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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 十二話(一章最終話)

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「返事は『はい』か『はい』!返事は?」

「え?いや、は?ラリア?なんでいきなり?」

「いきなりじゃ無い。父さんから会頭の座を奪ってから言おうと思ってたけど、ずっと前から決めていた。アタシはイジスが大好き。愛してる。だから結婚して欲しい」

 イジスは硬直した。

「ら、ラリアが俺を?」

 心臓がうるさい。声が出ない。目を閉じて何とか気を鎮めようとして、ふと暗い考えになる。

(ラリアは、命を救われたから錯覚してるんじゃないか?)

 しかし、まるで心を読んだかのように否定される。

「助けてもらった身で守るだなんておかしいけどさ。アタシは、小さい頃からずっとイジスが好きで守りたかった。イジスを守れるよう努力してきた。まだまだ未熟だけど、損はさせない。幸せにすると誓う。なんなら契約書も用意するから……結婚しよう。イジス」

 嬉しくて眩暈がした。しかし、華やかで社交的なラリアに、自分は相応しいのか。ラリアの仕事を支えれる誰かの方が、よほどいいんじゃないか。

「俺と一緒になれば、また危ない目にあうかもしれない」

「今更だし、次は倒すから大丈夫」

「なんでそんなに好戦的で自信満々なんだよ。大体……」

(……俺に、そんな価値なんてない)

 魔道具や他人の力を借りなければ何もできない。友人の憎しみにすら気づけなかった間抜けだ。

(こんな間抜けにラリアは相応しくない)

 口に出そうとして、唐突に花染はなそめ屋の緑色の目と柔らかな微笑みが浮かんだ。

『特に人望です。これを築くのは難しいことです。エフォート様だからこそ、ラリアさんのご家族もエフォート様には打ち明け、偏屈な古道具屋は協力し、ジェドさんは助けてくれたのでしょう。少しうらやましいです』

 花染め屋、真の魔法使い。彼女はそう言ってくれた。
 ラリアの家族は、イジスを信頼してくれている。
 古道具屋の主人は、イジスの要望に応えてくれた。
 ジェドは、イジスに力を貸してくれた。
 そしてラリアは、ずっと好きだったと言ってくれた。

(俺には、俺の価値があるのだろう。ラリアに相応しいかはわからないが……)

「俺もラリアが好きだ。ずっと昔から好きだ。結婚しよう」

「うん!うれし……」

「ヒュー!めでてえなあ!仲良くやれよ!」

「結婚おめでとうー!」

「若い二人に乾杯だー!」

 ラリアの喜びの声は、野太い祝福の声にさえぎられた。客も従業員も、固唾を飲んで見守っていたらしい。

「イジスさん!ラリアさん!おめでとうございます!これは店からです!」

 馴染みの従業員たちが赤葡萄酒を持って来た。まさかの樽でだ。当たり前だが、飲みきれないので周囲に振る舞うように言う。野太い祝福の声が大きくなる。
 その中には、聞き慣れた声もあった。

「イジス!ラリア!おめでとう!やっとくっついたんだね!ずっと見守ってたよー!」

 二人の幼馴染であり、イジスの冒険に付き合ってくれたジェドだ。偶然居合わせたのだろう。イジスとラリアを揶揄いつつも祝福してくれた。

「ジェド!ありがとう!結婚式には来てくれよ!」

「もちろんだよ!お祝いは期待してて!」

「よーし!めでてえ席だ!歌うぞ!」

「おう!明るい奴だな!今日は喉が枯れるまで歌うぞ!」

「歌だけじゃ盛り上がりに欠けるぜ!だれか楽師を呼んで来い!」

「てめえが行けよ!」

 あっという間に、【戦士の胃袋亭】はイジスとラリアの結婚の前祝い会場と化した。しかも騒ぎを聞きつけたのか、どんどん人数が増えていく。

「あーあ。もっとムードのあるプロポーズをするはずだったのに。うるさいったらありゃしない」

 ラリアは悪態をつきつつも、これ以上ないくらい幸せな笑顔だ。

(きっと、俺も似たような顔をしている)

「俺は皆に祝ってもらえて幸せだ。ラリアがここでプロポーズしてくれてよかった」

「ふふ。なら良いよ」

 イジスは最愛の人と微笑みあい、幸福を噛み締めたのだった。



◆◆◆◆◆




「はあ……そりゃお幸せでよかったな」

 相変わらず、【古道具の迷宮】の、店主は態度が悪い。気のない返事にイジスは苦笑いだ。
 ラリアのプロポーズから十日後、イジスは【古道具の迷宮】に居た。ラリアが回復したことの報告と、あらためてお礼をするためだ。
【黄金の慈悲】と、花染め屋の件だけではない。グラディスにイジスの家を監視するよう言ったのは、この店主だと確信している。
 あの監視がなければ、バンスの企みが成功していたかもしれない。

(ほとんど根拠のない勘だが、きっとこの人はグラディス殿下と通じている)

 店の奥に大量の魔道具があるのも、グラディスの指示ではないだろうか?その場合、理由が知りたいが、あの飄々とした上司も、この気難しい店主も答えないだろう。
 今回の事件は、安易に口に出来ないことが多すぎる。直接聞けない、言えないのがもどかしい。せめて感謝の想いだけは真っ直ぐ伝えたくて、ラリアに持たされた砂糖菫青酒シュガーバイオレットリキュールを差し出した。

「本当に世話になった。感謝している。これは今回の礼だ」

 店主は眼鏡の奥の目を盛大にしかめた。

「あんた、【黄金の慈悲】のお代はばっちりもらってるんだ。それ以上はいらねえよ。そもそもエフォート男爵ともあろう宮廷魔法使い様が、こんな場末の古道具屋に来るなよ。また疑われたり嵌められたりしてえのか。しかも結婚したんだろ?もう少し貴族らしく落ち着きをだな……」

「すまない。迷惑だったろうか?私は本当に感謝している。ただそれを表したかったんだ。それに、ここには興味深い古魔道具があるし、貴方と話すのは楽しい。これからも通いたいのだが……」

「いや、迷惑とまでは言ってねえよ。本当あんた真面目というか馬鹿正直だな」

 店主の言葉尻が弱々しくなる。イジスが「なにか困らせただろうか?」と考えていると、店の奥から笑い声がした。
 淡い色の花びらを思わせる笑い声だ。

「うふふ。ご安心ください。おじさ……店主は、お客様が優しい方なので心配してるだけです」

 若い女性が、奥からひょっこりと顔を出した。
 この辺りに多い淡い茶色の髪と目をしている。着ている服も、ありきたりの町娘らしいものだ。しかし顔立ちと所作は整っていて品があり、目を引いた。少女の軽やかさと妙齢の女性の落ち着きが矛盾なく同居している。
 店主は女性をにらみつけた。

「うるさい。適当なことを言うな」

「素直じゃないんだから。エフォート様にまた来て欲しかった癖に」

「なっ!お前!」

 店主は絶句し、女性はまた淡い花びらを思わせる柔らかな笑い声を上げる。
 イジスはおや?と首を傾げた。

(この笑い声を知っている気がする)

 こんなに美しく、淡い色の花びらを思わせる笑い声を持つ女性なんて、どこで知ったのだろうか?

「ティリア!無駄口叩いてねえでさっさと行け!」

「はいはい。お駄賃はずんでくださいよー」

 ティリアと呼ばれた女性は手籠を手にし、イジスの脇を通って店を出ていく。
 すれ違い様、イジスに小声で囁いた。

「お客様、ゆっくりしていってくださいね。……森の方にもまた来てください」

 一瞬、茶色い目が鮮やかな緑色に光った。
 イジスはあっ!と、声を上げかけたが、悪戯に輝く目を見て口を閉ざす。

花染はなそめ屋様、ありがとうございました)

 黙って頭を下げて見送り、店主に視線をやる。
 店主は面白くなさそうに手を出した。イジスは砂糖菫青酒の瓶を渡す。深い深いため息がこぼれた。

「こんな場末に高級品を……しかも特級じゃねえか。ああ、そんな顔をしなさんな。迷惑じゃねえよ。茶でも淹れてやるから、古魔道具でも見るかそこらの椅子に座ってろ」

 つまり、イジスをもてなしてくれるし、長居していいとの事だ。なるほど素直ではない。

「ああ!そうさせてもらうよ!」

 イジスは心から笑って頷き、店を出たティリアこと花染め屋にも聞こえるよう、大声で返事をしたのだった。
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