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二章 桃色は爛漫の恋をする
桃色は爛漫の恋をする 六話
しおりを挟むベリラの父親が経営する【妖精の香水屋】は、香水と匂い袋を扱う人気店だ。常に香水の匂いをプンプンさせている。父親が準男爵なので、一応貴族令嬢でもある。
ベリラは派手なピンクの髪と目の色をした、陰湿で攻撃的な少女だ。リズを見ると、わざわざ店から出てきて絡んでくる。今日も、裏口で父が戻るのを待っているところを狙われた。
(嫌いならわざわざ構わないでよ)
小さい頃からずっとそうだ。
リズは嫌悪と鬱陶しさから無視しているが、最近は危害を加えられることが増えた。蹴られたりつねられたりする。
理由は単純だ。
『ねえ?なんでアイバーがアンタなんかと話してたのよ。硝子瓶を卸してるだけでしょう?まさか身体でも使ってるんじゃないでしょうね!』
(そんなことをしてる訳ないでしょう。仕事だよ)
『ああ嫌だ。これだから賤しい女は。アンタなんかがアイバーに釣り合うと思ってるのかしら』
(言われなくてもわかってい……痛っ!)
『アンタなんて!』
ベリラはリズのスカーフをはがし、まとめていた髪を崩して引っ張った。化粧と香水の匂いが鼻を刺す。ギラギラした目がリズをにらむ。
『泥水色で下品に広がる髪。ドブ色の目。おまけに手は固くて荒れてる。なんで堂々とアイバーと話せるの?穢らわしいドブ鼠は恥を知らないのかしら?ねえ?……答えなさいよドブ鼠が!』
リズは怒りと恐怖に震えながら唇を噛んだ。
ベリラは一応とはいえ貴族令嬢だ。抵抗したり下手なことを言えば家族に類が及ぶ。黙って耐えるしかない。
『アイバーはねえ、ピンク色の髪が好きなの。私みたいな艶やかなピンク色よ。アンタじゃ無いの。わかってるでしょう?』
ベリラはいつもそう言って、リズの髪の色を罵る。反応が無いのに焦れたのか、ベリラは髪を掴む手をさらに強めた。頭皮が、首が痛い。頭が持ち上げられる。
『アンタなんか!』
『っ?!』
(まさか台車に当てる気?!)
ザッと血の気が引いたその時だった。
『おはようございます!【水精硝子工房】のアイバーです!』
アイバーの、いつもより大きく明るい声が裏通りに響く。ベリラはリズからさっと手を離して距離を取った。
表通りに通じる路地からアイバーがひょっこり現れる。
『おはようございます!リズさん、親方は奥にいらっしゃいますか?』
優しい笑顔に泣きたくなりながら頷いた。
『……はい。もうすぐ戻ってくるはずです』
『では、ここで待たせて頂きますね。……おお!これはジェラス準男爵令嬢!気づかず失礼しました』
アイバーは滑らかな所作で頭を下げ、口を閉ざす。ベリラは頬を染めしおらしげな声を出した。
『いえ。どうぞ楽になさって。堅苦しい挨拶など不用ですわ』
アイバーは顔を上げ、極上の接客用の笑顔を浮かべる。
『寛大な御心に感謝します。もしや、リズさんとお話し中でしたでしょうか?』
『ええ。リズは仲のいい幼馴染ですのでお話していましたの』
『お邪魔をしてしまいましたね。重ねて失礼いたしました』
『アイバーが邪魔だなんて、あり得ませんわ。私たちはいずれ婚約するのですから』
リズの胸が痛む。アイバーは平民だが、【水精硝子工房】は王都一、いや国有数の硝子工房だ。工房長は、いずれ授爵するであろうと囁かれている。
それもあって、ベリラの家は副工房長のアイバーを婿に望んでいる。ベリラの父親はジェラス準男爵。さらに、経営する【妖精の香水屋】は、香水瓶の大口客だ。断りにくい話だろう。
ただし、アイバーの反応はいつもつれない。
『恐れ多いお話です。どうか御令嬢に相応しいお方をお選びください』
『……っ!アイバー!』
ベリラは顔に怒りを浮かべたが、すぐに淑女然とした笑みを浮かべた。
『誰が相応しいかは私と父が決めることです。いずれお分かりになりますわ。それではアイバー、リズ、ご機嫌よう』
アイバーとリズは静かに頭を下げ、嵐が完全に去るのを待った。
『リズさん、怪我はない?』
アイバーの水色の眼差しに見つめられて固まる。なんとか首を横にふった。
『だ、大丈夫です。ありがとうございます』
『……ひょっとして、これが初めてじゃないのかな?親方たちは知っている?ああ、リズさんを責めてるんじゃ無い。言いたく無いことは言わなくて良いから、前から続いているかどうかだけ教えて欲しい』
リズはうなずいた。心配してもらえる嬉しさと、心配させてしまった不甲斐なさで涙がにじむ。
『なんてことだ。許せない!』
アイバーは厳しい顔になった。リズが報酬を断ろうとした時よりもずっと。
(私を心配して、怒ってくれている?こんなにも……)
思わず心が浮き立つが、アイバーの言葉に叩き落とされる。
『リズさん、済まない。私にも責任がある話だ。あの方がここまで嫉妬深いとは思っていなかった。無関係のリズさんにまで嫉妬して手をあげようとするなんて……。リズさん、しばらくは一人にならないでくれ。少なくとも今月中はだめだ。親方には私から言っておく。工房にいる時もだ。エリスあたりに声をかけて、工房で作業するようにしてもらおう』
(無関係……)
当たり前の言葉がリズの心を抉る。リズとアイバーの間には何もない。
その後、自分がどんな顔で話を聞いていたか思い出せなかった。
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