だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 八話

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 静寂の森から王都に戻り、ラリアの家に着く頃には昼過ぎになっていた。

「間が空いてごめん。ラリアに治癒魔法をかけさせて欲しい」

「ごめんなんて言わないで!来てくれてありがとう!私たちみんなイジス兄さんに感謝してるんだから!」

 対応してくれた少女はエリス。ラリアの歳の離れた妹だ。
 他の家族は仕事中でいないらしく、快く部屋に通してくれる。予想していたが、冷気に身がすくむ。
 ベッドで眠るラリア。最後に見た時と同じだった。

「ラリア……」

 傷はないが、あまりに痛々しい。
 あの魅力的な明るい笑顔はどこにもない。光の加減で赤にも見える茶髪にも、健康的な肌にも薄らと霜が降りている。顔色はどこまでも青白く、生き生きとした茶色い眼差しは凍えたまぶたの下。

「エリスちゃん、悪いけどしばらく二人きりにしてもらえるかな?」

「うん。わかった」

 エリスは目を潤ませて出て行ってくれた。

(もう大丈夫だと言ってやりたいが、先に最上級治癒魔法をかけてやらなければ)

 部屋の中は、ラリアの身体から発する冷気で寒い。部屋には暖炉が赤々と燃えているが、吐く息は白く一息ごとに喉が凍るようだ。
 まるでここだけの真冬のようだが。今は三月。春だ。

「冬は去った。雪影スノウシャドウ女王クイーン、ラリアを返してもらうぞ」

 イジスは懐から【黄金の慈悲】を取り出し、ラリアに掲げた。【黄金の慈悲】は淡い光を放ち、ラリアの顔を照らす。イジスは、全身の魔力を【黄金の慈悲】に注ぐ。

「全てを癒す光よ。我が求めに答えよ。我が声に応えよ。か細き命に光を注ぎ、その命を長らえさせよ【最上級治癒魔法】」

 詠唱と共に【黄金の慈悲】の輝きが増していく。まるで小さな太陽が出現したかのようだ。
 部屋を覆っていた真冬の冷気が去り春の陽気が訪れ……ラリアの髪と肌の霜は消え、頬に赤みがさしていく。
 やがて光は消え、再び白茶けた【黄金の慈悲】が残った。
 イジスは一気に魔力を失ったことによる疲労感に崩れ落ちそうになりつつ、ラリアの容体を確認しようとして……ラリアの瞼がぱちりと開いた。

「……春の……におい……が……する……ルル村……仕入れ……いかなきゃ」

 ラリアは掠れた声で呟きながら、眩しそうに瞬いた。

「ラリア!君はこんな時まで!ははは!」

 ラリアは仮死状態から生き返ったのに、こんな時まで仕事の話だ。イジスは、ラリアらしすぎて笑った。

「ははは!ラリア!ラリアよかった!よかった……!」

「イジ……ス……?……どうしたの?」

「どうしたじゃない!よかった!よかっ……!ううっ!」

 イジスはベッドに突っ伏して泣いた。ラリアは横になったまま、不思議そうな顔でイジスを見ていたが、手を伸ばして頭をなではじめた。ぎこちない動きだが、とても優しい手のひらにさらに涙が出る。

「イジス、そんなに泣いて……あの、気取った……坊ちゃんに、虐め……られた?……大丈夫だよ……アタシも……力をつけてきたから……守れるよ」

 気取った坊ちゃんとは、バンスのことだ。やはり、ラリアはバンスを嫌っているらしい。
 初対面で馬鹿にされた上に、貴族相手にも引かない商売人と平民に偏見たっぷりで傲慢な貴族だ。仕方ないと言えば仕方ない。

(それに、ラリアの件を知っていたのはおかしい。だから信じられなかった。だけど、わざわざ調べたにせよ悪意があったとは限らないじゃないか)

 バンスにも良いところがある。イジスのような平民出の魔法使いたちに礼儀作法を指導したり、他部署や上司との交渉をしてくれている。それに、イジスから見ても努力家だ。
 
(なにより、バンスはラリアのために家宝を持ち出そうとした。疑ったことを謝らないとな。……けれど、ラリアがバンスを嫌っていて安心している自分もいる。それはともかく)

「バンスのせいじゃない!ラリアのせいだ!心配したんだからな!ああもう!商売第一も大概にしろ!無茶な仕事をして!俺たちがどんなに心配したか!」

「そっか……よく……わからないけど……イジスが……言うなら……そうなんだろうね……ごめんね、イジス」

「はあ……。いいよもう……ラリアが生きてくれるなら、それで」

「イジス……ありがとう……」

 イジスの泣き声を聞きつけたエリスが部屋に入ってくるまで、二人はずっと寄りそい言葉を交わし合ったのだった。





 ◆◆◆◆◆




 ラリアを助けて三日後、イジスは今だにラリアの家にいた。熱烈に感謝されてもてなされたせいで家に返してもらえないのだ。
 それをどこで知ったのか宮廷から迎えが来た。厳しい顔の男だ。

「イジス・エフォート。速やかに登城せよ」

 まだ休暇中だが拒絶できない。何故なら、呼び出したのは直属の上司であり、魔法局の局長だからだ。しかも、迎えに来たのはその側近でもある副局長。
 逆らってはならない上司の一位と二位である。特に局長は、頭脳明晰で魔法使いとしても剣士としても突出しているが、人使いが荒い厄介な人物である。

(いきなり呼び出されるのは初めてだが、副局長の様子から言って俺が何か不味いことをした訳ではなさそうだな。その場合は問答無用で拘束されてる)

 どちらにせよ、下手に逆らうと余計にややこしい事になる。イジスはこれまでの経験で悟った。

「かしこまりました」

 イジスは副局長に促されるまま馬車に乗り、共に王宮に向かった。

 魔法局は王宮の一角を敷地としており、その中には密談に適した来賓らいひん室がいくつかある。副局長はその一つにイジスを連れて行き、扉を叩いて自分とイジスの来訪を告げた。

「うむ。入れ」

 涼やかな女性の声で入室を許可されてから、側近とイジスは中に入った。
 まず目に入ったのは、品の良いソファセットだ。真ん中の机を囲むように、扉側をのぞく三方にソファが置かれている。
 次に、扉の対面に置かれたソファに座る局長と目が合った。

「エフォート、休暇中に呼び出して悪いな」

「いえ……」

 局長……フリジア王国第一王女グラディス・アーシャ・フリジアが微笑む。
 白銀の魔法姫とも呼ばれる銀髪銀目の美女だ。歳は二十八歳。女性騎士服に宮廷魔法使いのローブを組み合わせた独特の装いをしており、凛々しく優美である。

「今回の件は、お前にも関係のある話なので来てもらった」

 グラディスは、実に朗らかに話すが……イジスは固まって返事ができない。
 イジス、つまり扉から向かって左右のソファに座る面々のせいだ。

 向かって左側の奥にいるのはグリフトン・フィランス。フィランス侯爵だ。広大な領地を収めつつ、宮廷においては財務局にて要職にある有能な人物である。彼の顔は常と変わらぬ無表情だ。なんの感情も浮かんでいない。

 その向かい、右側のソファの奥に座るのはクレオン・カルムルディ。カルムルディ侯爵だ。こちらは怒りも露わに、フィランス侯爵の隣、扉から手前側に座り、机に頭を突っ伏している人物を睨んでいる。

 その人物が、イジスを見た。
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