だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

文字の大きさ
上 下
12 / 68
一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 十一話

しおりを挟む
 グラディスは続けた。

「ラリア君になにかあれば君は傷つく。そこに付け込んで足を引っ張ろうとした。さらに罪を着せようと画策したのが、今回の窃盗事件のあらましだよ」

「は?つ、つまり、私が狙われていたのですか?」

「そうさ。君はどうも自己評価が低すぎるが、周りから見た君の価値について話そう。
イジス・エフォート男爵。君は数々の功績を立てた天才宮廷魔法使いだ。平民出身かつ二十四歳という若輩の身でありながら、男爵に陞爵している点からも比類なき存在といえる。魔法研究でも実務でも、もちろん魔法の技術と魔力量でも突出している。
わかっていないだろうから言うが、魔道具があるだけで最上級治癒魔法を使えるのは君の技術と魔力の高さあってのものだ」

(いや、練習と研鑽を積めば宮廷魔法使いならば出来るようになるのでは?)

 そうイジスは言いかけたが、グラディスの圧のある笑みに黙った。

「エフォート。君はいずれ、王族の専属か魔法局のトップになるだろうと囁かれている……プライディアが出世するにあたって、君は一番の邪魔者だ」

 イジスは、胸に穴が空いたような痛みと喪失感に襲われた。
 確かに、バンスから対抗心や嫉妬心を向けられたことはある。一度や二度ではない。
 けれど、間違いなく同僚として友として高め合っていたはずだ。

「何かの間違いでは……」

「確かめてみるかい?シールダー、口だけ緩めてやれ」

 副局長であるシールダーが、バンスの口元に触れた。わずかに隙間ができる。

「うぅ……!イジス……!」

 獣のような唸り声がこぼれ、憎々しげにイジスを呼んだ。ギラギラと怒りで燃える、見たこともない形相でイジスを睨む。
 それでも、イジスは友を信じようとした。

「バンス、誤解だよな?なにかの間違いだよな?」

 嘘でもそう言って欲しかった。しかし。

いやしい平民出がああ!この私の名を気安く呼ぶなあ!」

 バンスの叫びが最後の希望を砕いた。

「何が天才だ!いい気になるな!未だに貴族としての心構えもない半端者が!私の方が血筋も身分も優れているというのにいい!」

 イジスの全身から血の気が引く。倒れそうだ。

「ははっ!見苦しい」

 グラディスは見苦しく騒ぐバンスを鼻でわらった。

「くそぉ!嗤うな!嗤うな!部下どもも!あの女も!どいつもこいつも貴様ばかり評価する!父もそうだ!私を家から追い出した!誰も私を正しく評価しな……」

「それは違う」

 イジスは、ほとんど衝動的に口を開いていた。声は思いの外響き、バンスは口を閉ざした。

「俺たちは、バンスが堅実に仕事をしていることを評価していた。貴族出の宮廷魔法使いには腰掛けも多いのに、お前は仕事にも研究にも真摯だった」

 バンスの良いところはいくらでも浮かぶ。

「平民を見下すが、他の貴族と違って下らない嫌がらせをしなかった。能力がある者に対しては態度を改めた。雑務を嫌っていても、やるべきことはこなした。嫌味ったらしくても、部下をちゃんと指導してた。宮廷政治をなんなくこなして、俺たちの仕事を支えてくれた。
 お前は、生粋の貴族じゃない俺たちには出来ないことをしてくれた」

 気づけば、イジスの目から涙が流れていた。その涙を、バンスが見つめる。バンスの顔いっぱいに広がっていたドス黒い怒りが引いていく。
 イジスのよく知る、バンスの顔になる。

「バンス、俺はお前を尊敬していたし、要領のよさと貴族としてのそつの無さが羨ましかった。そんなお前が友人と言ってくれて、どれだけ嬉しくて誇らしかったか。
 ……なんで俺なんかに嫉妬するんだ。なんでこんな事をしたんだ。この馬鹿野郎!」

「イジス……」

 バンスは狼狽えた様子で視線をさまよわせる。
 この場にいる者たちと眼差しと目を合わせては、びくりと肩を跳ねさせた。
 叔父であるカルムルディ侯爵の怒りと悲しみに満ちた眼差し、グラディスの嘲り混じりの冷徹な眼差し、シールダーの憐みと諦念の眼差し、そして実父であるフィランス侯爵の眼差しと目が合う。
 フィランス侯爵の冷たい眼差しに、かすかな熱が浮かんで揺れた。

「私もバンスロットに期待し、働きを評価していた。だからこそプライディア子爵家を継承させたのだ。独立した家の方が、周りに縛られずに魔法使いとして身を立て易かろうと……。
【慈悲の杖】も、いずれはお前に継承させるつもりで話をすすめていた。……残念だよ。バンスロット、我が息子だった者よ」

 バンスの目から涙がこぼれ、部屋に重い沈黙が降りた。




 ◆◆◆◆◆




 バンスは全ての財産と爵位を剥奪はくだつされ、罪人の印を刻まれた状態で王都から追放された。そして、辺境に拠点を置く白龍騎士団に送り込まれた。
 表向きには、宮廷支給の魔道具を無断使用した罰を償うためということになっている。
 平民であるラリアと平民出のイジスへの害はともかく、王の下賜した家宝を盗み出した事を表沙汰にすれば、下手すればフィランス侯爵家が取り潰される。
 事件は闇に葬られた。

「ラリアにしたことは許せない。だが、報いとしては充分以上だろう」

 ラリアも頷く。

「いい気味だよ。自分が蔑んでいた平民以下の存在になったんだから」

 その通りだ。バンスがあれほど誇りに思っていた貴族という身分も名誉も失った。しかも厳しい監視が課せられるので、自ら死ぬ事すら出来ない。
 白龍騎士団は辺境を回り魔獣魔物を討伐し、開墾するのが務めだ。常に死と隣り合わせの環境で、罪人であるバンスは酷使されるだろう。

(ただし、いちじるしい功績を上げれば恩赦を賜るかもしれない)

「バンスは許せないけど……もしもまた会えたなら、話をしたい。友達だったのに、俺はあいつを理解してやれなかったから」

 だからその日まで無事でいて欲しい。イジスはバンスの無事を強く祈った。

「いや、お人好しすぎでしょ。アタシはぜっっっっったい!いっっっっっしょう!アイツと会いたくないし話したくないし許さない!イジスも会ったら駄目!何されるかわからないよ!」

 ラリアはジョッキを机にドンっと置き、叫んだ。ジョッキから赤葡萄酒がこぼれ、【戦士の胃袋亭】名物の串焼きの盛り合わせが崩れた。今日の串焼きの肉はラリアの好物、大一角羊ビッグホーンシープだ。
 ラリアが助かってから半月経つ。本調子になった祝いに二人で店に来たのだった。楽しく話していたが、いつの間にかバンスの話題になり、ラリアを怒らせてしまったのだった。

「だいたいアイツは!アタシにイジスのありもしない失敗談とか悪口を言ってたんだからね!ろくでなしの陰険野郎だよ!だから嫌いだった!」

「ら、ラリア。変な話をして俺が悪かった。でも物に当たるのはよくない。危ないし店の迷惑だ。あと声が大きい」

 バンスの話題になったので遮音の結界を張っていたが、そろそろ効力が切れる。
 だからイジスは淡々とラリアをなだめたのだが、ラリアはイジスをにらんで憎々しげに呟いた。

「あんなのが切っ掛けなんて最悪だけど、仕方ないな。……イジス、結界を消して。もうアイツの話はしないから」

「あ、ああ。それならいい。……解除したぞ」

「よろしい。イジス・エフォート。心して聞きなさい」

(まさか酔い潰れるまで説教する気か?勘弁してく……)

「イジス・エフォート。私が貴方を一生愛して守ってあげる。だから私と結婚しなさい」

「は?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...