だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 十一話

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 グラディスは続けた。

「ラリア君になにかあれば君は傷つく。そこに付け込んで足を引っ張ろうとした。さらに罪を着せようと画策したのが、今回の窃盗事件のあらましだよ」

「は?つ、つまり、私が狙われていたのですか?」

「そうさ。君はどうも自己評価が低すぎるが、周りから見た君の価値について話そう。
イジス・エフォート男爵。君は数々の功績を立てた天才宮廷魔法使いだ。平民出身かつ二十四歳という若輩の身でありながら、男爵に陞爵している点からも比類なき存在といえる。魔法研究でも実務でも、もちろん魔法の技術と魔力量でも突出している。
わかっていないだろうから言うが、魔道具があるだけで最上級治癒魔法を使えるのは君の技術と魔力の高さあってのものだ」

(いや、練習と研鑽を積めば宮廷魔法使いならば出来るようになるのでは?)

 そうイジスは言いかけたが、グラディスの圧のある笑みに黙った。

「エフォート。君はいずれ、王族の専属か魔法局のトップになるだろうと囁かれている……プライディアが出世するにあたって、君は一番の邪魔者だ」

 イジスは、胸に穴が空いたような痛みと喪失感に襲われた。
 確かに、バンスから対抗心や嫉妬心を向けられたことはある。一度や二度ではない。
 けれど、間違いなく同僚として友として高め合っていたはずだ。

「何かの間違いでは……」

「確かめてみるかい?シールダー、口だけ緩めてやれ」

 副局長であるシールダーが、バンスの口元に触れた。わずかに隙間ができる。

「うぅ……!イジス……!」

 獣のような唸り声がこぼれ、憎々しげにイジスを呼んだ。ギラギラと怒りで燃える、見たこともない形相でイジスを睨む。
 それでも、イジスは友を信じようとした。

「バンス、誤解だよな?なにかの間違いだよな?」

 嘘でもそう言って欲しかった。しかし。

いやしい平民出がああ!この私の名を気安く呼ぶなあ!」

 バンスの叫びが最後の希望を砕いた。

「何が天才だ!いい気になるな!未だに貴族としての心構えもない半端者が!私の方が血筋も身分も優れているというのにいい!」

 イジスの全身から血の気が引く。倒れそうだ。

「ははっ!見苦しい」

 グラディスは見苦しく騒ぐバンスを鼻でわらった。

「くそぉ!嗤うな!嗤うな!部下どもも!あの女も!どいつもこいつも貴様ばかり評価する!父もそうだ!私を家から追い出した!誰も私を正しく評価しな……」

「それは違う」

 イジスは、ほとんど衝動的に口を開いていた。声は思いの外響き、バンスは口を閉ざした。

「俺たちは、バンスが堅実に仕事をしていることを評価していた。貴族出の宮廷魔法使いには腰掛けも多いのに、お前は仕事にも研究にも真摯だった」

 バンスの良いところはいくらでも浮かぶ。

「平民を見下すが、他の貴族と違って下らない嫌がらせをしなかった。能力がある者に対しては態度を改めた。雑務を嫌っていても、やるべきことはこなした。嫌味ったらしくても、部下をちゃんと指導してた。宮廷政治をなんなくこなして、俺たちの仕事を支えてくれた。
 お前は、生粋の貴族じゃない俺たちには出来ないことをしてくれた」

 気づけば、イジスの目から涙が流れていた。その涙を、バンスが見つめる。バンスの顔いっぱいに広がっていたドス黒い怒りが引いていく。
 イジスのよく知る、バンスの顔になる。

「バンス、俺はお前を尊敬していたし、要領のよさと貴族としてのそつの無さが羨ましかった。そんなお前が友人と言ってくれて、どれだけ嬉しくて誇らしかったか。
 ……なんで俺なんかに嫉妬するんだ。なんでこんな事をしたんだ。この馬鹿野郎!」

「イジス……」

 バンスは狼狽えた様子で視線をさまよわせる。
 この場にいる者たちと眼差しと目を合わせては、びくりと肩を跳ねさせた。
 叔父であるカルムルディ侯爵の怒りと悲しみに満ちた眼差し、グラディスの嘲り混じりの冷徹な眼差し、シールダーの憐みと諦念の眼差し、そして実父であるフィランス侯爵の眼差しと目が合う。
 フィランス侯爵の冷たい眼差しに、かすかな熱が浮かんで揺れた。

「私もバンスロットに期待し、働きを評価していた。だからこそプライディア子爵家を継承させたのだ。独立した家の方が、周りに縛られずに魔法使いとして身を立て易かろうと……。
【慈悲の杖】も、いずれはお前に継承させるつもりで話をすすめていた。……残念だよ。バンスロット、我が息子だった者よ」

 バンスの目から涙がこぼれ、部屋に重い沈黙が降りた。




 ◆◆◆◆◆




 バンスは全ての財産と爵位を剥奪はくだつされ、罪人の印を刻まれた状態で王都から追放された。そして、辺境に拠点を置く白龍騎士団に送り込まれた。
 表向きには、宮廷支給の魔道具を無断使用した罰を償うためということになっている。
 平民であるラリアと平民出のイジスへの害はともかく、王の下賜した家宝を盗み出した事を表沙汰にすれば、下手すればフィランス侯爵家が取り潰される。
 事件は闇に葬られた。

「ラリアにしたことは許せない。だが、報いとしては充分以上だろう」

 ラリアも頷く。

「いい気味だよ。自分が蔑んでいた平民以下の存在になったんだから」

 その通りだ。バンスがあれほど誇りに思っていた貴族という身分も名誉も失った。しかも厳しい監視が課せられるので、自ら死ぬ事すら出来ない。
 白龍騎士団は辺境を回り魔獣魔物を討伐し、開墾するのが務めだ。常に死と隣り合わせの環境で、罪人であるバンスは酷使されるだろう。

(ただし、いちじるしい功績を上げれば恩赦を賜るかもしれない)

「バンスは許せないけど……もしもまた会えたなら、話をしたい。友達だったのに、俺はあいつを理解してやれなかったから」

 だからその日まで無事でいて欲しい。イジスはバンスの無事を強く祈った。

「いや、お人好しすぎでしょ。アタシはぜっっっっったい!いっっっっっしょう!アイツと会いたくないし話したくないし許さない!イジスも会ったら駄目!何されるかわからないよ!」

 ラリアはジョッキを机にドンっと置き、叫んだ。ジョッキから赤葡萄酒がこぼれ、【戦士の胃袋亭】名物の串焼きの盛り合わせが崩れた。今日の串焼きの肉はラリアの好物、大一角羊ビッグホーンシープだ。
 ラリアが助かってから半月経つ。本調子になった祝いに二人で店に来たのだった。楽しく話していたが、いつの間にかバンスの話題になり、ラリアを怒らせてしまったのだった。

「だいたいアイツは!アタシにイジスのありもしない失敗談とか悪口を言ってたんだからね!ろくでなしの陰険野郎だよ!だから嫌いだった!」

「ら、ラリア。変な話をして俺が悪かった。でも物に当たるのはよくない。危ないし店の迷惑だ。あと声が大きい」

 バンスの話題になったので遮音の結界を張っていたが、そろそろ効力が切れる。
 だからイジスは淡々とラリアをなだめたのだが、ラリアはイジスをにらんで憎々しげに呟いた。

「あんなのが切っ掛けなんて最悪だけど、仕方ないな。……イジス、結界を消して。もうアイツの話はしないから」

「あ、ああ。それならいい。……解除したぞ」

「よろしい。イジス・エフォート。心して聞きなさい」

(まさか酔い潰れるまで説教する気か?勘弁してく……)

「イジス・エフォート。私が貴方を一生愛して守ってあげる。だから私と結婚しなさい」

「は?」
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