だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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二章 桃色は爛漫の恋をする

桃色は爛漫の恋をする 九話

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「ちょっと!見てないでその女を取り押さえなさいよ!早くして!」

「し、しかしベリラお嬢様、それはあまりにも……」

「ああもう!使えないわねえ!」

 案の定、叫んでいたのはベリラだ。ピンク色の髪を振り乱し、派手なピンク色の目を充血させて若い男女を睨みつけている。リズは息を飲んだ。

(何が起こっているの?)

「アイバー!私のそばに来なさい!そんな売女に近寄らないで!」

 怒鳴られ、にらみつけられてる男女はアイバーと、知らない金髪の女性だった。

(綺麗な人……)

 凛としたたたずまいの美しい人だった。
 歳はアイバーと同じく二十代前半だろう。金色の髪を編み込んで一つにまとめ、品のある水色のワンピースで身を包んでいる。そしてオレンジ色の目は理知の光に輝き、わめくベリラを見据えていた。
 金髪の女性をそっと抱き寄せているアイバーも、ベリラを見据えている。いつもは優しい水色の目は、信じられないほど冷たく厳しい。

「ひょっとしてリズさん?」

「え?あ、ニコさん」

 小声で囁かれて振り向く。【水精ウンディーネ硝子工房】の職人、ニコがいた。
 少しだけリズの肩の力が抜け、こわばっていた表情がゆるむ。ニコは歳が近いのもあって、仕事でぶつかったり協力したりとそれなりに親しくしている。
 しかしニコは、普段は明るい顔を曇らせた。

「リズさんはどこかに避難してた方がいい。いや、この人混みじゃ移動は難しいか。どうしよう」

「あの、それより何が起こってるんですか?」

 ニコはあたりをはばかりながら、リズの耳に囁いて説明した。話を聞くごとにリズの血の気が引いていく。

(あの金髪の綺麗な人は、アイバーさんの婚約者)

 アイバーは、タイニーツリー通りの馴染みの店を回っていた。婚約者の紹介と、もう一つの祝いのためだ。
 どちらも花実かじつ祭りの後で改めて祝うので、祝宴の招待状を携えていた。
 それをアイバーの婚約者気取りのベリラが聞きつけ、周囲が止める間もなく怒鳴りつけたのだという。

(そんな。アイバーさん……)

 リズが衝撃を受けて立ち尽くしている間も、ベリラは止めようとする従業員を叩き、アイバーの不実をなじり、婚約者を激しく罵り続けた。
 やがてベリラはゼエゼエと息をし、犬のように舌を出した。

「なにか……!ぜぇはぁっ!…はぁっ…い、言いなさいよ!……はっ……アイバー!」

 ふっと、冷ややかなわらいがこぼれた。溢したのはアイバーだ。側から見ているだけなのに、リズの胸がヒュッと冷える。

「ジェラス準男爵令嬢、見苦しい真似はおよしなさい。確かに貴家からの縁談を何度も何度も頂いておりましたが、その度にお断りしています。貴女と私の間には何もありません。
これ以上騒ぎ立てるなら、然るべき処置をとらせて頂きますよ」

 ベリラは、アイバーの言葉にこれ以上ないほど目と口を開く。次に歯が割れそうなほど強く歯軋りし出した。

「ぎいいぃっ!アイバアアア!」

 異様な光景に、人だかりが少し距離を置き、傷だらけの従業員がベリラを止めようと肩を掴んだ。

「お嬢様!どうかお鎮まりくださ……がはっ!」

「下僕が私に触るな!」

 ベリラは従業員を殴りつけた。パリンッと、硝子の割れる音がする。ベリラの手の中、割れた香水瓶が光る。

「アイバー!よくも私をもてあそんだわね!」

 そこからは瞬きの間だ。ベリラはアイバーと婚約者の元へ走り、香水瓶を振りかぶった。アイバーは婚約者を庇う。割れ目が手を傷つけ血が飛び散り。

「ぎえっ!ぐべっ!」

 ベリラは無様な声を上げ、道に叩きつけられた。

「確保した!縄を出せ!」

「場所を開けろ!」

 誰かが呼んだのだろう。衛兵が十名ほどやって来て、ベリラをあっという間に拘束した。ベリラはそれでも騒ぎ、アイバーを呼ぶ。

「離しなさい!私はジェラス準男爵令嬢よ!離せ!アイバー!助けなさい!私を愛してるでしょう!」

 それを受けるアイバーの声も目も、やはりどこまでも冷たい。

「まさか。魔獣より凶暴な女に誰が懸想けそうするか。言い寄られる度に怖気が走ったものだ」

「アイバーのために!髪を染めたのに!」

「貴様が勝手にやったことだ。恩着せがましいことを言うな」

 言葉の鋭い刃が、リズの心を切り裂いた。
 アイバーの言葉を受け、観衆がベリラを嘲笑う。

「暴力女」「あのひでぇ面見たか?」「髪の色変えたぐらいじゃなあ」「何度も振られてたのに」「相手にされてないのに無様ね」「未練がましい」「見苦しい」「鬱陶うっとうしい」

 ぐるぐると言葉が頭の中を回る。リズは目眩をおこし、その場にへたり込んだ。

「えっ?リズさん?」

「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

「意識はあるか?」

「ジャム屋の娘か?あれ?こんな髪の色だったか?」

 さっと、周りから人が退いた。リズの目とアイバーの目があう。
 冷たかった水色の目にピンク色に染めた髪が映る。

(アイバーさん)

 アイバーの目に、わずかに温度がもどって揺れた。動揺、戸惑い、困惑が浮かんで消える。そして冷静な水色になった。

(ああ……)

 リズは、アイバーに想いが伝わったことを悟った。そして。

(ああ、私じゃないんだ。ピンク色の髪にしても、しなくても、アイバーさんの好きな人は私じゃない)

 立たなくちゃ。立って、今すぐここから離れなくては。

(早く逃げないと)

 リズはどうにか脚に力を入れようとしたが、遅かった。

「ドブ鼠のリズ!なによその頭!やっぱりアイバーを狙ってたのね!」

 ベリラがギラギラと目を光らせ、獰猛どうもうな笑みを浮かべて叫んだ。
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