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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 九話

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「バンス……」

 拘束こうそくの魔道具で全身をぐるぐる巻きに拘束されているのは、フィランス侯爵の息子で、イジスの同僚で友人の……バンスロット・プライディア子爵だった。
 イジスは、拘束されているバンスを見て驚きつつも……納得していた。

 イジスは、ラリアとの会話を回想した。

 ◆◆◆◆◆

 今から三日前。ラリアの回復に一家は大喜びし、帰ろうとするイジスを引き留めて宴を開た。

『もう、飲めな……ねむい』

 宴は朝まで続いたようだが、イジスは一杯目の途中で寝落ちた。無理もない。気疲れと疲労で限界だった。
 そのまま寝て起きたのは翌々日、つまり昨日の昼過ぎだった。
 帰ろうとしたが引き留められ、たっぷりの食事でもてなされて褒め称えられた。
 イジスは幼い頃から身内同然の者たちに讃えられ、照れ臭くて仕方なかった。そんなイジスの杯に、ラリアの父親は赤葡萄酒を豪快に注ぐ。かなり高価な味にまた恐縮するが、ラリアの父親はささやかな感謝の気持ちだと笑う。

『イジス、本当にありがとうな。俺ぁ生きた心地がしなかったよ。この恩は、俺が生きている限り忘れねえからな』

『大袈裟だよおじさん。それに、俺だけの力じゃないよ』

『うんうん。わかってるぜ。イジスは凄いやつだ』

 会話にならない会話をしていると、エリスからラリアが呼んでると告げられた。
 昨日、起き抜けの時はぼんやりしていたラリアだったが、すぐに意識がはっきりした。
 まだ本調子ではないのでベッドからは出られないが、医者から後遺症も無しとのお墨付きを得ているのをいいことに、朝から仕事の状況確認と指示を飛ばしていたという。周りも止めたが、止まらなかったようだ。

『ラリア!寝てないと駄目じゃないか!』

 ラリアはイジスの顔を見た瞬間、砕けた笑みを浮かべた。

『もう大丈夫だよ。お医者様もあきらめ……許してくれたし』

 イジスが部屋を訪れた時も、ベッドで半身を起こした状態で部下数名とやり取りしていた。

『大丈夫じゃないだろ……』

 にらみつけてもどこ吹く風。ラリアは仕事を手早く済ませた。

『大体終わったね。みんな戻っていいよ』

『はい!あの、ラリア商隊長!』

 一人が床に埋まりそうなほど頭を下げた。

『弟がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!俺たち兄弟は、一生をかけてご恩返ししま……』

『そんな重い決意いらないよ。部下をかばうのは上司の役目なんだし。アンタたちに何もなくてよかったよ』

『で、ですが、そのせいで商隊長は雪影女王スノウシャドウクイーンに襲われて今まで仮死状態に……』

『それは昨日までの話じゃない!アタシはもう治った!頭を下げる暇があるなら働きなさい!』

『は、はい!失礼します!』

 部下たちは感極まった様子で走り去って行った。

 こうして、また二人きりになった。

『イジス、ごめん。騒がせた』

 途端に、ラリアは疲れ果てた顔でベッドに沈み込んだ。やっと気づく。

(部下を心配させないよう、明るい顔で元気に仕事をしていたのか。立派だ)

 やはり、ラリアはリーダーに向いているのだろう。イジスが感心していると、ラリアは真剣な顔になった。

『イジス、ありがとう。本当に助かったよ。今回かかった費用は全部アタシが払う。それとは別に謝礼も出すから受け取って欲しい』

『いや、俺が勝手にやったことだからいいよ』

 ラリアはムッとした顔になった。ガバッとベッドから身を起こす。

『ら、ラリア?急に動いたら駄目……』

『イジスはそういう所が駄目!アタシが一文無しなら別だけど、ほどこされるいわれはないから!幼馴染だろうと、親友だろうと、恋人だろうと、家族だろうと、金のことはきちんとする!貸し借り作らない!わかった?』

『わ、わかった』

『よろしい』

 ラリアは太陽のように笑った。

『資金の心配はいらないよ。カルムルディ侯爵様が気にかけてくれてね。予定よりも高額の依頼達成料をくれたばかりか、見舞金までくれたんだ』

『カルムルディ侯爵?それが今回の買付けの依頼主か?』

『そう。内密の依頼だったけど、イジスは今回の関係者だから教えるよ。あっ!昨日のうちに、カルムルディ侯爵様にアタシが回復したことを知らせたらしいけど、イジスの名前は出してないから安心して!』

『いや、それはいいんだ。けど……』

 イジスは記憶を探る。

(確か、カルムルディ侯爵はフィランス侯爵の弟。バンスの叔父にあたる人だったはずだ)

 だからバンスは、ラリアの身に起きた悲劇を知っていたのか。と、納得しつつ何か引っかかった。
 高位貴族同士は数が限られる。親戚同士であることが少なくないのでおかしい話ではないが……。

(いや、カルムルディ侯爵はどうしてバンスにラリアの件を話した?ラリアと知り合いだと知っていたとしても不自然だ。時期はずれの仕入れをさせたあげく、死なせかけたのだから普通は隠すはずだ。それに)

『カルムルディ侯爵様は、なぜ三月までに砂糖菫青酒シュガーバイオレットリキュールが必要だったんだ?少し待てば、 手に入るものなのに』

『詳しい話は知らないけど、宴に必要だったらしいよ』

『宴に?カルムルディ侯爵様が?』

 イジスも宮廷魔法使いで貴族だ。ある程度の情報は知っている。

(カルムルディ侯爵は王国軍にて要職についていたが、数年前に怪我の後遺症を理由に勇退している。それ以前からも、社交にはあまり関心がないはずだが。なにか祝い事があったのか?祝い事があるとはいえ、わざわざ砂糖菫青酒シュガーバイオレットリキュールを用意する理由は?)

『カルムルディ侯爵様の手元には無かったから、アタシに頼ったって訳さ。侯爵の身内からアタシの有能さを聞いてたらしいね。誰か知らないけど、なかなか見る目があるじゃないか』

『そうか……』

 その身内とは、恐らくバンスだろう。おかしな話ではない。が、やはり何か引っかかる。友を疑いたくはないが、イジスは調べようと思った。

 その翌日に呼び出しを受けたのだった。




 ◆◆◆◆◆



 イジスは回想を終え、グラディスの言葉を待つ。バンスが何かやらかしたのはわかるが、それ以上のことはわからない。

(自分が抱いた疑いとは無関係かもしれない)

 そうであって欲しいと、強く願った。
 グラディスはにっこりと笑って説明しだした。恐ろしく美しい笑顔だが、ラリアの太陽のような笑顔と違って寒々しい。

「昨日のことだ。フィランス侯爵家から【慈悲の杖】が盗まれたのが発覚した」

 予想外の話に思考が停止した。イジスの当惑をよそにグラディスは続ける様子だったが、フィランス侯爵がさえぎる。相変わらず無表情だ。声にも感情は表れていない。

「グラディス王女殿下、お言葉をさえぎる無礼をお詫び申し上げます。発言の許可を頂きたく存じます」

「構わない。この場にいる者は、罪人以外は自由に発言せよ。堅苦しい礼儀も不要だ」

「寛大な御心に感謝します。発覚の経緯は私がお話します。……当家の醜聞ですので」

 フィランス侯爵は、隣にいるバンスを見た。たった一瞬だけだったが、その目は氷より冷たく刃より鋭かった。

「バンスロット……これの犯した罪を説明いたします」
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