だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜【六章完結】

花房いちご

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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 五話

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 店から出ると、夕方にさしかかっていた。急いで冒険者ギルドがある地区に向かう。そこに目当ての冒険者がいるはずだ。

(あいつ以上に頼りになる奴はいない)

 同僚であるバンスに知られれば『私の助力を拒否しておいて!平民の冒険者ごときに頼るだと!』などと言われるだろうが、バンスは迷わず頼るつもりだ。

(やはり俺は『お貴族様』にはなれないな)

 そして、バンスを信じきれていない。悲しいことだが。

 冒険者ギルドは大通りに面している。
 ギルドの周囲には、武具や防具を扱う店、古魔道具屋、マントなどの衣類および装備品を扱う店、干し肉などの保存食を扱う店、薬屋、公衆浴場などが並び、活気にあふれている。
 体力勝負の彼らを当てこんだ飯屋と屋台も多く、美味そうな臭いが辺りに広がっている。

(確か、大口の依頼から帰ってきているはずだ)

 イジスは、中でも美味そうな臭いをさせている【戦士の胃袋亭】に入った。
 この店は少し値がはるが値段以上に美味い。食材の多くを冒険者ギルドからおろしている上に料理人たちの腕がいい。
 店内は今日も客がひしめき、思い思いに料理と酒を楽しんでいた。

『いらっしゃい!あらイジスさん!お久しぶり!』

『ああ、久しぶり』

 馴染みの給仕と軽く挨拶を交わつつ、目当ての男を探す。依頼で出ていない限り、男は夕食をこの店で食べるはずだ。

『いた』

 案の定、夕陽のような赤毛と真紅の革鎧の男が見つかった。小さな卓に一人で座っている。

『ジェド、今いいか?』

 ジェドは人懐っこい笑顔を向けた。明るい琥珀色の目がキラキラ輝く。

『やあイジス。もちろんいいよ。一緒に食べよう』

『いや、まずは話を……』

『食事が先。俺が腹減ってるし、イジスも顔色が悪い。というかまた痩せたんじゃないか?なにか食べた方がいいぞ』

『うっ……。しかし……。っ!』

 グー。と、イジスの腹の音が鳴る。まるでジェドに同意するかのように。

『これは、その……!とにかく話を聞いてくれ!飯を食べている場合じゃないんだ!』

 恥ずかしいやら情け無いやらで半泣きのイジスに、ジェドは笑いかけた。

『まあまあ、とにかく食べよう。話なら食べながらでも出来る。それに、大事な話ほど空腹の時にするものじゃない。そうだろう?』

『うう……わかった』

(ジェドには敵わないな……昔からそうだ)

 ジェドもイジスの幼馴染だ。同い年で、名の知れたゴールドランクの冒険者だ。
 ランクに相応しいきたえられた体を持ち、まとう空気は強者のそれだ。使い込まれた革鎧も長剣も物々しい。

『イジスと一緒に食べるのは久しぶりだね。元気だった?』

 だが、話し方と眼差しは優しく愛嬌たっぷり。顔立ちが整っているのも相まって、笑顔は周りを和ませる。
 イジスも笑みを返し、肩の力を抜いた。

『お偉いさんにいたぶられつつ、なんとか元気にやってるよ』

『それはお疲れ様。宮仕は大変だな』

『まあな。で、何を頼んだんだ?』

角大猪ホーンビッグボアーの赤葡萄酒煮込みを二人前と、黄金芋おうごんいもの香草焼きを二人前。追加で串焼きの盛り合わせも頼もうかなって考えてた』

 一人でそれだけ食べる気だったらしい。しかもすでに陶器のジョッキで一杯やってる。冒険者らしい飲みっぷりと大食漢ぶりだ。ますます気が抜けていく。

『いいな。ジェドが飲んでるのは麦酒か?俺は赤葡萄酒を頼もう』

 ちょうど通りかかった給仕に追加分を注文する。
 間もなく、赤葡萄酒の入った角杯、角大猪の赤葡萄酒煮込み、黄金芋の香草焼き、黒パンの入った籠などが運ばれてきた。
 煮込みの入った深皿からもうもうと湯気が立っている。熱いそれを匙ですくって口に運ぶ。

(熱い!美味い!)

 口にしてまず感じたのは熱さだ。同時に、自分の身体が自覚していた以上に冷えていたと知る。
 次に感じたのは味の豊かさだ。角大猪は、崩れる寸前まで煮込まれている。野菜的な旨味と脂の甘味が絡み合い、赤葡萄酒とスパイスによって深い味わいになっていた。
 柔らかな肉を咀嚼する喜び。夢中で口いっぱいに味わって飲み込み、余韻が引かぬうちに赤葡萄を一口飲んだ。
 至福の時が訪れた。

『……美味い……』

 イジスは泣きかけた。考えてみれば、今日は朝から何も食べていなかったし、ここ数日はろくなものを食べていなかった。
 舌にも腹にも美味さが染み渡っていく。
 ジェドは感動するイジスに目を細め、のほほんと頷く。

『うん。やっぱりここの料理は最高だなあ。ほら、黄金芋も食べなよ』

 カリッと焼かれた黄金芋は、ローズマリーやパセリが香る。齧るとほっくりと身が解けた。

『ああ、美味い。最高だ』

 イジスは半泣きになりながら食べた。ありきたりな黒パンすら、煮込みの汁につけて食べればご馳走だ。

『串焼きも楽しみだな』

 ここの名物である串焼きの肉は、その日の仕入れ状況によって違う。イジスは皮をパリッと焼いた七尾鶏ななおどり白銀鱒しろぎんますが特に好きだ。わくわくしていると、大皿に盛られた串焼きがドンと置かれた。

『今日の串焼きは大一角羊ビッグホーンシープです』

 香辛料をきかせた脂滴る一品。イジスはもちろんこれも好きだ。けれど。

『ラリアの好物だ。ラリアもここにいたらよかったのに』

 思いの外、弱々しい声が出た。目の前がまた涙でにじむ。

(情け無い。何が宮廷魔法使いだ。一人ではラリアを助けられない癖に)

 自己嫌悪と卑屈と不安が波のように押し寄せ、涙があふれた。

『……イジス、ラリアに何があった?』

 イジスは涙を流しながら、ジェドに全てを打ち明けた。

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