくベリラを見据えていた。
金髪の女性をそっと抱き寄せているアイバーも、ベリラを見据えている。いつもは優しい水色の目は、信じられないほど冷たく厳しい。
「ひょっとしてリズさん?」
「え?あ、ニコさん」
小声で囁かれて振り向く。【水精硝子工房】の職人、ニコがいた。
少しだけリズの肩の力が抜け、こわばっていた表情がゆるむ。ニコは歳が近いのもあって、仕事でぶつかったり協力したりとそれなりに親しくしている。
しかしニコは、普段は明るい顔を曇らせた。
「リズさんはどこかに避難してた方がいい。いや、この人混みじゃ移動は難しいか。どうしよう」
「あの、それより何が起こってるんですか?」
ニコはあたりをはばかりながら、リズの耳に囁いて説明した。話を聞くごとにリズの血の気が引いていく。
(あの金髪の綺麗な人は、アイバーさんの婚約者)
アイバーは、タイニーツリー通りの馴染みの店を回っていた。婚約者の紹介と、もう一つの祝いのためだ。
どちらも花実祭りの後で改めて祝うので、祝宴の招待状を携えていた。
それをアイバーの婚約者気取りのベリラが聞きつけ、周囲が止める間もなく怒鳴りつけたのだという。
(そんな。アイバーさん……)
リズが衝撃を受けて立ち尽くしている間も、ベリラは止めようとする従業員を叩き、アイバーの不実をなじり、婚約者を激しく罵り続けた。
やがてベリラはゼエゼエと息をし、犬のように舌を出した。
「なにか……!ぜぇはぁっ!…はぁっ…い、言いなさいよ!……はっ……アイバー!」
ふっと、冷ややかな嗤いが溢れた。溢したのはアイバーだ。側から見ているだけなのに、リズの胸がヒュッと冷える。
「ジェラス準男爵令嬢、見苦しい真似はおよしなさい。確かに貴家からの縁談を何度も何度も頂いておりましたが、その度にお断りしています。貴女と私の間には何もありません。
これ以上騒ぎ立てるなら、然るべき処置をとらせて頂きますよ」
ベリラは、アイバーの言葉にこれ以上ないほど目と口を開く。次に歯が割れそうなほど強く歯軋りし出した。
「ぎいいぃっ!アイバアアア!」
異様な光景に、人だかりが少し距離を置き、傷だらけの従業員がベリラを止めようと肩を掴んだ。
「お嬢様!どうかお鎮まりくださ……がはっ!」
「下僕が私に触るな!」
ベリラは従業員を殴りつけた。パリンッと、硝子の割れる音がする。ベリラの手の中、割れた香水瓶が光る。
「アイバー!よくも私を弄んだわね!」
そこからは瞬きの間だ。ベリラはアイバーと婚約者の元へ走り、香水瓶を振りかぶった。アイバーは婚約者を庇う。割れ目が手を傷つけ血が飛び散り。
「ぎえっ!ぐべっ!」
ベリラは無様な声を上げ、道に叩きつけられた。
「確保した!縄を出せ!」
「場所を開けろ!」
誰かが呼んだのだろう。衛兵が十名ほどやって来て、ベリラをあっという間に拘束した。ベリラはそれでも騒ぎ、アイバーを呼ぶ。
「離しなさい!私はジェラス準男爵令嬢よ!離せ!アイバー!助けなさい!私を愛してるでしょう!」
それを受けるアイバーの声も目も、やはりどこまでも冷たい。
「まさか。魔獣より凶暴な女に誰が懸想するか。言い寄られる度に怖気が走ったものだ」
「アイバーのために!髪を染めたのに!」
「貴様が勝手にやったことだ。恩着せがましいことを言うな」
言葉の鋭い刃が、リズの心を切り裂いた。
アイバーの言葉を受け、観衆がベリラを嘲笑う。
「暴力女」「あのひでぇ面見たか?」「髪の色変えたぐらいじゃなあ」「何度も振られてたのに」「相手にされてないのに無様ね」「未練がましい」「見苦しい」「鬱陶しい」
ぐるぐると言葉が頭の中を回る。リズは目眩をおこし、その場にへたり込んだ。
「えっ?リズさん?」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「意識はあるか?」
「ジャム屋の娘か?あれ?こんな髪の色だったか?」
さっと、周りから人が退いた。リズの目とアイバーの目があう。
冷たかった水色の目にピンク色に染めた髪が映る。
(アイバーさん)
アイバーの目に、わずかに温度がもどって揺れた。動揺、戸惑い、困惑が浮かんで消える。そして冷静な水色になった。
(ああ……)
リズは、アイバーに想いが伝わったことを悟った。そして。
(ああ、私じゃないんだ。ピンク色の髪にしても、しなくても、アイバーさんの好きな人は私じゃない)
立たなくちゃ。立って、今すぐここから離れなくては。
(早く逃げないと)
リズはどうにか脚に力を入れようとしたが、遅かった。
「ドブ鼠のリズ!なによその頭!やっぱりアイバーを狙ってたのね!」
ベリラがギラギラと目を光らせ、獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。
「し、しかしベリラお嬢様、それはあまりにも……」
「ああもう!使えないわねえ!」
案の定、叫んでいたのはベリラだ。ピンク色の髪を振り乱し、派手なピンク色の目を充血させて若い男女を睨みつけている。リズは息を飲んだ。
(何が起こっているの?)
「アイバー!私のそばに来なさい!そんな売女に近寄らないで!」
怒鳴られ、にらみつけられてる男女はアイバーと、知らない金髪の女性だった。
(綺麗な人……)
凛としたたたずまいの美しい人だった。
歳はアイバーと同じく二十代前半だろう。金色の髪を編み込んで一つにまとめ、品のある水色のワンピースで身を包んでいる。そしてオレンジ色の目は理知の光に輝き、わめくベリラを見据えていた。
金髪の女性をそっと抱き寄せているアイバーも、ベリラを見据えている。いつもは優しい水色の目は、信じられないほど冷たく厳しい。
「ひょっとしてリズさん?」
「え?あ、ニコさん」
小声で囁かれて振り向く。【水精硝子工房】の職人、ニコがいた。
少しだけリズの肩の力が抜け、こわばっていた表情がゆるむ。ニコは歳が近いのもあって、仕事でぶつかったり協力したりとそれなりに親しくしている。
しかしニコは、普段は明るい顔を曇らせた。
「リズさんはどこかに避難してた方がいい。いや、この人混みじゃ移動は難しいか。どうしよう」
「あの、それより何が起こってるんですか?」
ニコはあたりをはばかりながら、リズの耳に囁いて説明した。話を聞くごとにリズの血の気が引いていく。
(あの金髪の綺麗な人は、アイバーさんの婚約者)
アイバーは、タイニーツリー通りの馴染みの店を回っていた。婚約者の紹介と、もう一つの祝いのためだ。
どちらも花実祭りの後で改めて祝うので、祝宴の招待状を携えていた。
それをアイバーの婚約者気取りのベリラが聞きつけ、周囲が止める間もなく怒鳴りつけたのだという。
(そんな。アイバーさん……)
リズが衝撃を受けて立ち尽くしている間も、ベリラは止めようとする従業員を叩き、アイバーの不実をなじり、婚約者を激しく罵り続けた。
やがてベリラはゼエゼエと息をし、犬のように舌を出した。
「なにか……!ぜぇはぁっ!…はぁっ…い、言いなさいよ!……はっ……アイバー!」
ふっと、冷ややかな嗤いが溢れた。溢したのはアイバーだ。側から見ているだけなのに、リズの胸がヒュッと冷える。
「ジェラス準男爵令嬢、見苦しい真似はおよしなさい。確かに貴家からの縁談を何度も何度も頂いておりましたが、その度にお断りしています。貴女と私の間には何もありません。
これ以上騒ぎ立てるなら、然るべき処置をとらせて頂きますよ」
ベリラは、アイバーの言葉にこれ以上ないほど目と口を開く。次に歯が割れそうなほど強く歯軋りし出した。
「ぎいいぃっ!アイバアアア!」
異様な光景に、人だかりが少し距離を置き、傷だらけの従業員がベリラを止めようと肩を掴んだ。
「お嬢様!どうかお鎮まりくださ……がはっ!」
「下僕が私に触るな!」
ベリラは従業員を殴りつけた。パリンッと、硝子の割れる音がする。ベリラの手の中、割れた香水瓶が光る。
「アイバー!よくも私を弄んだわね!」
そこからは瞬きの間だ。ベリラはアイバーと婚約者の元へ走り、香水瓶を振りかぶった。アイバーは婚約者を庇う。割れ目が手を傷つけ血が飛び散り。
「ぎえっ!ぐべっ!」
ベリラは無様な声を上げ、道に叩きつけられた。
「確保した!縄を出せ!」
「場所を開けろ!」
誰かが呼んだのだろう。衛兵が十名ほどやって来て、ベリラをあっという間に拘束した。ベリラはそれでも騒ぎ、アイバーを呼ぶ。
「離しなさい!私はジェラス準男爵令嬢よ!離せ!アイバー!助けなさい!私を愛してるでしょう!」
それを受けるアイバーの声も目も、やはりどこまでも冷たい。
「まさか。魔獣より凶暴な女に誰が懸想するか。言い寄られる度に怖気が走ったものだ」
「アイバーのために!髪を染めたのに!」
「貴様が勝手にやったことだ。恩着せがましいことを言うな」
言葉の鋭い刃が、リズの心を切り裂いた。
アイバーの言葉を受け、観衆がベリラを嘲笑う。
「暴力女」「あのひでぇ面見たか?」「髪の色変えたぐらいじゃなあ」「何度も振られてたのに」「相手にされてないのに無様ね」「未練がましい」「見苦しい」「鬱陶しい」
ぐるぐると言葉が頭の中を回る。リズは目眩をおこし、その場にへたり込んだ。
「えっ?リズさん?」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「意識はあるか?」
「ジャム屋の娘か?あれ?こんな髪の色だったか?」
さっと、周りから人が退いた。リズの目とアイバーの目があう。
冷たかった水色の目にピンク色に染めた髪が映る。
(アイバーさん)
アイバーの目に、わずかに温度がもどって揺れた。動揺、戸惑い、困惑が浮かんで消える。そして冷静な水色になった。
(ああ……)
リズは、アイバーに想いが伝わったことを悟った。そして。
(ああ、私じゃないんだ。ピンク色の髪にしても、しなくても、アイバーさんの好きな人は私じゃない)
立たなくちゃ。立って、今すぐここから離れなくては。
(早く逃げないと)
リズはどうにか脚に力を入れようとしたが、遅かった。
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